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1500円の幸せ
しおりを挟む私は小さい頃から読書が好きだった。通学時にはいつも本を持ち歩き、往復2時間の電車の中と大学の休み時間で1日多いときには2冊から3冊本を読む。
中でも好きなのはファンタジー小説や恋愛物。ほっこりするミステリー。その他物語であれば雑多に何でも読む。
大学生になりバイト代で本を買うようになると本棚から本は溢れ、本棚の前に本の山ができている。
だから、ステイホーム期間に入って、より一層読む量は増えると思っていた。朝から晩まで読書ができる幸せな日々の始まりだと。
しかし、読む量はガクッと減った。
1日1冊は読んでいたはずのに今では1週間に1冊。下手するとシリーズ物の新刊が出るときにしか読まなくなった。
ずっと家にいると、時間がありすぎて逆に物語の世界に入り込むタイミングがつかめない。大学に通っていた頃は1日が36時間ぐらいあれば良いのにと毎日思うほど忙しかったはずなのに、時間ができるとかえって充実しない。
そんな中でも唯一の楽しみは大好きな作家、阿部智里先生の2年ぶりの新刊だった。私の1番大好きな本「八咫烏シリーズ」の第2部の開幕。1年で出るといいながら発売が延期になり、2019年冬の発売とアナウンスされていたのが又延び、ようやく決まった2020年9月3日。
第2部発売の話を聞いたときには、こんな世の中になるとはこれっぽっちも思っていなかった。サイン会やイベントなどを開催してくれることが多い作家さんだったので、「次こそは絶対にサイン会に行く」と心に決め、その日を待ち望んでいた。しかしもちろん、こんな状況でサイン会なんて開催できるわけもなく、夢だったサイン会は泡と消えた。
待ちに待った9月3日。ほぼ半年ぶりぐらいに、お洒落をしてメイクをして、近所の本屋ではなく、都内のとある本屋へと向かった。Twitterでサイン本が入荷したという情報を得たからだ。
半年ぶりのお出かけとサイン本に心は躍っていた。
開店と同時に私は書店に入店した。入口にはTwitterにもあがっていたお目当ての『八咫烏シリーズ第二章 楽園の烏』が美しい装飾と共に飾られていた。その中でも特に目を引くのが阿部智里先生のサイン色紙。私が喉から手が出るほど欲しい物。物語の八咫烏にちなんで飾り付けられた黒い羽の装飾はとても美しく、私は時間も忘れて眺めた。
その直ぐ横に新刊が山積みになっている。サイン本には袋がけがされてサイン本と書かれたシールが貼られていた。
わざわざ都内まで来た理由はサイン本だけではない。大型書店には何店舗かサイン本が入荷していたが、都内のとある書店だけは新刊を買った人に阿部智里先生の「ネタばれ上等!『楽園の烏』の舞台裏を語りつくすトークライブ(オンライン)」の参加応募券がついてくるとあったからだ。
このシリーズにハマったのは受験生の時で阿部智里先生のサイン会はもちろん、イベントに参加できるのは今回が初めてで、絶対に参加したいと思ってここに来た。
一通り飾り付けの写真を撮って、店員さんの書いたポップを読み終わってから、サイン本を胸に抱えてレジへと向かった。本を一冊買うだけでこんなにワクワクしたのは久しぶりだった。
家に帰るまで待ちきれずスマホで近所のファミレスを調べて近くにあったガストに行くことにした。これまた半年ぶりの外食だった。
メニューを開くこともなく、とりあえずドリンクバーだけを頼み、頼んだにも関わらずドリンクを取りに行かないで本を開いた。
前日に過去作である八咫烏シリーズ第一章全六巻と外伝一巻を読んでいたこともあってすんなりと物語の世界に落ちていく。
『楽園の烏』という題名でありながら、どうしようもなく救いがなく、一章に出てきた人物の生死すらはっきりしないというはじめから最後まで緊張感に溢れた物語だった。
阿部智里先生の描く世界にはモブキャラも、一方的な悪役も存在しない。どの人物も自分の物語を持っていて、しっかりとこの八咫烏の世界で生きている。
2時間ちょっと、物語に熱中したあとは誰かとこの本の話をしたくて仕方なくなっていた。
本屋にあったポップに「第二章、覚悟して読むべし!」「烏ファンの皆様へ 一緒に…絶叫しようぜ」「読後一人で気持ちを抱えきれなくなりましたら、当店文芸担当をお呼び下さい。一緒に語り合いましょう(号泣)」とあったものにすごく納得がいった。さすがに文芸担当に声を賭けには行かなかったが、話しかけに行こうかなと一瞬頭をよぎるぐらいには心の中で絶叫していた。
小腹が空いたので適当にサイドメニューを頼んでリンゴジュースを一気飲みしたあと、2週目へと入った。
結果、ドリンクバーとサイドメニューだけで5時間近く居座ってから帰路についた。
今までハマってきた物語はハリー・ポッターや獣の奏者、守人シリーズに十二国記と大体読み始めたときには完結していた物語ばかりだった。
どの作者も新刊は出しているが、だいぶ年を取ってきていて一生をともに歩めるほどの年齢の作家でこんなにも好きになったのは阿部智里先生が初めてだった。
この先一生推せる作家に出会えて、新刊を心待ちにしながら発売日書店に赴く人生を送れる。こんなに幸せなことはない。
私の読書量はこのステイホーム期間で明らかに減った。でも私は本の読む量こそ減ったが、1冊1冊への想いは増した気がする。
この約1年半。大学が始まったことよりも、実家に帰れたことよりも、彼氏ができたことよりも(その後別れた)、親友と1年ぶりに会えたことよりも、何よりこの1日が幸せだった。たった1500円の幸せ。この幸せはなぜか心から消えない。
先日、『八咫烏シリーズ外伝 白百合の章』が発売された。同じく都内のとある書店に出向き、サイン本を手に入れて、近くのガストで読んだ。今年はまだ半分以上残っているが2021年で一番幸せな日として心に残るような気ががしている。
※このエッセイは2021年に書いたものです。
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