ハーミット~隠者の言伝は魔法書の中に~

紅葉 流

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03【魔法学園1年生 2】

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 朝、登校するとシャロンはいつも教室で一番後ろの入り口近くに座る。机に頬杖をつき、雛壇状ひなだんじょうに並ぶ机が徐々に生徒達で埋まっていく様子を上から眺めるのがいつのまにか日課となっていた。

 最近はどうしたら一刻も早く図書室へ入室出来るのかばかり考えている。
 しかし現状はまったく良い案が思い浮かばずにいた。図書室は出入りするだけでも様々な制約と厳しい本人確認が必要なのだ。まぎれて入るなどもってのほかだ。本探しは初手から難航していた。

 シャロンは背もたれにもたれかかり天を仰ぐと、ふっとため息をついた。日替わりで変わる魔法の天井は、蝶の模様をした華やかなステンドグラスだった。

 教室内にこの天井に気が付いている生徒はどれくらいいるだろうか。皆クラスメイトとの交流に忙しく、天井を見上げている人なんて見当たらない。本当、勿体無い。



 シャロンは首を元の位置へ戻すと、懐から懐中時計を取り出し授業までまだ時間があるのを確認した。


 校内には時計がなく、代わり教室や廊下のあちこちに巨大な砂時計が設置されている。

 シャロンのいる教室の教壇左右にも同じ砂時計が2つ設置されている。2つ同時に同じ量で流れ落ち、あれが全て落ち切ると休み時間終了と授業開始の合図だ。そして落ちた砂は魔法で瞬時に上へ戻り、またサラサラと下へ落ち時間を測りだす。

 しかし砂時計なだけに細かい時間はわからないのが不便なところなのだ。



 そういえばと、シャロンはあることを思い出した。学園に入学するきっかけとなった祖父からのメモをポケットから取り出すと、そこに書かれているグッドマークのイラストを指先で優しくでる。

 実は入学式の朝、信じられないことが起きたのだ。幼い頃に祖父とやっていた交換日記としょうした遊びを思い出し、何気なく『じいちゃん、エリストロ魔法学園の入学式に行ってくるよ。』とメモへ返事を書いてみたのがきっかけだった。


 祖父との交換日記はただの交換日記とは違い、書いたメッセージがすぐに対のノートに届く魔法の交換日記だった。幼い頃、両親は基本仕事で忙しく家を空けることが多かった。兄達もまた学校に居るか、遊びに出掛けているかでシャロンは祖父と2人で過ごすことが殆どだった。

 しかし、そんな祖父もまた仕事の用で家を空けることがあった。その間シャロンが寂しくないようにと、祖父が外出先から魔法の交換日記で会話をしてくれていたのだ。



 ー入学式の朝ー

 前日の夜に寮へ入ったばかりだったシャロンはあまり眠れず、うとうととしたのは明け方頃だった。

 寮の起床時間は午前6時。館内にけたたましい音で目覚めの音楽が流れる。眠い目をこすり慌てて飛び起きると身支度をし、制服の上にローブを羽織り、おかしなところがないか鏡の前でチェック。

 朝食の時間は7時までだ。

 よしっと意気込み、指定の靴を棚から取り出し、履き替える。新しい靴の中へ滑らすように足を入れると、靴がシャロンの足に合わせ軽く縮んだ。魔法とは本当に便利なものだ。


 シャロンは部屋を出ようと戸に刻まれた開閉魔法陣に手を伸ばすが、途中でぴたりと止まった。

 メモを忘れていることを思い出したのだ。

 なんとなくメモを持ち歩く事が習慣になっていた。机の上に置かれたメモを取りに戻ると、そこで思いもよらぬことが起こっており震えてしまう。なんと返事が返って着ていたのだ。


『おめでとう。では次の2つを探してくれ。1.学校の図書室にあるへびかえる蛞蝓なめくじ、の本を見つける事。2.白い猫2匹と仲良くなる事。』



 浮かび上がる文字に度肝どぎもを抜かれるシャロン。
 しかし感情を一定に保つ練習を幼い頃からやっているだけあり、動揺した心はすぐに落ち着きを取り戻した。激しい感情の起伏は命に関わる。

 そして『わかった。』と恐る恐る返事を書いてみたのだ。すると今度は親指を立てたグッドマークのイラストが浮かび上がってきた。


 これは彼女が返事を書くだろうと予測してあらかじめセットしておいた定型分なのだろうか。眠るように横たわる祖父を前に葬儀も行ったのだ。実は生きていたなんてことはありえない。

 悪戯いたずら好きの祖父が仕込んでおいたのだろう。今も生きていて会話をしているようで嬉しく感じるからこそ寂しい。



 ーーー


 「貴女、どうしてこの学園に入学したのですか?」

 突然近くで声がした。
 表意をつかれ現実に引き戻さる。慌てて眺めていたメモをポケットへしまい振り返ると、そこには長い銀髪を大きな紫のリボンでハーフアップにまとめた美女が立っていた。大きな青い瞳でシャロンをじっと見つめている。

 彼女の顔には見覚えがあった。いくら平民で、貴族のことに疎いシャロンであっても王族は知っている。確かこの人は"エリザベス・リア・ハウエルズ"。

 彼女の父親は現王ワイアット・ジン・ロペス王の兄でラヴァエル・ノア・ハウエルズだ。
 彼女はハウエルズ家の長女。

 何故、現王の兄が王位継承権を放棄し貴族に嫁いだのかはせられている。ちらりとケープの刺繍に目を向けると雪の結晶があしらわれていた。氷属性の証だ。


「あの、私、ですか…?」


 入学してから今まで生徒の誰一人も話しかけて来た人が居なかったため、本当に自分への言葉なのかとあたりを見回す。


「貴女以外にいないでしょ。どうしてラディシャ騎士学校に行かなかったのですか?たまにいるのよね、親戚中から資金をかき集めて何とか一族から魔法使いを出そうとする平民。貴女は担ぎ上げられてここにいるのか、それともご自身の意志でここにいるのか、どちらで来たのかしら?」


 彼女は腕を組み、真っ直ぐにこちらを見つめている。絶対に逃さないと言わんばかりの鋭い眼差しにシャロンは目を逸らすことが出来なかった。これが権力者の威厳なのかと久々に感じる恐怖。この感覚はそう、森で熊に会ったときのような、絶対に目を逸らして背を向けてはいけないあの感覚だ。

 シャロンもしっかりと彼女を見据えると、事実だけを静かに答える。正直、祖父の力になりたいとは思っているが、自分の意志でここに居るかどうかはわからなかった。


「私、学園から学費免除を受けているので…。」


「あら、そうでしたの。では貴族の後ろ盾がいるのかしら?それとも魔力量が非常に多くて推薦を貰ったのかしら?」


「そんなんじゃないです。」


 ここでやっとお互いにぶつけ続けた視線を逸らし一息つく。実際はほんの数秒のはずなのにシャロンはとても長い時間そうしていたように感じていた。彼女も穏やかに一つため息をつくとゆっくりと話し始める。


「……貴女、周りの誰とも関わらないから、クラスメイトは貴女の事を何も知らない身の程知らずと思っているわよ。」


 そうだったのかと思いも因らなかった理由に驚き、シャロンは再び彼女を見てしまう。

 なんとなく気が引けて貴族の中へ入って行けなかっただけだったが、まさか逆にそんなふうに思われていたとは。


「もし違うなら……、貴女に成し遂げなければならない事があるのなら、放課後、私のところへ来なさい。」


 彼女はシャロンの様子に何かを感じとると、そう告げ、机の上に小さな紙切れをそっと置く。そして、何も言わずくるりときびすを返し銀髪を揺らしながら女子達の輪に戻って行った。彼女の取り巻き達が「あんなの放っておいた方がいいです。」「身の程知らずの平民のくせに。」と険しい顔で罵っているのが聞こえる。

 まったく、本人に聞こえているとわかっているのに言いたい放題だ。

 しかし、エリザベス・リア・ハウエルズ、彼女が周囲と真逆の行動をとる意図がわからない。周りにあんなに反対されていても話しかけてきたのは何故なのか。シャロンは彼女の真意を探るためにも招待に応じることにした。



 ――放課後――


 エリザベスから渡された紙切れに書かれてある指定の場所へと向かう。3階にある"赤のルビーの部屋"というところらしい。

 校舎中央にある巨大な吹き抜けの空間を近くに人がいないか確認しながら浮遊魔法で移動する。入学から1ヶ月経った今では殆どの生徒が普通に浮遊魔法を使っているが、たまに調節を間違えて突っ込んでくる人もいるため注意が必要なのだ。

 4、5階は主に授業で使う教室があり、3階は部活動などの課外活動で使用するための部屋がある。シャロンはちょうど3階の位置に達したあたりで『3階』と魔法で刻まれた浮遊する看板を見つけ降り立った。部活動に所属していない彼女は初めてこの階に来たのだが、ここは廊下の床が黒いせいか落ち着いた雰囲気がある。6つの門が円状の廊下に等間隔で設置されていた。

 赤、青、黄、緑、黒、白。

 この中の両開きの扉が開放されている赤い門を潜り、いくつか部屋があるうちの『ルビーの部屋』と書かれた表札を探す。今更だが他の階とは違い、シックな雰囲気のせいもあってなんだか緊張してきたシャロンは、何度か深呼吸をし神経を落ち着かせる。『ルビーの部屋』の表札を見つけると扉をノックした。

 中から「はい。」と男の低い声で返事が返ってくる。

「シャロン・ガルシアです。」

「……どうぞ。」

 シャロンが自身の名前を名乗ると、男の低い声は少し沈黙したのち許可を出した。そうして、暫く待っているとゆっくりと扉が開き始める。

「あっ。」

 開いた瞬間直ぐにわかった。隙間から流れ込んでくるこれは悪の気だ。

 身を引こうと一歩下がるが、扉から素早く出てきた手に強く右腕を掴まれ、そのまま中へと引きり込まれそうになる。

 抵抗すればこんなのすぐに振り解けそうだったが、エリザベスの動向を探りたかった。シャロンはこのまま抵抗せずに大人しくする。されるがまま乱暴に部屋の中央へ投げられ、受け身も取らずに倒れると床に顔面を打ちつけてしまった。

 あぁ、これははじめからそういうつもりだったのか。と、彼女は理解すると一つ息を吐いた。

 彼女には、というか闇属性には殺気やねたみなどの負の感情が色として見えるのだ。部屋中に充満している黒い霧こそ、闇属性だけに見える、負の感情の具現化した姿だった。

 まったく、黒い霧で部屋の中が殆ど見えないではないか。

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