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遅延新入生勧誘編
再会微毒①
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「久しぶりじゃないか! 実際に会うのは半年振りか?」
「そう……だな」
涼介が満面の笑みで駆け寄ってくるのとは対照的に、俺の表情には後ろめたいものがあった。
クラブを辞めてからの半年、近況報告程度の連絡はしていたものの、俺は意図的に涼介達と会うのを避けていた。
サッカーを諦めた俺を涼介達がどう思っているのか考えると、とてもじゃないが会う気にはなれなかった。
涼介が着ているチームカラーでもある緑色のジャージには東京Vのロゴと文字が刻まれており、視界に映るたびに俺の心をこれでもかというほど嬲ってくる。
「まさかこんなところで会えるとは思わなかった。もしかしてここが修斗の通っている高校なのか?」
「俺の家から一番近いのがここの高校なんだよ。そっちは練習試合だよな」
「ああ。今年の瑞都高校は強豪だと聞いたからな、プリンスリーグでは当たらないが調整試合として監督同士で話をまとめたらしい。なんでも瑞都高校には狩野隼人がいるらしいじゃないか」
「みたいだな」
「修斗は…………サッカー部じゃないのか?」
遠慮と期待が入り混じった質問。
制服のままの俺がサッカー部ではないと思いつつも、グラウンドに来ていることに一縷の望みを懸けているような質問だった。
「サッカー部だったら今頃お前らの前に敵として立っているさ」
俺は冗談混じりにハハと笑いながら無理に答えてみせた。
その冗談で俺が吹っ切れていると安堵したのか「そうだよな。だが少し残念だ」と笑った。
どうやら誤魔化すことができたみたいだ、今にも涼介の前から逃げ出したくなっているこの感情を。
「ユースに昇格してから1ヶ月、俺や光や賢治、それに優夜は間もなくAチームに昇格することが確定している。Bチームでの試合ではジュニアとユースの環境の違いを知るために残っていたが、俺達なら充分に通用するという判断が下されたみたいだ」
「当たり前だ。お前達は俺が認める最高のサッカープレイヤー達だからな。プロに行ってからがスタートラインだろ」
「今の東京Vユースは俺達だけじゃなく先輩達も優秀だ。3冠も当然視野にいれられるだろう。だが…………本当はここにお前がいるのが理想だったんだ、修斗」
苦々しい表情の涼介の言葉に、くしゃりと心が捻じ曲がる。
既にユースサッカー情報誌でも幾度と無く紹介され、『ヴァリアブル世代』の筆頭として話題になっている涼介が未だに俺のことを必要としている。
そんな期待に応えることができない自分に対する不甲斐なさと、未だサッカーに全てを捧ぐことができる涼介に対する嫉妬心が胸の内をかき混ぜ染め上げて、心の中を蹂躙していく。
「俺なんかがいなくても『ヴァリアブル世代』なんて呼ばれているじゃないか」
わざとらしく皮肉を込めたような言葉がおもわず口を突いて出た。
「そんな呼び名、今は虚しいだけだ。知っていたか? 修斗がいた時には既に『高坂世代』なんて呼んでいる人達もいたんだ。俺達の中心であった修斗がいなくなったから、統一して纏めたような呼び方をしているに過ぎない」
「それでも俺は、お前が羨ましいよ」
「修斗…………」
こんな卑屈な事を言いたいわけではなかった。
涼介は俺よりも人間が出来ている。
今だって俺に気を遣って言葉を選びながら話しているのがよく分かるのに、俺は自分を知らず知らずのうちに下に置いて会話をしている。
当時の話し方が、思い出せない。
「何してんねん涼介」
懐かしい関西弁が耳に飛び込んできた。
競争心を剥き出しに、何度も張り合い声を荒げていた聞き慣れた方言。
涼介の後ろから来たのは、同じく東京Vのジャージを着込み、当時よりも身長が伸びてガタイが良くなっている男。
「優夜……!」
「なんやまさか…………修斗か?」
「懐かしいだろ優夜。お前達は修斗とあまり連絡を取っていないと言っていたからな」
優夜は俺がいることに一瞬驚きの表情を見せるも、嬉しそうに話す涼介に対してすぐさま呆れたようにハァとため息をついた。
「あんなぁ涼介、終わってもーた奴にそない構うなや。時間の無駄」
「…………なんだと?」
優夜の一言に空気がピリつく。
遠慮を知らないその発言に俺自信も苛立ちを隠せなかった。
「しばらく見ない間に言うようになったな優夜」
「俺達は今も激しい競争の中で戦っとる。当時のお前は確かに嫉妬するほどに上手く、才能に溢れていた。せやけどな、相手にコカされて怪我をして、ユースにも上がれんかったお前にもう価値はない。こんなところでのうのうとしとるのがええ証拠や」
「てめぇ──────」
「優夜ぁ!!」
俺が掴みかかるよりも早く、涼介が優夜に掴みかかった。
相手に削られた時ですら怒りを表に出さない涼介の憤激した表情を、俺は初めて見た。
「これ以上俺の親友を侮辱することは許さん!!」
涼介の〝親友〟という言葉に、不思議と霞がかっていた頭の中がクリアになっていく。
ハッキリと口にされることで俺は自分の立場を明確に認識することができた。
サッカーができなくとも、過去に積み上げてきたものは崩れない。
しかし、なおも優夜が引き下がることはなかった。
「理解しとるやろ涼介! 俺達はユースで満足してる場合ちゃう! プロだけやなく、海外進出も既に視野に入れている! 終わった選手に構っとるヒマなんかないんや!」
「それを決めるのは俺自身だ! お前じゃない! それに修斗は終わった選手なんかじゃない! 必ず怪我を完治させ、戻ってくると信じている!」
「1年近く球を蹴れてない奴を必要としとる奴なんかおらんわ! 誰も、高坂修斗を求めてなんかおらん!」
涼介の言葉と、優夜の言葉が同時に胸に突き刺さる。
期待と落胆、そのどちらもがナイフとなって俺を襲う。
「貴様……!」
「そんなことないわよ」
予想外の人物が否定した。
涼介と優夜の掴み合いを遮るように言葉を投げかけたのは弥守だった。
肩幅に足を開き腰に両手を当て、凛とした立ち振る舞いで優夜を見据えていた。
思いもよらない乱入者に、思わず俺達も固まる。
「弥守……?」
弥守は俺の方をチラリと見ると、ニッコリと笑った。
アイコンタクトだけで、俺のことを必要としているのよと語りかけてきたのが伝わる。
そして彼女は再び、優夜を睨みつけた。
「そう……だな」
涼介が満面の笑みで駆け寄ってくるのとは対照的に、俺の表情には後ろめたいものがあった。
クラブを辞めてからの半年、近況報告程度の連絡はしていたものの、俺は意図的に涼介達と会うのを避けていた。
サッカーを諦めた俺を涼介達がどう思っているのか考えると、とてもじゃないが会う気にはなれなかった。
涼介が着ているチームカラーでもある緑色のジャージには東京Vのロゴと文字が刻まれており、視界に映るたびに俺の心をこれでもかというほど嬲ってくる。
「まさかこんなところで会えるとは思わなかった。もしかしてここが修斗の通っている高校なのか?」
「俺の家から一番近いのがここの高校なんだよ。そっちは練習試合だよな」
「ああ。今年の瑞都高校は強豪だと聞いたからな、プリンスリーグでは当たらないが調整試合として監督同士で話をまとめたらしい。なんでも瑞都高校には狩野隼人がいるらしいじゃないか」
「みたいだな」
「修斗は…………サッカー部じゃないのか?」
遠慮と期待が入り混じった質問。
制服のままの俺がサッカー部ではないと思いつつも、グラウンドに来ていることに一縷の望みを懸けているような質問だった。
「サッカー部だったら今頃お前らの前に敵として立っているさ」
俺は冗談混じりにハハと笑いながら無理に答えてみせた。
その冗談で俺が吹っ切れていると安堵したのか「そうだよな。だが少し残念だ」と笑った。
どうやら誤魔化すことができたみたいだ、今にも涼介の前から逃げ出したくなっているこの感情を。
「ユースに昇格してから1ヶ月、俺や光や賢治、それに優夜は間もなくAチームに昇格することが確定している。Bチームでの試合ではジュニアとユースの環境の違いを知るために残っていたが、俺達なら充分に通用するという判断が下されたみたいだ」
「当たり前だ。お前達は俺が認める最高のサッカープレイヤー達だからな。プロに行ってからがスタートラインだろ」
「今の東京Vユースは俺達だけじゃなく先輩達も優秀だ。3冠も当然視野にいれられるだろう。だが…………本当はここにお前がいるのが理想だったんだ、修斗」
苦々しい表情の涼介の言葉に、くしゃりと心が捻じ曲がる。
既にユースサッカー情報誌でも幾度と無く紹介され、『ヴァリアブル世代』の筆頭として話題になっている涼介が未だに俺のことを必要としている。
そんな期待に応えることができない自分に対する不甲斐なさと、未だサッカーに全てを捧ぐことができる涼介に対する嫉妬心が胸の内をかき混ぜ染め上げて、心の中を蹂躙していく。
「俺なんかがいなくても『ヴァリアブル世代』なんて呼ばれているじゃないか」
わざとらしく皮肉を込めたような言葉がおもわず口を突いて出た。
「そんな呼び名、今は虚しいだけだ。知っていたか? 修斗がいた時には既に『高坂世代』なんて呼んでいる人達もいたんだ。俺達の中心であった修斗がいなくなったから、統一して纏めたような呼び方をしているに過ぎない」
「それでも俺は、お前が羨ましいよ」
「修斗…………」
こんな卑屈な事を言いたいわけではなかった。
涼介は俺よりも人間が出来ている。
今だって俺に気を遣って言葉を選びながら話しているのがよく分かるのに、俺は自分を知らず知らずのうちに下に置いて会話をしている。
当時の話し方が、思い出せない。
「何してんねん涼介」
懐かしい関西弁が耳に飛び込んできた。
競争心を剥き出しに、何度も張り合い声を荒げていた聞き慣れた方言。
涼介の後ろから来たのは、同じく東京Vのジャージを着込み、当時よりも身長が伸びてガタイが良くなっている男。
「優夜……!」
「なんやまさか…………修斗か?」
「懐かしいだろ優夜。お前達は修斗とあまり連絡を取っていないと言っていたからな」
優夜は俺がいることに一瞬驚きの表情を見せるも、嬉しそうに話す涼介に対してすぐさま呆れたようにハァとため息をついた。
「あんなぁ涼介、終わってもーた奴にそない構うなや。時間の無駄」
「…………なんだと?」
優夜の一言に空気がピリつく。
遠慮を知らないその発言に俺自信も苛立ちを隠せなかった。
「しばらく見ない間に言うようになったな優夜」
「俺達は今も激しい競争の中で戦っとる。当時のお前は確かに嫉妬するほどに上手く、才能に溢れていた。せやけどな、相手にコカされて怪我をして、ユースにも上がれんかったお前にもう価値はない。こんなところでのうのうとしとるのがええ証拠や」
「てめぇ──────」
「優夜ぁ!!」
俺が掴みかかるよりも早く、涼介が優夜に掴みかかった。
相手に削られた時ですら怒りを表に出さない涼介の憤激した表情を、俺は初めて見た。
「これ以上俺の親友を侮辱することは許さん!!」
涼介の〝親友〟という言葉に、不思議と霞がかっていた頭の中がクリアになっていく。
ハッキリと口にされることで俺は自分の立場を明確に認識することができた。
サッカーができなくとも、過去に積み上げてきたものは崩れない。
しかし、なおも優夜が引き下がることはなかった。
「理解しとるやろ涼介! 俺達はユースで満足してる場合ちゃう! プロだけやなく、海外進出も既に視野に入れている! 終わった選手に構っとるヒマなんかないんや!」
「それを決めるのは俺自身だ! お前じゃない! それに修斗は終わった選手なんかじゃない! 必ず怪我を完治させ、戻ってくると信じている!」
「1年近く球を蹴れてない奴を必要としとる奴なんかおらんわ! 誰も、高坂修斗を求めてなんかおらん!」
涼介の言葉と、優夜の言葉が同時に胸に突き刺さる。
期待と落胆、そのどちらもがナイフとなって俺を襲う。
「貴様……!」
「そんなことないわよ」
予想外の人物が否定した。
涼介と優夜の掴み合いを遮るように言葉を投げかけたのは弥守だった。
肩幅に足を開き腰に両手を当て、凛とした立ち振る舞いで優夜を見据えていた。
思いもよらない乱入者に、思わず俺達も固まる。
「弥守……?」
弥守は俺の方をチラリと見ると、ニッコリと笑った。
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