黄昏の王国〜ヒロイン不在の乙女ゲームの世界で私が勇者をつくるまで〜

風来ほっけ

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17・カサナル、ココロ★

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「やっぱり、無能なんじゃないか。」
 ダリオの話を聞き終えて、最初にメルクールが発した言葉がこれだった。

「夕方までは普通にしていたんだ!
 夕食も済ませて自室に帰した後、いつの間にか居なくなっているなんて思うはずがなかろう!!
 ……恐らくは君に会いたくて、君のところへ行こうとして抜け出したのだと思うが…。」
「彼は、ここの場所なんて知らないわ。
 そもそも神殿の敷地内から出たのは、私たちと一緒に王城への往復の時だけですもの。
 街を案内するのは、この休暇が終わってからにしようと思っていたのだけれど、こんな事ならば、先に道を教えておくのだったわ…。
 今頃、きっと心細い思いを……!」
 もう道も暗いし、繁華街でもなければ街灯だってあるわけじゃない。
 間違いなく迷子になっているのだろう。
 いや、迷っているだけならばまだいい。
 彼は純粋で、疑うことを知らない。
 悪いことを考えるひとに、簡単に騙されてしまう。

「それこそ、姉さんが心配する必要のないことだ。
 神殿やこの無能が、ちゃんと見ていれば済んだ話なんだから。
 …けど、俺も迂闊だった。
 姉さんがこっちに帰ってきている間は別に構わないと思って、今日は監視の私兵を置いていなかったんだ。
 あれだって1日単位で別報酬を出さないといけないし。
 …結局姉さんに負担をかける事になるのなら、その程度の出費を惜しむんじゃなかった。」
 そしてメルクールは、私以外の神殿の人間には冷たいという事がよくわかった。

「心配しないで、姉さん。
 彼は俺が、必ず見つけてあげるから。
 ……とりあえず今夜は帰ってくれ、ダリオ。
 見つかったら、神殿に使いを出す。」
「どこにいるかもわからないのだぞ?
 …全員で、手分けして探した方が……!」
 ダリオの言葉に私は頷き、椅子から立ち上がったが、それをまたもメルクールに制止される。

「こんな夜に、姉さんに外を歩かせる気なのか!?」
「私は構わないわ、メルクール。
 それよりも、早く見つけてあげないと…」
「俺が認めない。
 そもそも、そんな非効率なことをしなくても、見つける方法があるから。
 …というよりならば、もう見つけて確保してるかもな。
 勇者くんの事を、一番理解できるのは、恐らくはだろうから。」
 ………そこまで言われて、ダリオは不得要領な顔をしたが、私には思い当たることがあった。
 そうか。『ゴロー』との出会いは、ファルコの迷子がきっかけだ。
 そして出会いイベントでも、ゴローはマリエルを待たせておいて、すぐにファルコを見つけて連れてきた。
 ……『ゴロー』の正体を考えてみれば、ファルコをすぐに見つけてこれたのは当たり前だったんだ。

「………ダリオ。
 メルクールに任せておけば大丈夫だわ。
 あなたは神殿に戻って、連絡を待っていてちょうだい。」
 私がそう言うと、ダリオはとても嫌そうな顔をしたが、それ以上言い募る前に、メルクールに言葉を制された。

「せめて、待ってる事くらいはできるだろう?
 バティスト、ダイダリオン卿がお帰りだ。」
 …けど、これ以上ダリオを虐めるのはやめてもらっていいだろうか。
 彼のメンタルがそろそろ御臨終の危機だ。

 ☆☆☆

「…馬鹿か貴様は。人酔いするような奴が、一人で夜の中央広場になど出るな。」
 彼女に会いたくて神殿を出たのは夜になってからだった。
 彼女がいるという家の場所なんて知らなかったが、誰かに聞けばいいと思っていた。
 だから、人の多い場所に行けばいいと思っていたのに、実際に行ったら、予想以上に人が多くて、誰に聞いていいのかすら判らなかった。
 そのうちに目眩がして立っていられなくなり、気がついたら目の前にいる、赤い髪の男性に支えられていた。

「………人酔い?よくわからない。
 こんな感じになったのは、初めてだから。」
 建物の間の箱に腰かけさせられて、少しずつ目眩が治まってきた。
 その位置から、そばに立つ男性を見上げると、呆れたような声にもかかわらず、その口元に僅かに笑みが浮かんでいた。

「…まあ、意識が芽生えて以降は、そもそも一人で行動した事などなかったのだろうからな。
 なるほど。のおれと、然して変わらんということか。」
……?あなたは、幽霊なのですか?」
「ぶふっ!」
 彼の言葉に普通に返しただけなのに、男は何故か吹き出した。
 …神殿でも、彼女以外の神官と話をしていて、こんな反応をされる時がたまにあるが、それは大抵自分が、的外れな答えを返した時だ。
 なにか、おかしな事を言ってしまっただろうか。

「………似たようなものかもしれんな。
 夜しか行動できないこの身を考えれば。」
 まだ少しだけ喉の奥に笑いを残しながら、男は小さく肩を竦める。

「でも、さわれますよね?
 さっき僕の腕を引いて、人波から連れ出してくれた。
 ありがとうございます。とても助かりました。」
「…気にするな、おれ自身の為だ。
 おまえの強い感情は、おれに影響する。」
「えっ?」
 言われた言葉の意味がわからず問い返したが、男はふんと鼻を鳴らしただけだった。
 ややあって、ようやく口を開いた彼は、間違いなくさっきとは違う事を言った。

「…はやく大人になれと言ったんだ。
 些細なことには動じない、強い精神を持つ、大人にな。」
 なんだか投げやりな気がして、納得がいかない。

「…ふん、少しは気分がマシになったらしいな。
 立て、ボウズ。送っていってやる。」
 少しの間黙ったままでいたら、男は再び声をかけてきた。

「む……僕は、子供ではない。」
 彼女に『いい子ね』と言われた時も、ちょっと悔しい気持ちになった。
 やはりあからさまな子供扱いは面白くない。
 彼は大人になれと言ったけど、それは自分も望む事だ。
 いつか、彼女に釣り合う男になりたい。
 どう頑張れば、そうなれるかわからないけど。

「それを主張するのは、『一人でおうちに帰れる』ようになってからにするんだな。
 …むくれるな。その点についてはおれも同じだ。」
「……あなたも、迷子なのですか?」
 そう言った彼の言葉に、何か切ないものを感じて、思わず問いかける。
 彼はフフッと笑って、また小さく肩を竦めた。

「…迷っちゃいないが、一人じゃ帰れないのは確かだな。
 他人の手を借りなければ、自分の家に帰るどころか、大切な者を守ることすらできん。
 悔しいが、今はどうにもならん。」
 大切な、者。
 まっしろな自分には彼女の顔しか浮かばないけど。
 彼の大切な人はどんな人なんだろうと、ふと考える。

「お互い、他人の手を借りるしか、今はないって事さ。
 わかったら、今は子供扱いに甘んじて頼っておけ。」
 手を借りて立ち上がると、彼の目線は自分より下だった。
 どうも自分は普通より背が高いらしいから、これはそれほど珍しいことではないけど。
 ふと思い出して、突然だとは思ったが名を名乗った。

「……あの、僕の名前はファルコといいます。」
「?ああ、知っている。」
「そうなのですか?でも僕はあなたを知らない。
 あなたの名前を、聞かせてくれますか?」
「………何故?」
「知らないひとについていってはいけないと、ヴァーナに言われているから。
 送ってくれると言われても、せめてあなたの名前くらい知らなくては、僕はあなたについていくことができない。」
 じっと見つめた瞳が緑色をしている事に、初めて気がついた。
 彼は少しだけ迷ったように曖昧に笑ってから、一言だけ口にした。

「………アローン。」










アローン


 謎の男。21歳。声優:桜井賢広。
 ゲームではアンダリアスと戦いの時に仮面を着けて現れ、その後時々現れてマリエルやファルコの窮地に手を貸したり、謎めいた言葉を残して去っていく、とても胡散臭い人。
 一周クリアした後に攻略対象となる隠れキャラで、実は9歳の時に死んだことになっている王子ロアン。
 シュヴァリエ商会の協力で生き延び、王族復帰を目指す。
 彼の遺伝子を使って作られたファルコの感情が心に流入する現象が起きており(今のところ一方通行)、その強い想いに影響を受ける。
 ゲームでは己とファルコの精神の境が判らなくなって悩む事になり、ヒロインとの逢瀬を通じて己自身の感情を自覚し、ファルコの精神と徐々に離脱をはかっていくことになる。



※本日18:00に次話投稿予定。
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