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ピアノの貴公子
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レイナが社交界デビューの準備に追われ、アイリスがピアノの貴公子と会えることに興奮して熱を出し、寝込んでいるうちに1週間は飛ぶように過ぎ去り、リスト=ルチルが訪れる日がやってきた。
「お初にお目にかかります。リスト=ルチルと申します。アイドクレース家のご令嬢方、お会いできて光栄です」
“ピアノの貴公子”の名に劣らない、美しいプラチナブロンドの髪に宝石のように輝く黄金色の瞳をした青年は2人の前でそう挨拶した。
「わぁ、あなたがピアノの貴公子?私はアイリス、よろしくね」
「アイリス!申し訳ございません。私はレイナ=アイドクレースと申します。こちらは姉のアイリス=アイドクレース。どうかご指導のほどよろしくお願いいたします」
礼儀作法をすっ飛ばして、普通本人に言うことなどない異名を口にしたアイリスを窘め、レイナは挨拶をする。純粋に思ったことを口にすることはアイリスの長所でもあるが
レイナはいつもひやひやする。
「アイドクレース侯爵から、その、アイリス様のことは伺っております。純粋で可愛らしいお嬢様だと」
侯爵がアイリスのことを説明してくれていたことにレイナはほっとする。そしてアイリスの障害を知った上で、仕事を引き受け、“純粋で可愛らしい”と表現してくれたことに。
「レイナ様、アイリス様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「「はい」」
「それでは、早速ですがレッスンを始めさせていただきます。まずはおふたりの実力を知りたいので、演奏してもらってもよろしいでしょうか」
ピアノの蓋を開き、リストはレイナの表情を伺う。どうやら、レイナ主軸で進めていくことに決めたようだ。
レイナが頭の中で弾けそうな曲をピックアップしていると、横にいたアイリスがつんつんとレイナのスカートを引っ張った。
「ん?」
アイリスは何も言わずにじっとレイナの顔を見つめ、それからリストの方に目線をやった。
「リスト様、もしよろしければレッスンの前に1曲お聞かせ願えませんか?アイリスがとても楽しみにしていたようなんです」
アイリスの意向を汲んでレイナがそう告げると、レイナの影に隠れつつ、アイリスはこくこくと頷いた。
「よろしいですよ。どの曲がいいでしょうか。リクエストなどありましたら」
リストに促されてアイリスが答えたのは、有名な愛の名曲だった。
リストが鍵盤に手を置くと一瞬にして空気が変わる。
流れてくるメロディーは音楽に詳しくないレイナでも知っているもの。でも、今まで聴いてきたものとはどこか異なる。
それは、音楽から逃げ続けてきたレイナですらわかる、別格のものだった。
レイナがちらっと隣を見ると、そこではアイリスが目を潤ませながらリストのピアノに聴き惚れていた。
ピアノの貴公子と呼ばれるだけある、とレイナは思った。ピアノの腕前だけでは無い。演奏しているリストは絵画から抜け出してきたかのような美しさがあった。音だけでは無い、その姿まで芸術と呼ぶにふさわしいもの。
特別着飾っている訳では無い。容姿も整っているが、同じぐらい整っている人をレイナは知っている。なのに、こんなに美しい人を見るのは初めてだった。
「お初にお目にかかります。リスト=ルチルと申します。アイドクレース家のご令嬢方、お会いできて光栄です」
“ピアノの貴公子”の名に劣らない、美しいプラチナブロンドの髪に宝石のように輝く黄金色の瞳をした青年は2人の前でそう挨拶した。
「わぁ、あなたがピアノの貴公子?私はアイリス、よろしくね」
「アイリス!申し訳ございません。私はレイナ=アイドクレースと申します。こちらは姉のアイリス=アイドクレース。どうかご指導のほどよろしくお願いいたします」
礼儀作法をすっ飛ばして、普通本人に言うことなどない異名を口にしたアイリスを窘め、レイナは挨拶をする。純粋に思ったことを口にすることはアイリスの長所でもあるが
レイナはいつもひやひやする。
「アイドクレース侯爵から、その、アイリス様のことは伺っております。純粋で可愛らしいお嬢様だと」
侯爵がアイリスのことを説明してくれていたことにレイナはほっとする。そしてアイリスの障害を知った上で、仕事を引き受け、“純粋で可愛らしい”と表現してくれたことに。
「レイナ様、アイリス様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「「はい」」
「それでは、早速ですがレッスンを始めさせていただきます。まずはおふたりの実力を知りたいので、演奏してもらってもよろしいでしょうか」
ピアノの蓋を開き、リストはレイナの表情を伺う。どうやら、レイナ主軸で進めていくことに決めたようだ。
レイナが頭の中で弾けそうな曲をピックアップしていると、横にいたアイリスがつんつんとレイナのスカートを引っ張った。
「ん?」
アイリスは何も言わずにじっとレイナの顔を見つめ、それからリストの方に目線をやった。
「リスト様、もしよろしければレッスンの前に1曲お聞かせ願えませんか?アイリスがとても楽しみにしていたようなんです」
アイリスの意向を汲んでレイナがそう告げると、レイナの影に隠れつつ、アイリスはこくこくと頷いた。
「よろしいですよ。どの曲がいいでしょうか。リクエストなどありましたら」
リストに促されてアイリスが答えたのは、有名な愛の名曲だった。
リストが鍵盤に手を置くと一瞬にして空気が変わる。
流れてくるメロディーは音楽に詳しくないレイナでも知っているもの。でも、今まで聴いてきたものとはどこか異なる。
それは、音楽から逃げ続けてきたレイナですらわかる、別格のものだった。
レイナがちらっと隣を見ると、そこではアイリスが目を潤ませながらリストのピアノに聴き惚れていた。
ピアノの貴公子と呼ばれるだけある、とレイナは思った。ピアノの腕前だけでは無い。演奏しているリストは絵画から抜け出してきたかのような美しさがあった。音だけでは無い、その姿まで芸術と呼ぶにふさわしいもの。
特別着飾っている訳では無い。容姿も整っているが、同じぐらい整っている人をレイナは知っている。なのに、こんなに美しい人を見るのは初めてだった。
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