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2章
③講義(5)
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自分に言い聞かせるように、独り言のように、呟いて、私は研修棟に空を飛んで(正確には滑空して)戻っていった。ただその独り言も震えていた。振り向かずに、まっすぐ。もし振り向けば、私は冷たい何かに殺されるだろう。慣れたはずやったのに。
それにしてもマユリはどんな目で見ているだろうか。たしか「みんなを喜ばせるのが好き」やったっけ。それなら尚更、ボッチの私にかまうのは効率が悪い。早く私を切り捨てて、みんなと同化してくれることを願うばかりだ。私以外のみんなを喜ばせってやってくれ。
それに今思い返せば、そもそもあの班の人数は奇数だった。はじめから私のようなものをはじき出すつもりだったのだろう。おそらくほかの班でも同様なことが起こっているはずだ。いや、この班だけ特異なのか。いずれにせよここで私はM-1の班員であって班員ではなくなった。
エイジの魔法をもろに受けた当初の痛みはいつの間にか消えて、代わりに出てきた疲労が襲ってきた。そのせいか好きにさせてもらうとは言ったものの、これからどうすべきかさっぱり思い浮かばなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
わからないまま、気が付けば食堂で一人そばをすすっていた。そばは炭水化物の中でGI値も低くて、低脂肪、おまけにルチンという成分が血管をきれいにしてくれる。何より安くて、早くておいしい。食べているだけで幸せになれる。しかもいつも以上においしさが体にしみわたっていく。
「お兄ちゃん。よくそば食べてるね?」
神出鬼没、あの白の割烹着おばちゃんだ。
「はい、毎日そばでも飽きません」
「そりゃ楽でいいね。湯がいて汁かけるだけだからねぇ。それにしてもなんか疲れてそうだけど大丈夫かい?」
「はい。ちょっといろいろありまして。そうだ、どこか一人で魔法の練習ができるところを知りませんか?誰もいない広い部屋でもいいんですが」
「広い部屋かい?わかったよ。たしかあそこが使えるかもしれんなぁ。よっしゃ一度見てくるからちょっくらついておいて!」
「はいっ!ありがとうございます」
そういうと白の割烹着おばちゃんは手で付いてきなと振りながら歩きだした。ダメもとで聞いていたがあまりにもあっさりOKをもらえて驚きだ。この期は逃してはいけない。新たな居場所がかかっているのだ。
私は後に続いていったのだがお年寄りにしては足が速い。二十三の若者が少し早歩きしないとついていけそうにない。
「おばさん、足、お速いんですね」
「はっはっはっ!まだまだ若いもんには負けてられんからね。それにおばさんじゃなくて、あたしゃトメだよ、トメ!」
「トメさん、仕事でもないのにいろいろ親切にしていただきありがとうございます」
「お前さんこそ、色々抱えてるんだろう?これぐらいお安い御用さ」
「その『色々』が何かは聞かないんですね」
「なぁに、あたしにゃ関係ないことだからね」
優しさを感じた。その優しさは学生時代の体育でペアになってくれた先生の優しさとは違う、そして一人でいるときに「一緒にやろう」と声をかけてきた学級委員のやさしさとも違うあったかいものだった。何が違うかは明確にはわからなかった。
「お兄ちゃん。何うるんでるんだい?みっともないよ?」
「いえ、いつかなにか恩返ししなければいけないなぁと思いまして」
「そんなもんいらんよ。やりたくてやっとるだけだし。気持ちだけで十分」
「私、白の軍に疎まれています。きっと迷惑かけますよ」
「男がうじうじ言わない!ほれっ!着いたよ。ここだ」
中央ホールの地下何階か(ついていくのに必死で何階か忘れた)部屋の重そうな鉄の扉に大きな南京錠がかかっていた。白の割烹着おばちゃんことトメさんはボールペンやら修正液などごちゃごちゃ入ったポケットから鍵の束を取り出し、一つずつ合うカギを探していった。
「年取ると、どのカギがどの部屋のか忘れちゃうのよねぇ。ええとこれも違う。ああこれかな。」
ガチャリという鈍い音がして錠が開き、黒板をひっかいたような不快にさせる音とともに扉が開いた。これでゾンビが出てくれば見事なバイオハザードだ。
中は暗く、じめじめしていて埃っぽい。
「シャインを唱えな!」
「わかりました。シャイン!!」
「そして上でくるっと大きな円を描きな!」
言われるままに杖を振ってみた。杖から飛び出た黄色の球は薄く広がり、その部屋の天井から室内全体を明るく照らした。
そこはただ広いだけの石造りの部屋で、あるものと言えば隅の方に山積みになっている廃材ぐらいだ。
「どうだい。ここなら思う存分練習できるだろう。もともと倉庫だったけど誰も使ってないから好きにしな。それに地下六階だし騒音対策ばっちりだよ。あと、その杖はあまり大きな威力は出せないけど、スピードはでる。うまくやりな!」
「本当にありがとうございます。どうしてこんなに親切にしてくれるのですか?」
「おばごころ、とでも思っときな!それに鍵もお兄ちゃんに預けとく。ここに入れるのは予備キーをもったあたしとお兄ちゃんだけだよ。時々見に来てやるし、安心して練習しな。」
「おばごころ、感謝いたします!」
思わず敬礼した。それ以上聞くのは野暮だ。二人で笑って、トメさんはまた食堂へ戻っていった。
「ここまでしてくれちゃ、僕もやるしかないな。見てやがれ」
こうして私の一人の実技演習が始まった。感謝と悔しさと負けん気と、そしてのし上がってやるという気概とが入り混じったスタートだった。
それにしてもマユリはどんな目で見ているだろうか。たしか「みんなを喜ばせるのが好き」やったっけ。それなら尚更、ボッチの私にかまうのは効率が悪い。早く私を切り捨てて、みんなと同化してくれることを願うばかりだ。私以外のみんなを喜ばせってやってくれ。
それに今思い返せば、そもそもあの班の人数は奇数だった。はじめから私のようなものをはじき出すつもりだったのだろう。おそらくほかの班でも同様なことが起こっているはずだ。いや、この班だけ特異なのか。いずれにせよここで私はM-1の班員であって班員ではなくなった。
エイジの魔法をもろに受けた当初の痛みはいつの間にか消えて、代わりに出てきた疲労が襲ってきた。そのせいか好きにさせてもらうとは言ったものの、これからどうすべきかさっぱり思い浮かばなかった。
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わからないまま、気が付けば食堂で一人そばをすすっていた。そばは炭水化物の中でGI値も低くて、低脂肪、おまけにルチンという成分が血管をきれいにしてくれる。何より安くて、早くておいしい。食べているだけで幸せになれる。しかもいつも以上においしさが体にしみわたっていく。
「お兄ちゃん。よくそば食べてるね?」
神出鬼没、あの白の割烹着おばちゃんだ。
「はい、毎日そばでも飽きません」
「そりゃ楽でいいね。湯がいて汁かけるだけだからねぇ。それにしてもなんか疲れてそうだけど大丈夫かい?」
「はい。ちょっといろいろありまして。そうだ、どこか一人で魔法の練習ができるところを知りませんか?誰もいない広い部屋でもいいんですが」
「広い部屋かい?わかったよ。たしかあそこが使えるかもしれんなぁ。よっしゃ一度見てくるからちょっくらついておいて!」
「はいっ!ありがとうございます」
そういうと白の割烹着おばちゃんは手で付いてきなと振りながら歩きだした。ダメもとで聞いていたがあまりにもあっさりOKをもらえて驚きだ。この期は逃してはいけない。新たな居場所がかかっているのだ。
私は後に続いていったのだがお年寄りにしては足が速い。二十三の若者が少し早歩きしないとついていけそうにない。
「おばさん、足、お速いんですね」
「はっはっはっ!まだまだ若いもんには負けてられんからね。それにおばさんじゃなくて、あたしゃトメだよ、トメ!」
「トメさん、仕事でもないのにいろいろ親切にしていただきありがとうございます」
「お前さんこそ、色々抱えてるんだろう?これぐらいお安い御用さ」
「その『色々』が何かは聞かないんですね」
「なぁに、あたしにゃ関係ないことだからね」
優しさを感じた。その優しさは学生時代の体育でペアになってくれた先生の優しさとは違う、そして一人でいるときに「一緒にやろう」と声をかけてきた学級委員のやさしさとも違うあったかいものだった。何が違うかは明確にはわからなかった。
「お兄ちゃん。何うるんでるんだい?みっともないよ?」
「いえ、いつかなにか恩返ししなければいけないなぁと思いまして」
「そんなもんいらんよ。やりたくてやっとるだけだし。気持ちだけで十分」
「私、白の軍に疎まれています。きっと迷惑かけますよ」
「男がうじうじ言わない!ほれっ!着いたよ。ここだ」
中央ホールの地下何階か(ついていくのに必死で何階か忘れた)部屋の重そうな鉄の扉に大きな南京錠がかかっていた。白の割烹着おばちゃんことトメさんはボールペンやら修正液などごちゃごちゃ入ったポケットから鍵の束を取り出し、一つずつ合うカギを探していった。
「年取ると、どのカギがどの部屋のか忘れちゃうのよねぇ。ええとこれも違う。ああこれかな。」
ガチャリという鈍い音がして錠が開き、黒板をひっかいたような不快にさせる音とともに扉が開いた。これでゾンビが出てくれば見事なバイオハザードだ。
中は暗く、じめじめしていて埃っぽい。
「シャインを唱えな!」
「わかりました。シャイン!!」
「そして上でくるっと大きな円を描きな!」
言われるままに杖を振ってみた。杖から飛び出た黄色の球は薄く広がり、その部屋の天井から室内全体を明るく照らした。
そこはただ広いだけの石造りの部屋で、あるものと言えば隅の方に山積みになっている廃材ぐらいだ。
「どうだい。ここなら思う存分練習できるだろう。もともと倉庫だったけど誰も使ってないから好きにしな。それに地下六階だし騒音対策ばっちりだよ。あと、その杖はあまり大きな威力は出せないけど、スピードはでる。うまくやりな!」
「本当にありがとうございます。どうしてこんなに親切にしてくれるのですか?」
「おばごころ、とでも思っときな!それに鍵もお兄ちゃんに預けとく。ここに入れるのは予備キーをもったあたしとお兄ちゃんだけだよ。時々見に来てやるし、安心して練習しな。」
「おばごころ、感謝いたします!」
思わず敬礼した。それ以上聞くのは野暮だ。二人で笑って、トメさんはまた食堂へ戻っていった。
「ここまでしてくれちゃ、僕もやるしかないな。見てやがれ」
こうして私の一人の実技演習が始まった。感謝と悔しさと負けん気と、そしてのし上がってやるという気概とが入り混じったスタートだった。
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