黄昏の王国〜ヒロイン不在の乙女ゲームの世界で私が勇者をつくるまで〜

風来ほっけ

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1・ヒロイン不在のオープニング

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 目を開けると、そこにきみがいた。
 何も描かれていない、僕の真っ白な世界に、
 その瞬間に、きみが描かれた。

 何ひとつ持たない僕だけど、
 きみの為なら、きっと世界も救える。

~【Born Yesterday~黄昏の王国】商品パッケージ裏面より~

 ☆☆☆

 神殿の前に倒れていた、全裸の若い男性が運び込まれたのは、スコルピオ帝国の奇襲により王城が制圧され、神殿が閉鎖されたその翌日のことだった。

 このライブラ王国は王院と神聖院の二院制で国を治めており、そのシステムは他国にはないものである。
 故に、長年鎖国を保ってきたスコルピオ帝国が、王の身柄さえ掌握すれば、他の国と同様に支配下に置けると信じたのは、仕方ない事であったのか、或いは情報収集の不足と断じるべきか。
 ともあれ、神聖院として政の片翼を担っている神殿は、王城が制圧されたとの一報を受けるや否や、門を閉ざして立て籠もった。

 神殿、と呼ばれるそこは、聖職者たちの住まいや、それを客として暮らしを営む店などもある、実際には小さな町のような規模の敷地である。
 ゆえに、一ヶ月程度なら籠城に耐えられるだろうが、それ以上になれば…

 そんな中で、門の外に倒れていた得体の知れない男を運び入れるなど、正気の沙汰ではなかったろう。
 敵の罠である可能性もなくはないのだから。
 けれど、それを命じたのは大神官、この神殿においての最高権力者だった。

「あの若者は、この国を救うため、神が遣わされた勇者である。」
 との言葉によって。



 そして私は、その瞬間に思い出した。
 この生を受ける前に、生きてきた別の生のこと。
 そして今起こっているこの出来事は、その生での私が死ぬ前に、単に声優目当てでプレイしていた乙女ゲーの、オープニングイベントだという事を。
 けど……

「マリエル……マリエルはどこなの?」
「…どうされました、神官長?
 マリエルなどという者は、この神殿にはおりませんが?」
「知ってるわよ!
 なんで居ないのかって言ってるだけよ!!」
「はいぃ!?」
「な、なんでもないわ…!」
 いかんいかん、動揺し過ぎだ。落ち着け私。
 けど、この世界が本当に乙女ゲー『Born Yesterday~黄昏の王国』の世界であるならば、そこにヒロインである神官見習いの【マリエル】が、存在すらしないのはおかしいのではないか。
 いや、ひょっとしてデフォルト名の『マリエル』ではなく、別の名前になっているのかもしれないが、問題は今、ここに在籍している神官見習いの中に、ロングウェーブの黒髪と茶色の瞳を持つ、17歳の女の子自体が居ないという事だ。
 いや、黒髪と茶色の瞳というだけであればこの国に珍しくなく、実際私も当てはまってはいるのだけど、神官長という役職に就いた年齢としては史上最年少と言われていても、普通の女性として考えれば、この国の平均では既にき遅れの25歳の私は、年齢的にヒロインを張るにはとうがたちすぎている…ってやかましいわ。
 とはいえ、しがない中間管理職とはいえ、神官長という立場にある私が、ただ動揺しているだけではお話にならない。
 倒れていた青年に怪我や病の兆候がないのを確認し、着るものを着せるよう指示を出して、落ち着いたあたりで改めてその姿を確認する。

 190以上はある無駄に高い背丈。
 金色の髪に白い肌。
 今は閉じられている瞼の下に隠れているのは、確か緑色の瞳の筈。
 年の頃は18、9。
 少年と大人の中間といった、どこか甘さのある整った顔立ち。

 ……間違いない。
 ここに眠っている彼こそが、このライブラ王国の救世主として予言された未来の勇者にして、乙女ゲー『Born Yesterday~黄昏の王国』のメインヒーロー、【ファルコ】だ。

 ☆☆☆

【Born Yesterday~黄昏の王国】は、通常時の能力育成パート、休日はイベントを求めての移動パート、或いはデートによる好感度アップを行い、更に定期的に勃発する戦争によるシミュレーションパートを繰り返して、ゲーム内時間で1年半を過ごしていく、まあありきたりの乙女ゲーである。
 よくあるそれと違うのは、育成して能力を上昇させるのが主人公であるヒロインではなく、勇者ファルコであるという点。
 オープニングで勇者であると予言され、神殿で目を覚ましたファルコは、自身の記憶を何も持っていなかった。
 それ自体が後に判明する彼の正体を示す伏線なのだが、それは今は置いておく。
 その真っ白な状態で、目を覚まして初めて見たのが、その時たまたま側にいたヒロイン、神官見習いのマリエル17歳だった。
 生まれたばかりの雛鳥が、初めて見たものを親と認識するが如く、ファルコは目覚めた瞬間からマリエルに懐く事となり、そのままマリエルはなし崩しに、彼の世話係を任ぜられるのだ。
 マリエルの勇者育成と、それに関わる攻略対象者である男性たちとの、1年半の物語が、ここから始まるわけである。

 …のだが。その肝心のヒロインが居ないとか。
 なんだこれ、バグか。
 いやバグにしたって酷すぎるだろう。
 条件は揃っているのに、主人公が居なくて、この物語はどうやって始まればいいんだ。

 と、見下ろしていた青年の瞼が震え、それが開いた。
 予想通りその下から、綺麗な緑色の瞳が現れる。
 その瞳が、徐々に焦点を結んでいき…、

 気がつけば、私と彼は、そこで見つめ合っていた。


 ……あれ?


 勇者ファルコは、目覚めて初めて目にした少女に、盲目的な信頼と愛情を抱き、そこから物語は始まる……。

 目覚めた彼が、今見つめているのは。
 神官長ヴァーナ・シュヴァリエ、25歳。

 ………私だ。










ヴァーナ・シュヴァリエ

 主人公。
 帝国なら充分結婚適齢期だがライブラ王国内では嫁き遅れという微妙な年齢の25歳。
 ストレートロングの黒髪に茶色の瞳。
 本人自覚しておらず地味なオバサンのつもりでいるが実はかなりの美人。
 しかも密かに巨乳でスタイル抜群。
 脳内が残念なのは仕様。
 豪商の娘で、花嫁修行として神殿入りするも、18の時に神殿上層部の不正をうっかり暴いてしまい、その功績で管理職へ昇進。現在は神官長。
 更に続くうっかりでファルコに懐かれた事で、本来のヒロインの立ち位置に収まってしまう。

 実はゲームには存在さえしないキャラであり、この先に待つゲームと違う流れは全て彼女の存在によるバタフライ・エフェクトであると判明するのはもう少し先。
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