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2章
⑧帰宅(2)
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絞るようにして声を出した。思った以上に声が震えていて、その弱弱しさに自分が一番驚いた。
「なぁタカヒロ。お前、ドケチの経済学部生でお金大好きマンだっただろ。一つ質問をする」
「急にどうしたんですか」
「まあいいから。A『確実に二十万円もらえるくじ引き』とB『五十%の確率で百万円もらえるが逆に五十%の確率で五十万円失うくじ引き』タカヒロならどっちを引く?」
「当然Aですよ。期待値はBのほうが高いですけど五十万払うとか論外です。もしBを選んでいたなら私の場合確実にマイナス五十万を引く自信があります。って本当に何なんですか!」
「それだよ!」
「どれですか?」
サキ先生は満足そうにうなずいている。おそらく想定通りの答えだったのだろう。無性に癪に障るのはどうしてだろうか。素直に答えた自分がばかだったのか。
「プロスペクトの理論だよ。人は損失をひどく嫌うんだ。そしてお前は人と付き合うことによる損失をひどく嫌いすぎている。人と付き合うことで得られる利得って言えば語弊があるかもしれないが、そうしたいいこと、幸せとかに目をつぶっている。タカヒロだってまだほんの少ししか一緒にいないが私とマユリと過ごした時間はすべて楽しくなかったなんてことはないだろう。」
何も言えない。確かに心地よいと思う自分がいた。今まで感じたことのないワクワクを感じた。こんな時間が永遠に続けばいいとも思った。でもその代償は……。
「タカヒロ!」
「はい!」
いつになく強い口調だった。思わず背筋が緊張する。
「お前は誰かといるとき慎重で、仮面をかぶって、全く面白くない。リスクを考えるな!もっと本心のまま、思うまま、欲望のまま突っ切れ!」
「そうあるために一人でいる。野獣のように好きな時に一人で寝て、一人で食べて、一人で遊んで、一人で……」
「お前は野獣じゃない。人だ。怖いんだろ?だから一人でいるんだろ?お前が本当に野獣ならそんなこと気にしない。それに迷惑などかけてなんぼだ。いくらでも迷惑かけちまえ。私だって迷惑かけまくってるし、今タカヒロも私に迷惑をかけているんだぞ。愚痴を聞いてもらって、エネルギーかけて話してもらってるんだ。気づいてるだろ。それでいいんだよ」
「サキ先生は仕事でしょう」
もう一言紡ぐのが精いっぱいだ。心が何かであふれかえりそうだ。それをぐっとこらええて何とか自分を保っている。
「あのなぁタカヒロ。仕事でここまですると思うか」
「すると思います。信じられません」
「そこまで人を信じない、何かわけがあるんだろうが今は聞かん。ならお前の立場になって考えろ。タカヒロなら絶対しないだろう。たとえ仕事でも」
そうだ、確かに自分なら、いや自分でなくても普通ならこんな面倒な奴放っておくだろう。
でもサキ先生はそれをしない。なぜなんだ。いったいなぜ。
「気に入ってくれる人、助けてくれる人、お前を好きだといってくれる人、愛してくれる人がいること、いい加減気づけ」
最後の言葉は落ち着いた、穏やかな口調だった。温かさを感じた。
「まあ少しずつでいい。今日は特別に休みだ。この部屋でゆっくりしていくといい。ああそれとガーゴイル討伐ご苦労様。初めてにしては上出来だ。今後も期待してるからな!では。」
ガチャンと戸が閉まるとともに一気に緊張が抜けた。相変わらず言いたいことだけ言ってさっさと出ていくのは変わらないな。本当に。
ああ疲れたよ。もうひと眠り。
重く、苦しい心を忘れるように、あふれかえる心を鎮めるために、私の体は本能のごとく意識が遠のいていった。
「なぁタカヒロ。お前、ドケチの経済学部生でお金大好きマンだっただろ。一つ質問をする」
「急にどうしたんですか」
「まあいいから。A『確実に二十万円もらえるくじ引き』とB『五十%の確率で百万円もらえるが逆に五十%の確率で五十万円失うくじ引き』タカヒロならどっちを引く?」
「当然Aですよ。期待値はBのほうが高いですけど五十万払うとか論外です。もしBを選んでいたなら私の場合確実にマイナス五十万を引く自信があります。って本当に何なんですか!」
「それだよ!」
「どれですか?」
サキ先生は満足そうにうなずいている。おそらく想定通りの答えだったのだろう。無性に癪に障るのはどうしてだろうか。素直に答えた自分がばかだったのか。
「プロスペクトの理論だよ。人は損失をひどく嫌うんだ。そしてお前は人と付き合うことによる損失をひどく嫌いすぎている。人と付き合うことで得られる利得って言えば語弊があるかもしれないが、そうしたいいこと、幸せとかに目をつぶっている。タカヒロだってまだほんの少ししか一緒にいないが私とマユリと過ごした時間はすべて楽しくなかったなんてことはないだろう。」
何も言えない。確かに心地よいと思う自分がいた。今まで感じたことのないワクワクを感じた。こんな時間が永遠に続けばいいとも思った。でもその代償は……。
「タカヒロ!」
「はい!」
いつになく強い口調だった。思わず背筋が緊張する。
「お前は誰かといるとき慎重で、仮面をかぶって、全く面白くない。リスクを考えるな!もっと本心のまま、思うまま、欲望のまま突っ切れ!」
「そうあるために一人でいる。野獣のように好きな時に一人で寝て、一人で食べて、一人で遊んで、一人で……」
「お前は野獣じゃない。人だ。怖いんだろ?だから一人でいるんだろ?お前が本当に野獣ならそんなこと気にしない。それに迷惑などかけてなんぼだ。いくらでも迷惑かけちまえ。私だって迷惑かけまくってるし、今タカヒロも私に迷惑をかけているんだぞ。愚痴を聞いてもらって、エネルギーかけて話してもらってるんだ。気づいてるだろ。それでいいんだよ」
「サキ先生は仕事でしょう」
もう一言紡ぐのが精いっぱいだ。心が何かであふれかえりそうだ。それをぐっとこらええて何とか自分を保っている。
「あのなぁタカヒロ。仕事でここまですると思うか」
「すると思います。信じられません」
「そこまで人を信じない、何かわけがあるんだろうが今は聞かん。ならお前の立場になって考えろ。タカヒロなら絶対しないだろう。たとえ仕事でも」
そうだ、確かに自分なら、いや自分でなくても普通ならこんな面倒な奴放っておくだろう。
でもサキ先生はそれをしない。なぜなんだ。いったいなぜ。
「気に入ってくれる人、助けてくれる人、お前を好きだといってくれる人、愛してくれる人がいること、いい加減気づけ」
最後の言葉は落ち着いた、穏やかな口調だった。温かさを感じた。
「まあ少しずつでいい。今日は特別に休みだ。この部屋でゆっくりしていくといい。ああそれとガーゴイル討伐ご苦労様。初めてにしては上出来だ。今後も期待してるからな!では。」
ガチャンと戸が閉まるとともに一気に緊張が抜けた。相変わらず言いたいことだけ言ってさっさと出ていくのは変わらないな。本当に。
ああ疲れたよ。もうひと眠り。
重く、苦しい心を忘れるように、あふれかえる心を鎮めるために、私の体は本能のごとく意識が遠のいていった。
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