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2章
⑥外食(3)
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約一時間後、目的地に着いた。すぅっとウォーターベッドは店の入り口の前に降下した。
「ディナーズカフェ?ここでええの、マユリ」
「そうそうここ。あっ先生が待ってる」
店の前にはすでにサキ先生が立っていた。
「おっ、タカヒロ、マユリ、ちゃんと来れたな。遅かったから心配し・・・・・・まあ、え、て、何があったかは聞かん。二人の顔を見ればそんな必要はなさそうだしな。さて寒いから早く入るぞ」
「はい!」
「はい!って私の顔そんなに変だった!?」
店は木造で、外観は前評判の通りおしゃれな雰囲気が漂っている。ただ思っていた以上に狭くないかこの店。店に入ると案の定ホテルのロビーのような受付しかなく、
「三名様でご予約のサキ様でよろしいですか」
「はいそうです」
「こちらにサインを」
サキ先生は何も思わないようで、普通に受付で書き物をしている。
「マユリ、この店、どこで食べるの?テイクアウトの店?」
「まあみてて、おもしろいから」
サキ先生が書き物を終えたようで戻ってくると、
「三名様ご案内!」
店員の声が聞こえた瞬間三人の体が宙に浮き受付の横のクローゼットに飛んでいく。
「先生!マユリ!ぶつかるぶつかるぶつかる!」
「え?何言ってんだ、聞こえないぞタカヒロ」
「そんな笑いをこらえながら言われても困りま、ってうわ!」
一瞬視界が真っ暗になった。そしてすぐに暖色系の明かりに包まれた。
あっけにとられながら立ち尽くす。
「ふふふ。種明かしをするとだな、あのクローゼットはシャインで見せてある幻覚だ。いわゆる魔物対策ってやつだ。でそれを突っ切って今あの受付の地下にいるってわけ」
「そうそう、私も最初はびっくりしたんだよ。タカ君もドキッとしたでしょ?」
「したよそりゃもう。マユリも先生も始めに言ってくれればよかったのに」
「お前は普段から冷めすぎているからな。こういうやつがドギマギする様子がいいんだよ」
「そうそう、かわいげがあっていいと思う」
「・・・・・・二人して人が悪い」
店内は暖色系の明かりとギターの心地よい音色で満たされていて、お客の会話でにぎやかだ。おそらく先にこの世界に来た一陣、二陣、三陣の人たちだろう。くつろげそうな雰囲気である。
案内されたのは木製の四角い机にソファと向かい合って椅子が二脚のところだった。サキ先生は迷わずソファ席へ直行し、私とマユリは並んで椅子に座った。
「こういった席に座るのは家族と一緒に外食した以来で久しぶりです。だいたいあっちのカウンター席で一人、黙々と食べてました」
「『ゆっくり休むには慣れたカウンター席で食べるのが最善。私はカウンターで食べるので後は女同士ご歓談ください。』っていうのは無しだからな。タカヒロ。」
「いくらタカ君でもさすがに先生、それは考えすぎ・・・・・・って当たりだったの?」
「いやいやいやそんなこと考えてないですよ」
「考えてましたって顔に書いてるぞ」
「うっ・・・・・、参りました」
昔からポーカーフェイスは苦手だ。ババ抜きなんかでも必ずびりになる。
「ところで、タカ君。どうしていつも一人でいようとするの」
「なんかいきなりずばりと聞いてきたね。まあ一人が好きだから、としか言いようがないかな」
「でもそれって『未だはっきりしない本音を抑えて成り立っているだけかもしれない』だっけ?どういう意味なんだ」
「なんでサキ先生が、ってああトメさん=サキ先生だった。確かに言いましたね。でももう本音なんてわからなくなりました。今残っているのは一人でいたいってことだけですね」
「私にはわかんないな。一人だと楽しくないし、寂しいし。こういうみんなとワイワイするのがいいと思うんだけどな。まあ少し疲れる時もあるけど……」
「人といると気を遣わんといけないからね。社会人になると嫌でも気遣いを強要されるのに、プライベートにまで気遣いが必要とか我慢できない」
「気遣い、ね。タカヒロは良く言えば『優しい』のだろうな。まあちょっとひねくれてはいるがな。でもお前は優しすぎて、人を傷つけるのが怖くて、気を遣いすぎて疲れて、人とのかかわりを忌避しているんだろう。お前のようなひねくれものが人と接したら確実に人を傷つけるからな。どうだあたりか?」
「どうなんでしょうね。マユリにも前に優しいなんて言われたけど、少なくとも自分は『優しい』なんてみじんも思ってないですよ。ただ自分が気楽に生きたいだけの自己中だと自覚してます」
「そんなに自分を悪く言うことないよ。なんか難しい話だったけど、とにかくタカ君、私にはもっと気楽に接してくれていいからね。大歓迎だよ。カモンカモンだよ」
「そうそう、マユリにはどんどん遠慮なしにアタックしてやりな。喜ぶみたいだから」
「その言い方だと私、変な人見たいですよ。そんなんじゃないからね。タカ君」
「はいはい。」
「でも時には攻められるのも悪くないかも。あっでも攻められっぱなしも疲れちゃうし。時に厳しく、時に甘く?」
「マユリもえらい難しいこと言うね。とても気楽じゃいられへんな」
「女心は難しいってことだ。おっ!料理が来た。今日はたくさん食べろ!飲め!」
「飲めって、お酒付きですか?」
「心身の緊張をゆるめて打ち解けあうには必要なアイテムだ。特に酔っ払ったタカヒロをいじりたいというわけではない」
「私も酔っ払ったタカ君見たーい」
「甘いですね。自分はお酒強いですよ。しかも栄養検定二級の健康マニア。お酒は楽しく健康に!」
なんて言っているうちに料理がテーブルに並べられた。牛肉のソテーに有機野菜のサラダ、焼き立てでふわふわのパン、ジャガイモのスープ。どれも食欲をそそるいい香りを立てている。
一人の時はいつも牛肉を買おう!と思ってスーパーに出かけても価格の高さに圧倒されて、隣の豚肉、そしてさらに隣の鶏肉、時には別コーナーにあるお勤め品ばかりをあさっていたほどのケチな生活を送っていたので感動ものだ。
「よっぽど苦しい生活を送ってきたのね。タカ君おいたわしや」
「ドケチの経済学部生をなめてもらっちゃ困る。にしてもサキ先生、こんなに特定の研修生に入れ込んでいいんですか?」
「なあに、他の奴らは修学旅行とかで楽しんでるんだからこれくらいどうってことない!さあ乾杯だ!」
各々のグラスが「チン」と心地よく響く。乾杯なんて入社時の歓迎会以来だ。慣れない食事会でサキ先生とマユリのたわいもない会話をふんふんと聞き流しながら、ふと「今私はなんでこんなところでこんなことをしているのだろうか。」と思う。
はっきり言って無駄なことだ。すぐにでも家に帰って寝て起きて勉強して、一人で生きていく術を身につけなければならないはずだ。こうでもしなければボッチは生き残れない。人を頼ることができないのなら、自分が圧倒的に力をつけなければならない。知力、経済力、精神力、足りないものがたくさんある。
今、サキ先生は『仕事』として生きるすべを教えてくれるが、それもあと一カ月で終わる。何の因果か一緒にいるマユリも、あの人懐っこい性格なら研修終了後も他の誰かとうまくやっていけるだろう。
この出会いもまた、すぐ終わる。
早く何とかしなければならない。
早く今を心地よく感じている自分を消さなければ。
「ディナーズカフェ?ここでええの、マユリ」
「そうそうここ。あっ先生が待ってる」
店の前にはすでにサキ先生が立っていた。
「おっ、タカヒロ、マユリ、ちゃんと来れたな。遅かったから心配し・・・・・・まあ、え、て、何があったかは聞かん。二人の顔を見ればそんな必要はなさそうだしな。さて寒いから早く入るぞ」
「はい!」
「はい!って私の顔そんなに変だった!?」
店は木造で、外観は前評判の通りおしゃれな雰囲気が漂っている。ただ思っていた以上に狭くないかこの店。店に入ると案の定ホテルのロビーのような受付しかなく、
「三名様でご予約のサキ様でよろしいですか」
「はいそうです」
「こちらにサインを」
サキ先生は何も思わないようで、普通に受付で書き物をしている。
「マユリ、この店、どこで食べるの?テイクアウトの店?」
「まあみてて、おもしろいから」
サキ先生が書き物を終えたようで戻ってくると、
「三名様ご案内!」
店員の声が聞こえた瞬間三人の体が宙に浮き受付の横のクローゼットに飛んでいく。
「先生!マユリ!ぶつかるぶつかるぶつかる!」
「え?何言ってんだ、聞こえないぞタカヒロ」
「そんな笑いをこらえながら言われても困りま、ってうわ!」
一瞬視界が真っ暗になった。そしてすぐに暖色系の明かりに包まれた。
あっけにとられながら立ち尽くす。
「ふふふ。種明かしをするとだな、あのクローゼットはシャインで見せてある幻覚だ。いわゆる魔物対策ってやつだ。でそれを突っ切って今あの受付の地下にいるってわけ」
「そうそう、私も最初はびっくりしたんだよ。タカ君もドキッとしたでしょ?」
「したよそりゃもう。マユリも先生も始めに言ってくれればよかったのに」
「お前は普段から冷めすぎているからな。こういうやつがドギマギする様子がいいんだよ」
「そうそう、かわいげがあっていいと思う」
「・・・・・・二人して人が悪い」
店内は暖色系の明かりとギターの心地よい音色で満たされていて、お客の会話でにぎやかだ。おそらく先にこの世界に来た一陣、二陣、三陣の人たちだろう。くつろげそうな雰囲気である。
案内されたのは木製の四角い机にソファと向かい合って椅子が二脚のところだった。サキ先生は迷わずソファ席へ直行し、私とマユリは並んで椅子に座った。
「こういった席に座るのは家族と一緒に外食した以来で久しぶりです。だいたいあっちのカウンター席で一人、黙々と食べてました」
「『ゆっくり休むには慣れたカウンター席で食べるのが最善。私はカウンターで食べるので後は女同士ご歓談ください。』っていうのは無しだからな。タカヒロ。」
「いくらタカ君でもさすがに先生、それは考えすぎ・・・・・・って当たりだったの?」
「いやいやいやそんなこと考えてないですよ」
「考えてましたって顔に書いてるぞ」
「うっ・・・・・、参りました」
昔からポーカーフェイスは苦手だ。ババ抜きなんかでも必ずびりになる。
「ところで、タカ君。どうしていつも一人でいようとするの」
「なんかいきなりずばりと聞いてきたね。まあ一人が好きだから、としか言いようがないかな」
「でもそれって『未だはっきりしない本音を抑えて成り立っているだけかもしれない』だっけ?どういう意味なんだ」
「なんでサキ先生が、ってああトメさん=サキ先生だった。確かに言いましたね。でももう本音なんてわからなくなりました。今残っているのは一人でいたいってことだけですね」
「私にはわかんないな。一人だと楽しくないし、寂しいし。こういうみんなとワイワイするのがいいと思うんだけどな。まあ少し疲れる時もあるけど……」
「人といると気を遣わんといけないからね。社会人になると嫌でも気遣いを強要されるのに、プライベートにまで気遣いが必要とか我慢できない」
「気遣い、ね。タカヒロは良く言えば『優しい』のだろうな。まあちょっとひねくれてはいるがな。でもお前は優しすぎて、人を傷つけるのが怖くて、気を遣いすぎて疲れて、人とのかかわりを忌避しているんだろう。お前のようなひねくれものが人と接したら確実に人を傷つけるからな。どうだあたりか?」
「どうなんでしょうね。マユリにも前に優しいなんて言われたけど、少なくとも自分は『優しい』なんてみじんも思ってないですよ。ただ自分が気楽に生きたいだけの自己中だと自覚してます」
「そんなに自分を悪く言うことないよ。なんか難しい話だったけど、とにかくタカ君、私にはもっと気楽に接してくれていいからね。大歓迎だよ。カモンカモンだよ」
「そうそう、マユリにはどんどん遠慮なしにアタックしてやりな。喜ぶみたいだから」
「その言い方だと私、変な人見たいですよ。そんなんじゃないからね。タカ君」
「はいはい。」
「でも時には攻められるのも悪くないかも。あっでも攻められっぱなしも疲れちゃうし。時に厳しく、時に甘く?」
「マユリもえらい難しいこと言うね。とても気楽じゃいられへんな」
「女心は難しいってことだ。おっ!料理が来た。今日はたくさん食べろ!飲め!」
「飲めって、お酒付きですか?」
「心身の緊張をゆるめて打ち解けあうには必要なアイテムだ。特に酔っ払ったタカヒロをいじりたいというわけではない」
「私も酔っ払ったタカ君見たーい」
「甘いですね。自分はお酒強いですよ。しかも栄養検定二級の健康マニア。お酒は楽しく健康に!」
なんて言っているうちに料理がテーブルに並べられた。牛肉のソテーに有機野菜のサラダ、焼き立てでふわふわのパン、ジャガイモのスープ。どれも食欲をそそるいい香りを立てている。
一人の時はいつも牛肉を買おう!と思ってスーパーに出かけても価格の高さに圧倒されて、隣の豚肉、そしてさらに隣の鶏肉、時には別コーナーにあるお勤め品ばかりをあさっていたほどのケチな生活を送っていたので感動ものだ。
「よっぽど苦しい生活を送ってきたのね。タカ君おいたわしや」
「ドケチの経済学部生をなめてもらっちゃ困る。にしてもサキ先生、こんなに特定の研修生に入れ込んでいいんですか?」
「なあに、他の奴らは修学旅行とかで楽しんでるんだからこれくらいどうってことない!さあ乾杯だ!」
各々のグラスが「チン」と心地よく響く。乾杯なんて入社時の歓迎会以来だ。慣れない食事会でサキ先生とマユリのたわいもない会話をふんふんと聞き流しながら、ふと「今私はなんでこんなところでこんなことをしているのだろうか。」と思う。
はっきり言って無駄なことだ。すぐにでも家に帰って寝て起きて勉強して、一人で生きていく術を身につけなければならないはずだ。こうでもしなければボッチは生き残れない。人を頼ることができないのなら、自分が圧倒的に力をつけなければならない。知力、経済力、精神力、足りないものがたくさんある。
今、サキ先生は『仕事』として生きるすべを教えてくれるが、それもあと一カ月で終わる。何の因果か一緒にいるマユリも、あの人懐っこい性格なら研修終了後も他の誰かとうまくやっていけるだろう。
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