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2章
⑤鬼ごっこ(1)
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「灯台下暗し。まさかスタート地点に戻ってるとはマユリさんも思わんやろう。しばらくはここでのんびりするとしますか」
私は遠くに行ったふりをしてまた地下六階の例の部屋へ戻ってきた。この広大なフィールドの中で動き回るのは得策ではない。無駄に体力を消費するだけだ。それにもし見つかっても、この部屋の脱出口は三つほどあるため安心だ。二か月もこの部屋にこもらなければわからない、すなわちマユリさんには絶対にわからないはずだ。
因みに一つ目の脱出口は地下五階に通じている。壁に隠れている隠しハンドルを回せば梯子が下りてくる。
二つ目は地下七階に通じている。床の石タイルをずらせば、人一人が通れるくらいのスロープが続いている。その先は広い部屋があるが行き止まりになっているので、もし追ってこられると袋の鼠だ。
三つ目は隣の部屋に通じている。普通に扉がついているのでバレバレなのだが、「シャイン」を用いて光の屈折をいじり、人の目にはただの壁に見えるようにしている。この「シャイン」を自分の身にもかけられたら確実にこの鬼ごっこは勝てたのだが、何度やってもできなかった。不思議だ。
そもそもこの鬼ごっこは鬼が圧倒的に不利だ。鬼は広大なフィールドの中をしらみつぶしにして、たった一人を見つけなければならない。それに見つけても、一度見失えばまた最初から、である。有利すぎる。だが朝、すんなり見つかった。一抹の不安がよぎったその瞬間、扉の向こうでパタパタと足音がした。
誰もいない研修棟、ましてや地下六階に来るもの好きなどいない。
それつまり・・・・・・。
「タカ君見つけた!!」
「なんですぐ見つかるんやーーー。仕方ない!」
「うわっ!?」
今まで部屋を照らしていた『シャイン』を解いた。暗闇に戻った瞬間、一目散に隣部屋の隠し扉へ転がり込んだ。きっと今頃、マユリさんは部屋をシャインで照らしているだろう。そしてそこには誰もいない。瞬間移動でもしたかのような光景にさぞ驚いているだろう。
「あれ?この扉、前まであったっけ?」
しまった。
「ウィンド」
しばらく運動エネルギーを扉の反対側からかけて、隣部屋から飛び出した。部屋の明かりだけを消したつもりが、扉を隠していたシャインまで解いてしまった。ここぞという時にヘマをするのは、ずっと前からのコンプレックスだ。いやなことを思い出す。
今度は居住棟の自分の部屋に逃げ込んだ。そうだ、最初からここへ来ればよかった。女子は男子の居住棟なんてまず来ない。逆はあったのだろう。
よくベッドで寝ていると扉の外から「ここって珍しく男子も女子居住棟にいけるんだって。」「一緒に行こうぜ。」「この部屋のやつも誘う?」「いや、あいつノリ悪いし、ぼっちだし。」「引きこもりがお似合いだな。」なんて会話がよく聞こえていた。彼らはこの後さぞお楽しみされたのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。マユリさんは何百人もの男子の部屋を一つずつ確かめなければならない。つまり時間をつぶせるってことだ。つぶせるだろう。必ず。きっと。おそらく。たぶん。
・・・・・・
十分くらいたっただろうか。こんなに長い十分は久しぶりだ。気が気でない。
そしてまたパタパタと足音が近づいてきた。なんでこんなにすぐ来る?いやまだ大丈夫。この無数の部屋の中から自分の部屋を探しあてるまであと少しかかるはずだ。
「一一〇号室の前につきました。ここでいいですか?」
「!?」
おいおいなんで真っ先に自分のところに来る。もうちょっと迷うだろう。
勢いよく扉が開いた。鍵などもろともせずにマユリが突入してくる。
「タカ君!見つけたよ!!お覚悟!」
「そうは問屋が卸さない。急なフラッシュにご注意くださーい。シャイン!!」
さながら閃光弾だ。
「うわ、まぶし」
「お先に失礼します」
全力で走った。ここに来る前に遭遇した中世風の鎧を着た「何か」に追われた時と同じ感覚だ。追うものは未知の生き物ではなくかわいい女の子であるが、ボッチの私にはどっちも変わらない。
他人とは怖い存在だ。決してすべてを理解することできない。人は数学の関数のように、ある数字やデータを入れればいつも決まった答えを返してくれるものではない。プレゼントをあげても全員が喜ぶわけではない。親切にしてもそれを全員が快く思ってくれるとは限らない。人に賞賛を送っているシーンなど、その後ろに隠れる妬み、媚、あるいは恐怖などが見えてくる。
しかもそれは自分の想像でしかないから余計にたちが悪い。自分の想像以下かもしれないし、想像を超えているかもしれない。結論をもう一度言う。他人は怖い。そしてその怖い存在が逃げても逃げても追いかけてくるのだから余計に怖い。
そのあとは地獄だった。どこへ隠れてもすぐに見つけられる。
「タカ君ミッケ!」「タカ君発見!」「タカ君お覚悟!」なんど聞いたか。もう幻聴が聞こえるレベルで頭にこびりついてしまった。
私は遠くに行ったふりをしてまた地下六階の例の部屋へ戻ってきた。この広大なフィールドの中で動き回るのは得策ではない。無駄に体力を消費するだけだ。それにもし見つかっても、この部屋の脱出口は三つほどあるため安心だ。二か月もこの部屋にこもらなければわからない、すなわちマユリさんには絶対にわからないはずだ。
因みに一つ目の脱出口は地下五階に通じている。壁に隠れている隠しハンドルを回せば梯子が下りてくる。
二つ目は地下七階に通じている。床の石タイルをずらせば、人一人が通れるくらいのスロープが続いている。その先は広い部屋があるが行き止まりになっているので、もし追ってこられると袋の鼠だ。
三つ目は隣の部屋に通じている。普通に扉がついているのでバレバレなのだが、「シャイン」を用いて光の屈折をいじり、人の目にはただの壁に見えるようにしている。この「シャイン」を自分の身にもかけられたら確実にこの鬼ごっこは勝てたのだが、何度やってもできなかった。不思議だ。
そもそもこの鬼ごっこは鬼が圧倒的に不利だ。鬼は広大なフィールドの中をしらみつぶしにして、たった一人を見つけなければならない。それに見つけても、一度見失えばまた最初から、である。有利すぎる。だが朝、すんなり見つかった。一抹の不安がよぎったその瞬間、扉の向こうでパタパタと足音がした。
誰もいない研修棟、ましてや地下六階に来るもの好きなどいない。
それつまり・・・・・・。
「タカ君見つけた!!」
「なんですぐ見つかるんやーーー。仕方ない!」
「うわっ!?」
今まで部屋を照らしていた『シャイン』を解いた。暗闇に戻った瞬間、一目散に隣部屋の隠し扉へ転がり込んだ。きっと今頃、マユリさんは部屋をシャインで照らしているだろう。そしてそこには誰もいない。瞬間移動でもしたかのような光景にさぞ驚いているだろう。
「あれ?この扉、前まであったっけ?」
しまった。
「ウィンド」
しばらく運動エネルギーを扉の反対側からかけて、隣部屋から飛び出した。部屋の明かりだけを消したつもりが、扉を隠していたシャインまで解いてしまった。ここぞという時にヘマをするのは、ずっと前からのコンプレックスだ。いやなことを思い出す。
今度は居住棟の自分の部屋に逃げ込んだ。そうだ、最初からここへ来ればよかった。女子は男子の居住棟なんてまず来ない。逆はあったのだろう。
よくベッドで寝ていると扉の外から「ここって珍しく男子も女子居住棟にいけるんだって。」「一緒に行こうぜ。」「この部屋のやつも誘う?」「いや、あいつノリ悪いし、ぼっちだし。」「引きこもりがお似合いだな。」なんて会話がよく聞こえていた。彼らはこの後さぞお楽しみされたのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。マユリさんは何百人もの男子の部屋を一つずつ確かめなければならない。つまり時間をつぶせるってことだ。つぶせるだろう。必ず。きっと。おそらく。たぶん。
・・・・・・
十分くらいたっただろうか。こんなに長い十分は久しぶりだ。気が気でない。
そしてまたパタパタと足音が近づいてきた。なんでこんなにすぐ来る?いやまだ大丈夫。この無数の部屋の中から自分の部屋を探しあてるまであと少しかかるはずだ。
「一一〇号室の前につきました。ここでいいですか?」
「!?」
おいおいなんで真っ先に自分のところに来る。もうちょっと迷うだろう。
勢いよく扉が開いた。鍵などもろともせずにマユリが突入してくる。
「タカ君!見つけたよ!!お覚悟!」
「そうは問屋が卸さない。急なフラッシュにご注意くださーい。シャイン!!」
さながら閃光弾だ。
「うわ、まぶし」
「お先に失礼します」
全力で走った。ここに来る前に遭遇した中世風の鎧を着た「何か」に追われた時と同じ感覚だ。追うものは未知の生き物ではなくかわいい女の子であるが、ボッチの私にはどっちも変わらない。
他人とは怖い存在だ。決してすべてを理解することできない。人は数学の関数のように、ある数字やデータを入れればいつも決まった答えを返してくれるものではない。プレゼントをあげても全員が喜ぶわけではない。親切にしてもそれを全員が快く思ってくれるとは限らない。人に賞賛を送っているシーンなど、その後ろに隠れる妬み、媚、あるいは恐怖などが見えてくる。
しかもそれは自分の想像でしかないから余計にたちが悪い。自分の想像以下かもしれないし、想像を超えているかもしれない。結論をもう一度言う。他人は怖い。そしてその怖い存在が逃げても逃げても追いかけてくるのだから余計に怖い。
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