上 下
6 / 13

05【魔法学園1年生 4】

しおりを挟む

「失礼するよ。ここにシャロン・ガルシアは来ている?」

「エ、エルヴィス様!?」


 部屋へ入ってきたのは制服を着た細身の男子生徒だった。
 シャロン以外の生徒たちにとっては予想外の訪問だったようで、驚きを隠せずアスティは動揺で声が上擦うわずっている。


「ここに居たのはアスティ嬢でしたか、エリザベスがガルシアを探しているのだが来ていないかい?」


 シャロンは薬と強打で頭がぐらぐらして前がよく見えないが、自分を呼ぶ声はしっかりと聞こえていた。「私はここにいます!!」と力一杯の声を上げる。


「ブキブキブキー!!」

 え?どういうこと?
 意味がわからずもう一度叫んでみる。


「ブキブキキー!!!」

 は?どうして…?


 シャロンの口からは到底人間の言葉ではない、動物の鳴き声のような音ばかりが出る。

 眩暈めまいが落ち着いてくると、横向きで横たわっていた体を起こし床に座った。何だか手足も短く感じて動かしにくい。やっとのことで腰を落ち着かせたシャロンは改めて皆んなの方に目を向け驚愕きょうがくした。

 先程まで自分と同じくらいの背丈せたけだった生徒達が急に大きくなっているのだ。

「な、なにこれ!?」と、思わず呟いた言葉もやはり言葉にはなっていなかった。

「ブ、ブキキ︎!?」


「はぁ。」

 頭上から溜息が聞こえたと思うと、シャロンは誰かに首根っこを掴まれ持ち上げられる。凄い勢いで地面が遠ざかったため、あまりの恐怖で目がまわる。上昇がぴたりと止まったことに気づき、思わずつむってしまった目をそっと開くと、目の前には銀髪の大きな顔があった。こちらをじっと観察している。


「……これ、どういう事?」

 彼はシャロンから目を離さず、静かにアスティ達に問う。しかし誰もが押し黙り口を開く様子を見せない。


「シャロン・ガルシア、見てごらん。」

 そう言い、シャロンをつまんだ手は壁に掛かっていた鏡の前へと移動した。そこに映し出されていたのは真っ黒な子豚であった。なるほど、あの毒薬は変身薬だったわけだ。シャロンは妙に冷静になった思考で鏡に映った子豚をまじまじと見ていた。


「アスティ嬢、これをやったのは君かい?」

「いいえ!違いますわ!」


 即答だった。あまりにもはっきりと言うアスティの言葉にシャロンは思わず勢いよく振り向いてしまう。他の皆んなも堂々と嘘をつく彼女に引いているようだ。直接手を下さなくともやらせたのはお前だろうと心の中で突っ込まずにはいられなかった。

 しかし、誰もアスティには意見できないらしく、彼女の言葉を否定する人はいなかった。黙ってしまった彼らにエルヴィスと呼ばれた男はわざと大きく溜息を付くと、シャロンをまんだまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。

 ちょっとどこに行くのよ!とシャロンは言いたかったが、どうせ子豚の鳴き声しか出ないので諦めた。が、ここである重大なことを思い出す。シャロンの相棒である短剣の行方だ。急いであたりを見まわたすと床の上で静かに横たわり、放置されている短剣を発見した。


「ブキブキキー!(お願い拾ってー!)」と、なりふり構わず全力でエルヴィスに訴えるが願いは届かず、ぐんぐんと部屋から遠ざかっていく。

「ブキキ…。(私の相棒が…。)」と耳をへにゃりと垂らしてなげくシャロンだった。



 諦めの境地のまま一体どこに連れて行かれるのやらと、静かにしていると隣の部屋へ入っていった。そこは先程の部屋とは違い、ちり一つない綺麗な部屋だった。

 壁際に配置された棚には燦爛さんらんと輝く小瓶が沢山並べられている。小瓶自らが薄らと光を放っているようで、赤や黄、緑、紫など様々に色が変わる様はとても美しい。


「エリザベス、連れて来た。」


 部屋には大きなテーブルを囲むようにして3人の令嬢達が座っている。そのうちの一人がエリザベス・リア・ハウエルズだった。


「ありがとう、兄様。お隣が騒がしいと思ったらやはり虐めていたのね。本当にアスティったら困った子ね。」


 エリザベスは手に持っていたカップを置くと椅子からすらりと立ち上がった。シャロンの元まで近づき、目線を合わせるとじっと見つめ小首を傾げた。

 ふいにシャロンの鼻先を軽くつつくと「これ元に戻せないの?」と目線を上げエルヴィスに聞く。


「流石に変身薬は嫌だ。」

「そう残念ね…。まあ、とりあえず座って!こちらが貴女の席ね!」


 エリザベスは自分の席の隣を示しながらシャロンに向かって言った。なのに彼女が案内した席に何故かエルヴィスが座ると、彼は膝の上にシャロンを乗せる。

 この状況は一体何なのだと困惑し、ジタバタと暴れるシャロンだったが、頭をエルヴィスに優しく撫でつけられ、大人しくするようになだめられてしまった。


 こうして、エリザベスと初めて見る令嬢2人、エルヴィスとその膝の上にいるシャロンとの5人による謎のお茶会が始まったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

処理中です...