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3・攻略対象者と、早くもライバルイベント1★

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「…さて、ファルコ殿。
 今からヴァーナを暫しお借りしたいのだが、よろしいかな?」
 ダリオの言葉に、ファルコは先ほど片鱗を見せた不機嫌顔を再び浮かべた。
 …あ、これってひょっとして。

 ファルコはメインヒーローであり、クリアする為のパラメータ数値が一番高いのは間違いないが、信頼度を下げる行動さえ避ければ、実はそれほど攻略の難しいキャラではない。
 パラメータがクリア基準に達したあたりで補正がかかり、そこから愛情度の上昇率が上がりやすくなるのもあるのだが、ぶっちゃけ彼の場合、必須イベントさえ間違いなくこなせば、パラメータ上げだけしていても勝手に愛情度がマックスになって、エンディングを迎えることは可能なのだ。
 むしろ、他のキャラより圧倒的に多いデート時のスチルイベントを追っていくと、パラメータ上げが間に合わなくなるという事態さえ起こり得る。
 その事に気付いたプレイヤーが現れるまでは、ゲーム雑誌の特集で悉くラスボス扱いされていたファルコが、実はまったくチョロかったという真逆の評価になったのはまあいいとして。

『イエ国』で本当に難しいのはむしろ、他の攻略対象者を狙う時、ファルコの信頼度は保ったまま、愛情度をいかに適度に抑えるかという調整の方だった。
 信頼度は愛情度に比べるとそれほど変動する数値ではないが、それだけにダウンすると挽回しにくい。
 また信頼度が足りないとパラメータ上昇に支障が生じるのは勿論、ファルコの信頼度が足りないとそもそもキャラエンディング自体迎えられない。
 愛情度が上がりやすい彼は、ある程度親しくなると、自分の方から頻繁にデートに誘ってきて、断るとやや信頼度がダウンする。
 そこを考えると全て断るわけにもいかず、彼の相手をしている間に、他の攻略対象者の、クリア基準のデート回数すらこなせなくなるという恐れが出てくるのである。
 更にファルコに関しては、愛情度が上がって以降、ヒロインとその時点で一番親しい他の攻略対象者とのライバルイベントがやたら多く、ヒロインがファルコではなくライバルイベントの相手を選んだ時の信頼度のダウン率たるや、他の場合の比ではない。
 この事からファルコは、少なくともその当時の乙女ゲー史上、最も嫌われたメインヒーローでもあった。

『ウザい』『しつこい』『邪魔すんな』
 つまりはこれである。

 つまり、何が言いたいかといえば。
 ファルコは独占欲が強いということだ。
 今、ダリオに対して不機嫌顔を見せたのは、それまで二人きりで話(いや、勉強だけど!)をしていた私を、横から奪っていこうとする彼に対してのあからさまな不満。
 誰が相手でもこれが基本、ライバルイベント発生の条件となる。
 いや、だからそれは、ヒロインと会ってからにしなさいってば。
 そもそもまだ会ったばかりで、発生するとしても早すぎだから。

「彼がいては、出来ない話ですか?」
 それでもファルコの代わりに、私が軽く睨みながら言うと、ダリオは少しムッとしたような表情で、もそもそと返してきた。

「…彼が現れてから、君の様子がおかしかったと神官たちに聞いた。
 心配で会いに来てみたのだが、必要なかったらしいな。」
 …いや、25の男が拗ねても可愛くはないから。

「…ご心配をおかけして、申し訳ありません。」
「そんな他人行儀な言葉が聞きたいわけじゃない!」
 と、ダリオが少し声を荒げたのを見て、ファルコは私の前に進み出た。
 …私を、庇うように。

 ☆☆☆

 …ダリオと私は幼馴染だが、そうなった経緯は割と複雑だ。
 実は彼のお母さんと私の父は、若い時分は恋仲だったらしい。
 けど、私の父は当時しがない商人の次男、彼のお母さんは伯爵家の末娘で、当然結婚は許されず泣く泣く別れさせられたのだという。
 その傷心の父の前に母が現れて父は割とあっさり恋に落ちて結婚しその勢いで実家を出て立ち上げた事業が成功して長女の私の下に更に弟ひとり妹ひとり計3人の子供をもうけてしかも私が神殿入りした後生まれたからまだ数回しか顔合わせたことのない末の妹とかまだ8歳なんだけどどう考えても弟が経営学の勉強の為に王立学院に入学して入寮したタイミングで作成されたよねどんだけまだラブラブなのとちょっとだけ思ったけどそれはさておき。
 ダリオのお母さんは先年夫人が他界された侯爵家へ後妻として嫁がされ、奇しくも私が生まれる同じ年に彼を生んだ。
 けどその翌年に彼の父である侯爵家の当主様が馬車の事故で亡くなられてしまい、今度はその弟と結婚させられそうになったところで、息子を連れて逃げたらしい。
 それを匿ったのがうちの両親で、なんやかんや手を回して彼女は侯爵家とも、生家である伯爵家とも離縁して、まだ私の実家の隣の、古いが立派なアパートメントで暮らしているはずだ。
 よくは知らないがこの国ではまだ珍しい果樹の農園の権利を持っているそうで、定期的に入ってくる配当金で、充分に暮らしていけるのだそうだ。
 その頃の話を母に聞いた時は驚いて、父の元カノを匿うとかイヤじゃなかったのと聞いたところ、

『え~?昔の話だし、愛されてるのはアタシだって判ってるし。』
 という実に暑苦しいコメントが返ってきた。滅べ。
 実際、焼け木杭に火がつくような事態にはならず、私の知ってる限りでは母親同士が姉妹みたいに仲がいいし、どうやら同い年の子供を持つ母親同士気が合ったらしい。
 そして親世代の引き裂かれた恋が、子世代の私たちに受け継がれ…るなどというドラマチックな事もまっっっ………たく起きなかった。
 いや、親同士の話には出ていたらしいけど。
 私とダリオを結婚させようとか。
 けど、翌年生まれた弟と共に、私たちは兄弟みたいに育って、私にとってダリオはもう1人の弟みたいなものだ。
 いや、彼の方が生まれは4ヶ月ほど早いのだけど、感覚的に。

 そんな私たちが、彼が騎士として、私が神官として、同じく神殿に勤める事になったのは単なる偶然だ。
 ダリオは子供の頃から騎士に憧れていたところに12年前、聖騎士団の方で、新たに騎士志願者を国中から大募集したのを機に、騎士見習いとして神殿入りした。
 その直前、この国の王子が離宮で火災に遭って9歳で亡くなったのだが、それに関わっていたのが神殿の上層部の権力者で、私も子供だったからあまり詳しくは知らなかったのだが、かなりの人数がその時に検挙され断罪された筈だ。
 …まあ要するに、上がスッパリ居なくなって、アタマを押さえられていた真ん中が上に行ったら、下の人数が足りなくなった、ただそれだけの話。
 私は豪商の娘の嗜みとして、また父の事業は弟が継ぐと早くから思っていたから、花嫁修行として15の年に、貞女の心得を学びにきたに過ぎない。
 だが、その期間が終わる18の年に、神殿内で起きていたとある不正を偶然暴いてしまい、その後交代した今の大神官様に気に入られて、出るに出られなくなって気がついたら出世していた次第だがまあそれは置いとくとして。

 話を戻すがそもそも、ダリオは私の好みじゃない。
 いや、客観的に見れば、充分な美男子なのはわかっているが、私は割と男臭いタイプの方が好みだ。
 長く伸ばした、緑がかった金色の髪は、すっきりと後ろでひとつにまとめられ、剣術で鍛えた身体は、細く見えるが筋肉質で、背も高い。
 引き締まった繊細なおもては、一見冷たそうに見えるが、それが笑うと破壊力が凄い、とは神殿で一緒に働く女性神官たちの意見だが、見慣れた私にはそんなもんかとしか思えない。
 …ただ、大人になってからは、声だけは凄くセクシーになったなとは思っていた。
 声だけは。

 ………………

 ……当たり前だよ!
 なんで今この瞬間まで気付かなかった私!!
 そうだよ、コイツの声、声優の中田ヒデユキじゃん!!

 聖騎士ダイダリオン・ジェイス、25歳。
 勇者の教育係を任ぜられた神官見習いマリエルの上司で、一番最初に登場する協力者。つまり…


 私の幼馴染のダリオは、攻略対象者の1人だ。
 さっきの挨拶にデジャブったのはなんて事はない、ゲームでの騎士ダイダリオン出会いイベントと、一語一句違わない名乗りだったからだ。









ダイダリオン・ジェイス


 原作ゲームの攻略対象。25歳。声優:中田ヒデユキ。
 神聖騎士団の聖騎士であり、ヴァーナの幼馴染。
 ゲームでは頭は硬いが真面目で頼れるヒロインの上司という設定だったが、何故か立派なヘタレへと華麗なる転身を果たす。
 実はヴァーナの存在によるバタフライ・エフェクトを、一番甚大に被っている人。
 ヴァーナのことを幼少期からずっと想っているが、彼女には兄弟としか思われていない事を知っており、なかなか上手く距離を詰められずにいた…ところに、いきなり現れた勇者という青年が簡単にヴァーナのそばに寄り添っている事に若干モヤる。
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