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23・間違いだらけの在庫一掃セール
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「その手があった!」
「ないわ!!」
「えー?向こうから言ってきたなら渡りに船じゃないの。」
……なんについてのやりとりかといえば、例の王子の『妃にする』発言である。
ちなみに父、私、母の順。
・・・
ファルコを手配していた馬車に乗せて送り出している間に、王子も居なくなっていた。
間もなく妹の家庭教師がやってきたので(何故か私を見てしばらく固まった後『お姉様……本物…!!』とか呟いていた。多分、普段この家に居らず話だけ聞く姉がたまたま居た事で、レアキャラと遭遇したみたく思われたのだろう)妹の部屋からも退出した。
その後、弟も『店舗の様子を見に行く』と、台風の時の死亡フラグみたいな事言って出ていって、入れ替わりに帰ってきた両親に、居ない間の事を仕方なく私が報告したのだが、それに対する父の言葉に思わずつっこんだのが冒頭のやり取りである。
「だってねえ……あら?
ねえ、これ美味しいわね。どこのお店の?
この優しい甘さにバターの香りもさることながら、ほんのり感じる塩味があと引くわ~。
アタシこれ好き~。」
40半ば過ぎてるのに30代前半にしか見えない母が、お茶と共に出されたナッツ入りショートブレッドを貪りながら声をあげる。
ちなみにフワフワウェーブのプラチナブロンドの髪にグレーの瞳の、見た目だけはやたら高貴っぽい儚げな美女だが、こう見えて生まれも育ちも庶民、王都の下町の出身である。
うちの姉弟妹揃って全員父親似の、普通の黒髪茶色の瞳のちょっとキツめの顔だちなんで(妹だけ目元が母似でちょっと垂れ目なくらい)、正直あんまり並びたくない。
「お行儀悪いですわお母様、食べるか喋るかどっちかになさいませ。」
なんでつっこむのにお嬢様言葉になってるのか知らないけど、とりあえずつっこんどく。
「そちらは若旦那様がベルナルドに作らせた、新店の商品候補の試作品です。
材料の比率がまだ研究段階だそうなので、販売には至っておりません。
味はこのまま、食感の方をもう少し、口に入れた瞬間にほどけるものにしたいのだと。」
「そうなの?それはそれで美味しそう…!
アタシがすっごく楽しみにしてるって、ベルナルドに伝えといてちょうだい!」
「かしこまりました、奥様。」
…バティストが答えるそばから3本めに手を出す母は、しかし私のツッコミなど聞いちゃいない。
ちなみにベルナルドというのは今年になってからうちの厨房に修業の為に入ったという、メルクールが新たに出す店に配属予定のパティシエで、私も帰ってきた日に挨拶されたが剃髪で長身の、いやアナタ絶対パティシエじゃなく格闘家ですよねって感じの強面の若者だった。
ていうかバティストをはじめ我が家の男性従業員って、採用試験に筋力測定でもあるのかってくらい皆一様に体格がいい。
このマッチョ率の高さ一体なんなんだろう。
それはさておきディーナはベルナルドの作るカスタードアップルパイが大好きだそうだ。
妹のお気に入りならば是非食べてみたいが、今はちょうど林檎が品薄になる季節なので、さすがに滞在中には作ってもらえないだろう。
残念だが、開店したら絶対に買いに行く。
お店の場所を、忘れずにメルクールから聞いておこう。
メイドがお茶のおかわりを淹れてくれて、その香りを愉しみながら…という態で実は猫舌なだけなのだが、見た目だけはふんわりと微笑んで、母は私に向き直る。
「…それはさておき。
王子はその辺のボンクラ令嬢を押し付けられる前に手頃な王妃候補を手に入れられるし、ヴァーナはようやく嫁ぎ先が決まるわけだし、そうなればうちも伯爵位くらいは貰えるだろうし、いい事だらけじゃない?」
「手頃言うな!うちの親が娘の幸せひと山いくらで王家に叩き売る気満々な件!」
「実際売れ残ってるじゃない。」
「がはっ!!」
つうこんのいちげき。吐血。
うちの母は、儚げな見た目に反して辛辣だ。
そしてこういう時、助けてくれる筈の父は今、母に半分齧ったショートブレッドを『あーん』され、デレデレの顔でそれに応じて、見事に口を封じられている。
美味しいけど、口の中の水分が割と奪われるのよ、コレ。
メルクールやベルナルドが食感を改良したいと言ってるのは、多分こういうところじゃないかと思ってる。
「じゃあ聞くけど、ヴァーナが考える女の幸せってなに?」
「え……それはまあ、そこそこの男性とごく普通に結婚して子供を生んで、生活にも人間関係にも苦労しない、平穏な人生を…」
「無理。」
即答!ぶった斬られた!!なんなのうちの母!?
魂に『この世に斬れないものはない剣』みたいな術式でも刻み込まれてるの!?
「アタシ達夫婦はそれこそ成金の本能そのままに、些かやり過ぎたってくらい、アンタの教育には力入れたかんねー。
そこそこの男なんて、恥ずかしくて裸足で逃げてくわ。
仮に逃げなかったにしても、妻にコンプレックス抱いた男なんて、最終的には浮気か暴力に走るに決まってる。いや両方ね。」
…ひょっとして母は私のことが嫌いなんじゃないだろうか。
さっきからもう私のガラスのメンタルを、確実に殺しにかかってきている。ツラい。
「そうだね…大事な娘がそんな屈辱を味わうくらいなら、嫁なんかに出さず、うちに居てくれた方がいいかな…。
ヴァーナは小さい頃、お父さんのお嫁さんになるんだって言ってくれてたし…。」
「却下。」
そして、口の中のモソモソを、ようやく与えられたお茶で流した父が言うのを、母は返す刀でまたぶった斬る。容赦ない。
父は一歩家を出ればやり手の豪商なのに家では、特に母の前では残念なのは何故なのだといつも思う。
というか、やっぱり私の婚期が遅れたのは親のせいなんじゃ。
だってそう育てたの、あなた方ですよね?
「ないわ!!」
「えー?向こうから言ってきたなら渡りに船じゃないの。」
……なんについてのやりとりかといえば、例の王子の『妃にする』発言である。
ちなみに父、私、母の順。
・・・
ファルコを手配していた馬車に乗せて送り出している間に、王子も居なくなっていた。
間もなく妹の家庭教師がやってきたので(何故か私を見てしばらく固まった後『お姉様……本物…!!』とか呟いていた。多分、普段この家に居らず話だけ聞く姉がたまたま居た事で、レアキャラと遭遇したみたく思われたのだろう)妹の部屋からも退出した。
その後、弟も『店舗の様子を見に行く』と、台風の時の死亡フラグみたいな事言って出ていって、入れ替わりに帰ってきた両親に、居ない間の事を仕方なく私が報告したのだが、それに対する父の言葉に思わずつっこんだのが冒頭のやり取りである。
「だってねえ……あら?
ねえ、これ美味しいわね。どこのお店の?
この優しい甘さにバターの香りもさることながら、ほんのり感じる塩味があと引くわ~。
アタシこれ好き~。」
40半ば過ぎてるのに30代前半にしか見えない母が、お茶と共に出されたナッツ入りショートブレッドを貪りながら声をあげる。
ちなみにフワフワウェーブのプラチナブロンドの髪にグレーの瞳の、見た目だけはやたら高貴っぽい儚げな美女だが、こう見えて生まれも育ちも庶民、王都の下町の出身である。
うちの姉弟妹揃って全員父親似の、普通の黒髪茶色の瞳のちょっとキツめの顔だちなんで(妹だけ目元が母似でちょっと垂れ目なくらい)、正直あんまり並びたくない。
「お行儀悪いですわお母様、食べるか喋るかどっちかになさいませ。」
なんでつっこむのにお嬢様言葉になってるのか知らないけど、とりあえずつっこんどく。
「そちらは若旦那様がベルナルドに作らせた、新店の商品候補の試作品です。
材料の比率がまだ研究段階だそうなので、販売には至っておりません。
味はこのまま、食感の方をもう少し、口に入れた瞬間にほどけるものにしたいのだと。」
「そうなの?それはそれで美味しそう…!
アタシがすっごく楽しみにしてるって、ベルナルドに伝えといてちょうだい!」
「かしこまりました、奥様。」
…バティストが答えるそばから3本めに手を出す母は、しかし私のツッコミなど聞いちゃいない。
ちなみにベルナルドというのは今年になってからうちの厨房に修業の為に入ったという、メルクールが新たに出す店に配属予定のパティシエで、私も帰ってきた日に挨拶されたが剃髪で長身の、いやアナタ絶対パティシエじゃなく格闘家ですよねって感じの強面の若者だった。
ていうかバティストをはじめ我が家の男性従業員って、採用試験に筋力測定でもあるのかってくらい皆一様に体格がいい。
このマッチョ率の高さ一体なんなんだろう。
それはさておきディーナはベルナルドの作るカスタードアップルパイが大好きだそうだ。
妹のお気に入りならば是非食べてみたいが、今はちょうど林檎が品薄になる季節なので、さすがに滞在中には作ってもらえないだろう。
残念だが、開店したら絶対に買いに行く。
お店の場所を、忘れずにメルクールから聞いておこう。
メイドがお茶のおかわりを淹れてくれて、その香りを愉しみながら…という態で実は猫舌なだけなのだが、見た目だけはふんわりと微笑んで、母は私に向き直る。
「…それはさておき。
王子はその辺のボンクラ令嬢を押し付けられる前に手頃な王妃候補を手に入れられるし、ヴァーナはようやく嫁ぎ先が決まるわけだし、そうなればうちも伯爵位くらいは貰えるだろうし、いい事だらけじゃない?」
「手頃言うな!うちの親が娘の幸せひと山いくらで王家に叩き売る気満々な件!」
「実際売れ残ってるじゃない。」
「がはっ!!」
つうこんのいちげき。吐血。
うちの母は、儚げな見た目に反して辛辣だ。
そしてこういう時、助けてくれる筈の父は今、母に半分齧ったショートブレッドを『あーん』され、デレデレの顔でそれに応じて、見事に口を封じられている。
美味しいけど、口の中の水分が割と奪われるのよ、コレ。
メルクールやベルナルドが食感を改良したいと言ってるのは、多分こういうところじゃないかと思ってる。
「じゃあ聞くけど、ヴァーナが考える女の幸せってなに?」
「え……それはまあ、そこそこの男性とごく普通に結婚して子供を生んで、生活にも人間関係にも苦労しない、平穏な人生を…」
「無理。」
即答!ぶった斬られた!!なんなのうちの母!?
魂に『この世に斬れないものはない剣』みたいな術式でも刻み込まれてるの!?
「アタシ達夫婦はそれこそ成金の本能そのままに、些かやり過ぎたってくらい、アンタの教育には力入れたかんねー。
そこそこの男なんて、恥ずかしくて裸足で逃げてくわ。
仮に逃げなかったにしても、妻にコンプレックス抱いた男なんて、最終的には浮気か暴力に走るに決まってる。いや両方ね。」
…ひょっとして母は私のことが嫌いなんじゃないだろうか。
さっきからもう私のガラスのメンタルを、確実に殺しにかかってきている。ツラい。
「そうだね…大事な娘がそんな屈辱を味わうくらいなら、嫁なんかに出さず、うちに居てくれた方がいいかな…。
ヴァーナは小さい頃、お父さんのお嫁さんになるんだって言ってくれてたし…。」
「却下。」
そして、口の中のモソモソを、ようやく与えられたお茶で流した父が言うのを、母は返す刀でまたぶった斬る。容赦ない。
父は一歩家を出ればやり手の豪商なのに家では、特に母の前では残念なのは何故なのだといつも思う。
というか、やっぱり私の婚期が遅れたのは親のせいなんじゃ。
だってそう育てたの、あなた方ですよね?
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