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16・離れないけど縮まらない距離感
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「失礼いたします、若旦那様。
神殿から、ジェイス殿がおみえになっています。」
薄らと寒気がする中、神殿では決して口にできない高級茶葉の紅茶の香りを無理矢理楽しんでいたところに入ってきた家令のバティスト(36歳・既婚・子供2人。金髪碧眼の巨漢マッチョ。ちなみに久しぶりに帰って顔を合わせた時に初めて気がついたけど、アンダリアス同様例の少年漫画に登場した、騎馬戦車を操る敵キャラにそっくりだった)がそう告げてきて、メルクールより先に私が反応してしまった。
「ダリオが?」
神殿からという事は、私に用なのだろう。
けど、私でなければいけない仕事以外は他の神官たちに割り振ってきているし、ファルコへの講義も、この3日は復習のみとしてダリオに一任してある。
大神官様もおられる事だし、休暇中の私をわざわざ訪ねてこなければならないような問題が起こるとは思えないのだけど…なんなの?
「わかった。
エントランスに留めておけ。俺が対応する。
……姉さんはここにいて。」
そう言って立ち上がるメルクールに、私は首を横に振る。
「でも神殿からならば、十中八九私への用だわ。
事実上、神聖騎士団の中でも上の地位にいる彼が、使いを出すのでなくわざわざ来るというのは、普通のことじゃないし。」
だがそう言って私が立ち上がろうとすると、メルクールはそれを、額に指1本当てて止めた。
…確かに、子供の時よくやったよね!
人間の体の構造と体重移動の都合上、これだけで人間は立ち上がれなくなるってやつ!
けど、今ここでやる事か、弟よ!!
「だからこそ、だ。
留守を任されておきながら、その普通じゃない事態を招き、且つ、その事態を姉さんに収拾させようとしてるって事じゃないか。
そんな無能に大事な姉さんを、見せてやるのさえ勿体ないね。」
「…悪いが急な用件なので、勝手に上がらせてもらっている。
久しぶりだな、メルクール。」
だが、休暇中の私に心労を与えまいとした弟の心遣いも虚しく、私たちがお茶をしていたサロンにずかずか踏み込んできた男は、それでもちょっとだけ気まずそうな表情を浮かべていた。
「…ダイダリオン卿。
こちらは平民とはいえ、恐れ多くも王宮御用達をいただいている家。
礼を失した行為は御遠慮願おうか。」
一応この国では王宮または神殿御用達の指定は、事実上準男爵と同等となっている。
ダリオは母親が婚家の侯爵家とも、母親の生家の伯爵家とも縁が切れている為、彼本人は無爵であり、この国ではやはり準男爵程度の扱いである『騎士』の称号があるのみだが、血統は侯爵家の息子なので割とそれが重要視され、普通の平民出の騎士よりは格が上となる。
(もっとも、現在彼が神聖騎士団の上の方の地位にいるのは、それだけが理由ではない。
世間的には家格が重要視されるが、一歩騎士団の枠に入ってしまえば、そこは一転して実力主義の世界なので。
それでも神聖騎士団には、王宮の近衛騎士団にあるような十部隊長や一部隊長といった役職名がなく、団長以下の序列が割とふわっとしている為、彼の地位も『かなり上の方』と皆が認識してる程度でしかないのだが。
ついでに言えば、神殿内の序列だと神官長である私の地位は騎士団長と同等だが、この辺も割とふわっとしてて、今の騎士団長は自分のことを私の部下だと思ってるフシがある)
そしてメルクールは、貴族の子弟が多く通う王立学院に在籍していた頃、商家の子ということで、時折貴族たちに馬鹿にした態度を取られる事もあったらしく、こういう事に割と敏感になっているところがある。
簡単に言えば、侮られる事が何より嫌いなのだ。
けど…多分ダリオがこの態度なのは、別に我が家を侮ってるとかいう理由じゃないと思うよお姉ちゃんは!
「私は子供の頃からこの邸には、何度もこうして出入りしているが…」
言い訳のようにそう言って、頬を掻くダリオは、表情から判断する限り、一応はまずかったかなと思ってはいるらしい。
多分、ファルコの前で私に以前注意された時と同じ心境なのだと思う。
「確かに親同士の交流で家族ぐるみの付き合いだが、君のお母上はあの頃から、我が家に訪問する際は招待に応じてか、先んじて使いを寄越してからの訪問を徹底してくださっていた。
まして家人の許しも得ないうちに、プライベートな場所にずかずか上がり込むなど、考えもよらない筈だ。
子供ならば許されるという年齢は、君はとうの昔に過ぎただろう。
あの方が聞いたら卒倒するのではないかな。」
(意訳:おめえの母ちゃんに言いつけっぞ)
……うわあ。
一応二人称が『君』になってるあたりに最大限の譲歩は窺えるものの、口調や態度は氷点下だ。
けど、メルクールの言葉は冷たいように聞こえるが、この国のしきたりでは別段不自然な言いがかりではない。
特に男性が未婚女性のいる家に気軽に出入りするのは、紳士として好ましくない事とされている。
婚約者同士であれば話はまた別だが、それでも婚姻前ならば二人きりという状況になる事はまずないし、なったとすればその時にやましい事実があろうとなかろうと、それが他人の口の端にのぼったが最後、主に女性にとってのダメージとなるのは必至だからだ。
「……そうね。
確かにいい大人がする事じゃないわね。
これが普通になってしまったら、ファルコの教育にも影響が出るわ。」
私たちは子供の頃とは違う。
お互いに立場というものがある以上、それを弁えた行動を取るべきであり、お互い同士だからと甘えていてはけじめも何もあったものではない。
私たちは若者のお手本にならなければいけない立場なのだから。
…というか、ゲームでの『ダイダリオン』の、勇者教育の役割って、王城奪還の後は信仰や礼節関係だった筈なんだけど、このポンコツはどこに片方置き忘れてきたものやら。
「言ってなかったが俺は君の、そういう距離無しなところが嫌いだ。」
……けど、そこまで言うのはちょっとかわいそうな気がする。
そういえばゲームでは『ダイダリオン』と『ゴロー』にオープニングより以前の面識はなく、キャラ的な接点も無かった。
このゲーム、ファルコ以外の攻略キャラを同時攻略している時に、ライバルイベントが発生する組み合わせも数組あるが、この2人には特にそういうのも無かったのだが、もしあったらこんな感じだったのだろうか。寒い。
そうそう、確か『ダイダリオン』とライバルイベントが発生するのは、彼の甥である『アドラー』で……んん!?
ちょっと待て。ダリオに甥なんているか?
うちの両親と彼のお母さんは私たちが1歳の時からの付き合いだから、あのひとが再婚もせず一人息子のダリオを育ててきた事を知ってる。
ダリオはひとりっ子なのだから、甥なんている筈がないんだが…?
そうだ。アドラーの登場は確か、王城奪還後最初に信仰か礼節に関わる授業を行なった際に、それに加わる形で紹介されるんだった。
…しかし、今のダリオに礼節の教授がはたしてできるのだろうか。
「そ、そうだわ!
まずは親しき仲にも礼儀ありを念頭に置いて、ファルコと一緒にあなたも一緒に礼節の勉強をしましょう!
とりあえず今、バティストに挨拶するところからやり直しましょうか!!
だ、だからメルクールも、そんなに睨まないであげて。」
「緊急の用件なのだと言っているだろう!
……ファルコがいなくなった。」
……………………………は?
神殿から、ジェイス殿がおみえになっています。」
薄らと寒気がする中、神殿では決して口にできない高級茶葉の紅茶の香りを無理矢理楽しんでいたところに入ってきた家令のバティスト(36歳・既婚・子供2人。金髪碧眼の巨漢マッチョ。ちなみに久しぶりに帰って顔を合わせた時に初めて気がついたけど、アンダリアス同様例の少年漫画に登場した、騎馬戦車を操る敵キャラにそっくりだった)がそう告げてきて、メルクールより先に私が反応してしまった。
「ダリオが?」
神殿からという事は、私に用なのだろう。
けど、私でなければいけない仕事以外は他の神官たちに割り振ってきているし、ファルコへの講義も、この3日は復習のみとしてダリオに一任してある。
大神官様もおられる事だし、休暇中の私をわざわざ訪ねてこなければならないような問題が起こるとは思えないのだけど…なんなの?
「わかった。
エントランスに留めておけ。俺が対応する。
……姉さんはここにいて。」
そう言って立ち上がるメルクールに、私は首を横に振る。
「でも神殿からならば、十中八九私への用だわ。
事実上、神聖騎士団の中でも上の地位にいる彼が、使いを出すのでなくわざわざ来るというのは、普通のことじゃないし。」
だがそう言って私が立ち上がろうとすると、メルクールはそれを、額に指1本当てて止めた。
…確かに、子供の時よくやったよね!
人間の体の構造と体重移動の都合上、これだけで人間は立ち上がれなくなるってやつ!
けど、今ここでやる事か、弟よ!!
「だからこそ、だ。
留守を任されておきながら、その普通じゃない事態を招き、且つ、その事態を姉さんに収拾させようとしてるって事じゃないか。
そんな無能に大事な姉さんを、見せてやるのさえ勿体ないね。」
「…悪いが急な用件なので、勝手に上がらせてもらっている。
久しぶりだな、メルクール。」
だが、休暇中の私に心労を与えまいとした弟の心遣いも虚しく、私たちがお茶をしていたサロンにずかずか踏み込んできた男は、それでもちょっとだけ気まずそうな表情を浮かべていた。
「…ダイダリオン卿。
こちらは平民とはいえ、恐れ多くも王宮御用達をいただいている家。
礼を失した行為は御遠慮願おうか。」
一応この国では王宮または神殿御用達の指定は、事実上準男爵と同等となっている。
ダリオは母親が婚家の侯爵家とも、母親の生家の伯爵家とも縁が切れている為、彼本人は無爵であり、この国ではやはり準男爵程度の扱いである『騎士』の称号があるのみだが、血統は侯爵家の息子なので割とそれが重要視され、普通の平民出の騎士よりは格が上となる。
(もっとも、現在彼が神聖騎士団の上の方の地位にいるのは、それだけが理由ではない。
世間的には家格が重要視されるが、一歩騎士団の枠に入ってしまえば、そこは一転して実力主義の世界なので。
それでも神聖騎士団には、王宮の近衛騎士団にあるような十部隊長や一部隊長といった役職名がなく、団長以下の序列が割とふわっとしている為、彼の地位も『かなり上の方』と皆が認識してる程度でしかないのだが。
ついでに言えば、神殿内の序列だと神官長である私の地位は騎士団長と同等だが、この辺も割とふわっとしてて、今の騎士団長は自分のことを私の部下だと思ってるフシがある)
そしてメルクールは、貴族の子弟が多く通う王立学院に在籍していた頃、商家の子ということで、時折貴族たちに馬鹿にした態度を取られる事もあったらしく、こういう事に割と敏感になっているところがある。
簡単に言えば、侮られる事が何より嫌いなのだ。
けど…多分ダリオがこの態度なのは、別に我が家を侮ってるとかいう理由じゃないと思うよお姉ちゃんは!
「私は子供の頃からこの邸には、何度もこうして出入りしているが…」
言い訳のようにそう言って、頬を掻くダリオは、表情から判断する限り、一応はまずかったかなと思ってはいるらしい。
多分、ファルコの前で私に以前注意された時と同じ心境なのだと思う。
「確かに親同士の交流で家族ぐるみの付き合いだが、君のお母上はあの頃から、我が家に訪問する際は招待に応じてか、先んじて使いを寄越してからの訪問を徹底してくださっていた。
まして家人の許しも得ないうちに、プライベートな場所にずかずか上がり込むなど、考えもよらない筈だ。
子供ならば許されるという年齢は、君はとうの昔に過ぎただろう。
あの方が聞いたら卒倒するのではないかな。」
(意訳:おめえの母ちゃんに言いつけっぞ)
……うわあ。
一応二人称が『君』になってるあたりに最大限の譲歩は窺えるものの、口調や態度は氷点下だ。
けど、メルクールの言葉は冷たいように聞こえるが、この国のしきたりでは別段不自然な言いがかりではない。
特に男性が未婚女性のいる家に気軽に出入りするのは、紳士として好ましくない事とされている。
婚約者同士であれば話はまた別だが、それでも婚姻前ならば二人きりという状況になる事はまずないし、なったとすればその時にやましい事実があろうとなかろうと、それが他人の口の端にのぼったが最後、主に女性にとってのダメージとなるのは必至だからだ。
「……そうね。
確かにいい大人がする事じゃないわね。
これが普通になってしまったら、ファルコの教育にも影響が出るわ。」
私たちは子供の頃とは違う。
お互いに立場というものがある以上、それを弁えた行動を取るべきであり、お互い同士だからと甘えていてはけじめも何もあったものではない。
私たちは若者のお手本にならなければいけない立場なのだから。
…というか、ゲームでの『ダイダリオン』の、勇者教育の役割って、王城奪還の後は信仰や礼節関係だった筈なんだけど、このポンコツはどこに片方置き忘れてきたものやら。
「言ってなかったが俺は君の、そういう距離無しなところが嫌いだ。」
……けど、そこまで言うのはちょっとかわいそうな気がする。
そういえばゲームでは『ダイダリオン』と『ゴロー』にオープニングより以前の面識はなく、キャラ的な接点も無かった。
このゲーム、ファルコ以外の攻略キャラを同時攻略している時に、ライバルイベントが発生する組み合わせも数組あるが、この2人には特にそういうのも無かったのだが、もしあったらこんな感じだったのだろうか。寒い。
そうそう、確か『ダイダリオン』とライバルイベントが発生するのは、彼の甥である『アドラー』で……んん!?
ちょっと待て。ダリオに甥なんているか?
うちの両親と彼のお母さんは私たちが1歳の時からの付き合いだから、あのひとが再婚もせず一人息子のダリオを育ててきた事を知ってる。
ダリオはひとりっ子なのだから、甥なんている筈がないんだが…?
そうだ。アドラーの登場は確か、王城奪還後最初に信仰か礼節に関わる授業を行なった際に、それに加わる形で紹介されるんだった。
…しかし、今のダリオに礼節の教授がはたしてできるのだろうか。
「そ、そうだわ!
まずは親しき仲にも礼儀ありを念頭に置いて、ファルコと一緒にあなたも一緒に礼節の勉強をしましょう!
とりあえず今、バティストに挨拶するところからやり直しましょうか!!
だ、だからメルクールも、そんなに睨まないであげて。」
「緊急の用件なのだと言っているだろう!
……ファルコがいなくなった。」
……………………………は?
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