まる ね の子

卯之はな

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まる ね の子

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ぼくには、読書家な友だちがいた。

でも、一度も口を交わしたことはなかった。

だってあの子は、…


まる ね の 子


一日の日課はだいたい他の生徒と同じだけど、
ぼくの場合は放課後を校舎の二階にある図書室で過ごしている。

みんなは家に帰ってテレビゲームをしたり、
友だちと街へ遊びに行ったりしているから、
図書室には生徒が訪れることは滅多になかった。

校庭を見渡せるいつもの席で、
好きな本を読んで有意義に過ごしていた。
そして、気になる本があれば貸出カードに今日の日付を入れて、
誰もいない受付に挨拶をして本を借りたりしていた。

学校の休み時間や放課後を使ってもなお、
読書の時間は足りない。
ぼくは将来小説家になりたいから、知識をもっともらわないと。

ベッドに横になって、本の世界にのめりこむ。

あとがきの余韻にひたりながら、最後のページをめくり、
貸出カードを取り出して、
返す予定の明日の日付と名前を書こうとしたとき…

まただ。

ぼくの前には、かならず あの子 の名前がある。

あの子というのも、そこは名前ではなく
円 をきれいに丸く描いた中に ね と記してあった。

ぼくは気付いてから、たびたび最終欄に目を通すようになっていた。
日付はばらばらだけど、
ぼくが読むほとんどの本はあの子に読まれていた。

この学校に、読書家で、趣味が同じカテゴリーの子がいる。
それだけで、友だちになりたくてしょうがない。

でも、不思議なことに、
ぼくとその子は会うことはなかった。

たまの休み時間に図書室に顔を出すものの、
空っぽの空間で終わっていた。

それでも、日付を追うとその子は読書をやめていないようで、
いつものように まる ね をつけていた。
どんなに早く新刊が入荷されようと、あの子には勝てなかった。
いつも二番手だ。

すれちがいのような日々を過ごすぼく。

ぼくがあとに借りているから、
あの子は気づきもしないだろうけど、
こんなことを思っているのは自分だけだとわかっていても…
会ってみたくてしょうがなかった。



ある日。

ぼくは家に帰って「しまった!」と叫んだ。

貸し出し期間を一日過ぎてしまっている本が一冊あったからだ。

だれか返すのを待っているわけではないとわかっていても、
返却期限は守らないといけない。

ぼくは土曜の朝、学校へと向かった。



休日ということもあり、
運動部の生徒と数人の職員だけが学校にいた。

校内は雑音もなく、
かすかに運動部の掛け声が響いてくるくらいだった。

図書室の前にきた。

そっとドアにそっと手をかけたとき、

なんとなくいつもと違う感じがした。

それは、無人じゃない そんな気配。

休日の図書室にだれがなんの用だろう。
相手を驚かすわけじゃないけど、
ぼくは音を立てずに扉を開いた。

いつもどおりの、さみしい図書室。

けれど、新刊のコーナーの床に本が開きっぱなしでおかれている。

だれか読みかけでそのまんまにしちゃったんだな
と、片付けようとしたからだが止まった。

その開かれた本の上に、小さな小さなねずみさんがのっていた。

本をかじっている様子はなく、
その姿は真剣に本にのめりこんで読書をしている人間のようだった。

そのとき、とてもファンタジーな思考だけれど、
ある結論であの疑問は解決された。


ぼくと同じ趣味をした読書家なひとは、
人間じゃなくて、ねずみさんだっていうこと


ぼくはねずみさんの邪魔をしないように、
持ってきた本をそっと受付において扉をしめた。



週が明けて、
ぼくはこの間床におかれていた本の貸出カードを確認する。
やはり、土曜の日付、まる ね …

見てはいけないところを見てしまった気もするが、
正直にうれしかった。
仲間がいることに。



かといって、ぼくの読書生活に変わりはなかった。
放課後には図書室へ。
読みきれなかった本は貸し出しカードに名前を記す。

言葉を交わせなくても良い。
今、このときも、どこかで本を読んでいるかもしれない。
それだけでよかった。

はずなんだけど、どこか放っておけなくて…
給食で出された6Pのチーズの一個を座席に忘れてみたり、
家から持ってきたお菓子をさりげなく落としてみたり。

それが翌日になくなってるのを見て、ぼくはうれしくなった。



もうひとりの本の虫に気付いてから1年が経とうとしていた。
実は、ぼくは読書のほかに密かに進めていたことがある。

それは執筆だ。

本を読むに飽き足らず、
自分だったらこういうエンディングにするのに、
というもやもやした感情をぶつけるように書きなぐったものだ。

だから、ちゃんと起承転結になっているかわからない。

けど、たいがい毎日、書くことを続けていた。

それが、ようやく終わりを迎えて、
予想以上に満足のいくエンディングで書き終わることができた。

そのままの勢いで、某出版社のミステリー大賞に応募したら、
なんと奨励賞を受賞したのだ。

素人だったぼくが、小説家になれる資格を得た気がした。
有名な著者の本を読んでいればわかることだが、
実力はまだまだ幼いものだけれど、
きっと努力すれば近づける…そんな気がした。



その作品が載った雑誌が、
図書室の新刊コーナーのはしっこに置かれた。
やけに明るいポップで、「当校の生徒、XXXXの作品!」
と、雑に紹介されていた。
別になんとも思わなかったが…これなら書かれないほうがましだった。



読書に関心がない生徒が多い中、
わざわざ図書室に来て、
ぼくの掲載している雑誌を手にとってくれるとは思えない。

それでも、ぼくはよかった。
本に精通している人たちに認められれば、それで…

それから一週間後ぐらい経ったあと。
改めて自分の作品を見定めてみたいと思い、雑誌を手にとった。

読みすすめるうちにわかる、登場人物の心情のぶれ…

どうにかできたはず。
今後の課題にしようと思い本を閉じようとしたら、
見知ったサインを見つけた。

まる ね

感想を聞ける相手だったら、
良かったところ、改善点…長い間、聞いていたかった。



学校から、ぼくはなんとか賞をもらった。
名前は興味がなかったから覚えていない。
でも、賞状と一緒にもらったものが、
本の形をしたピンバッチで、きらきらと金色に輝き、
すてきなものだった。

ぼくは制服の左胸につけて、なんとなくおとなになっていた。



それから時が過ぎ、なんとなく ではなく おとなになっていた。



ねずみさんとの追いかけっこも楽しかったけれど、ここで終わり。
ぼくは卒業の日を迎える。

ぼくはいつもの空っぽの図書室を一通り見渡して言った。

「ぼくが本を出すときまで、どうか元気で!」

友だちに、別れを告げて最後に
胸に大事につけていたピンバッチを誰もいない受付に、
そっとおいた。


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