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2話~隣の席~
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2話~隣の席~
あらたな隣人、雪本さんがこれまでの僕のパーソナルスペースを狭め、僕の高校生活は幕を開けた。幸い雪本さんはあまり会話するようなタイプではなく、だれかとわいわい騒ぐというよりかは一人でいる子だ。特に害はないだろう。
ちなみに雪本さんが隣に来てから言葉を発したのは、
「席替えまでよろしくね」
「ああ・・・・・・よろしくお願いします」
以上、である。問題なしである。
そうこうしているうちに午前中の授業が終わり、お昼休憩に入った。僕はいつもお手製弁当の持参である。メインディッシュはいつも魚の缶詰だ。安くて日持ちして、なおかつDHAたっぷり栄養満点の健康食だ。そこにスーパーで特売されている緑黄色野菜を適当に見繕ってレンジで蒸したもの、ふるさと納税の返礼品でもらった格安米で炊いたご飯。毎日これである。魚の缶詰100円、野菜40円、米15円くらいで昼食代155円、うまい、安い、早い、吉野家ならぬ前田家だ。それに栄養満点という4拍子そろったランチだ。隙はない。
僕以外の教室内クラスメイト全員が誰かと机をくっつけて一緒にご飯を食べるか、友達と食堂に行くかしている中、今日も今日とて一人、静かなるランチタイムを送る。孤独のグルメと言う言葉があるが、それはもう我が人生最高の言葉だ。途中、花崎さんとやらがこちらに向かってくるそぶりを見せたが、社交的面々が食堂へ連行していってくれた。
いつものように自席で食べようと思っていると、雪本さんも隣で弁当を広げだした。うーむ、これは悪目立ちするパターンだ。会話がないとはいえ、これでは二人で食べているみたいで気まずい。
仕方ない。どこか場所を変えるか。教室を出るとき、また悪口兼優越感に浸りたいひそひそ声が聞こえたが、聞こえないふりをした。
一人でご飯、となると便所飯を思い浮かべる人がいる。一時期ニュースにでも話題になったが、僕からしたらそれは邪道だ。あんな不衛生な場所でご飯を食べるなど、実にもったいない。便所飯の理由も「一人で食べているのを見られたくないから」とは、当時驚いたものだ。もっとぼっちに自信を持つべきだ。(これを昔妹に言ったら首をかしげられた。)
自席を追い出された僕には、幸いとっておきの場所がある。冬は暖かく、夏は涼しい職員室待遇の場所、図書室の管理人部屋である。ここは先生限定の部屋なのだが、僕の担任の先生が「お仕事頼まれてくれないかな?」と言われ、本来先生の業務の一部を引き受ける代わりに、その見返りとして勝ち取った部屋だ。先生は授業準備とやらで、あまりこの部屋にはこない。生徒は当然僕を除いて立ち入り禁止だ。頼まれたお仕事とやらも、放課後に返却された本を整理するという、視界に収めたものは手を触れずとも物理的に操ることができる能力を持ってすれば超がつくほど楽なもの。この部屋はぼっちの僕にとってまさに天国だった。今日からこの部屋は僕の休憩室に加え、ランチ室だ。
「あら、昼休憩もここにいたの?」
安心しきっていたところに急な扉オープン。驚愕のあまり変に力を行使してしまい、積んであった本が雪崩を起こす。
「あっ、先生でしたか」
「そんなに驚いて、いったい誰だと思ったのよ~」
先生はクスクス笑いながら僕の(?)休憩室兼ランチ室に入ってくる。
「すみません。崩れた本は後で僕が直しておきますんで。それにしてもこの部屋に来られるなんて珍しいですね。なにかお仕事ですか?」
「ちょっとね~、ほんとは先生がやらなくちゃいけない仕事を“一”生徒に丸投げしちゃってたのがあんまりよくないかな~と思って、というより、職員会議でダメ出しされちゃって」
いまさらかい!とは思ったが、この“一”生徒と強調したあたり、この先に続くワードから僕にとってあまりよろしくないことがおこりそうで、体が瞬時に拒絶反応を示す。
「いえいえいえいえいえ!とんでもないです!全然いいですよ!負担ゼロ!一人で余裕!手伝いなどもってのほか!です!」
「あら、もう察しがついているみたいね。委員会としてこの仕事を公式にお任せします。そして委員会は二人じゃないとダメ。ってことでもう委員を頼んじゃいました」
漫画で言うところの「てへっ」というようなノリで話が進んでいく。
「前田君がちょうどここにいてよかったわ~。雪本さーん、おいでー」
本日二人目の僕の(?)休憩室兼ランチ室侵入者だ。
「先生から話は聞いてます。よろしくです」
「ああ・・・・・・、はい、こちらこそよろしくです」
全然よろしくどころではない。とことん僕のぼっち生活に邪魔が入る。
「よしっ!それでは、あなたたち二人を正式に図書委員に任命します」
「そんな勝手な・・・・・・」
僕の言葉は無視し、どんどん先生は話を進める。
「毎日お昼の時間は、必ず二人で、必ずここで、図書室の管理の仕事と、放課後の本の整理の仕事をお願いします。まぁ、管理って言っても、とくにすることはないかな。ここにいるだけでいいからね。それにちょうど席が隣同士だし、打ち合わせも楽だし、よかったよかった」
「一人で交代しながらやるのは・・・・・・」
「ふ・た・りで!」
優しそうな笑顔を向けながら、すごい剣幕である。
「・・・・・・打ち合わせするほどの作業ですかね?」
「いろいろあるでしょう?うーんと、ええっと、なんかこう、高校生っぽい、いい感じの」
「「なんですか。それはっ!」」
僕と雪本さんが全く同じつっこみをいれる。そこでなぜニヤける、先生!
「ほら、息ぴったり。これで安心して仕事任せられそうね~。じゃ、お仕事頑張ってね~」
先生は鼻歌を歌いながらご機嫌で部屋を出て行った。
「・・・・・・その、えっと・・・・・・それで、どんな感じにしますか?」
「お昼はここに集まっておのおの適当に過ごして、おのおの本の整理をして、おのおの帰る感じでいきましょう。あまり気負いせずにやった方が僕も楽ですから」
「おのおの・・・・・・うん、わかりました」
そこからシーンとした間が生まれる。いろいろ諦めた僕はお手製弁当を広げて黙々と食べる――今日は鰯の味噌煮缶詰だ。タレが若干ご飯に染みていて、これがまたたまらない。この小松菜も安物とはいえ、いい味だ。ご飯はちょっと水が多すぎたかな?――至福のひとときである。安い食材もこうして一人深く味わえば高級懐石料理に並ぶと僕は思っている。
「・・・・・・ごめんなさい。私なんかが来て、お邪魔みたいで」
雪本さんがぽつりと言葉をこぼした。悦に浸っていた僕は雪本さんをふと見ると、弁当を広げてうつむいている。しょぼーんとした子犬のように見えた。ちがう、雪本さんは何も悪くない。「あなたに干渉しないし害を与えないから、あなたも干渉してこないでスタンス」の僕にとってあるまじき失態だ。もちろん害があれば100倍返しだがな。
「いやいや、僕の方が申し訳ないです。僕なんかよりもっと面白い子とか友達との方が楽しく昼休みを過ごせたのに。というより先生が悪い」
「そんなことないです。ええっと、前田君?でよかったですか」
「それでいいです」
「前田君も私なんかよりももっと面白い子、ほら今日来た花崎さんとかの方が楽しく・・・・・・」
なぜそこで花崎さんの名前が出るのか。たしかに彼女は、ぼっちとはまず無縁そうな人間だろう。周囲の反応を見れば一目瞭然だ。しかし、相手が誰であろうと、どんな性質を持っていようと、人との付き合いで楽しみなど見出すことなどない。
社交辞令的会話で乗り切るのが正解なのだ。
・・・・・・その後は「僕なんか」「私なんか」「いやいやいや」「そんなことないです」という応酬が続いた。埒が明かず、仕舞いには二人で笑い合っていた。
「僕も雪本さんも、お互い自分を卑下しすぎですね」
「ほんとに」
「まぁのんびりやりましょう。来たいときに来て、来たくないときは適当に理由つけて休んでもいいですし」
「ううん、どうせわたしもお昼いつも一人だったから、ちょうど居場所ができた感じでよかったし、前田君さえ良ければ、毎日来ていいですか?」
ぼっち飯は僕ぐらいかと思っていたが、雪本さんもそうだったのか。気付かないものだ。いや他人など全く気にしてこなかったから当然か。僕からしたら居場所など、「できるもの」ではなく、自分「一人で作るもの」だとは思うが、世間一般では異なるのだろう。
「いいですよ。たぶん先生がうるさそうですから、僕もこれからずっとこの部屋でお昼になりますし、むしろ雪本さんの方が」
「いえいえ、むしろ前田君の方が」
「・・・・・・この下りはもうやめましょうか」
「ふふっ、そうですね」
そしてそのとき昼休み終了チャイムがなった。半分以上食べることができず残る弁当。次の時間は体育。雪本さんに至っては一口すら弁当に手をつけられずにいる状態だった。愕然とする僕に対して、雪本さんはなぜか楽しそうにしていた。
「雪本さん、いそぎましょう。僕は鍵締めとかいろいろやってからいきますんで」
「え、何かあるなら私も手伝いますよ?」
「大丈夫大丈夫、先行ってください。今日はだれも図書室に来なかったから放課後の整理はいらないし、手伝いは次からでいいですよ」
「えええ!?ちょっとおさないでおさないで。わかりましたから。明日からは絶対にお手伝いしますからね!」
雪本さんは僕に言われるがまま、教室をでていった。明日は土曜日で学校休みだけどね、というツッコミは、今にも喉の奥からでかかったが飲み込んだ。変な干渉はしない。他人行儀な会話、社交辞令的会話、それで十分である。いや、それはもはや会話ではなく、ただの業務連絡だ。だがそれでも、こんなに人と話すなどずいぶん久しぶりのことだった。心労がどっと出た。たいした話はしていないにもかかわらず、こんなに疲れるのは筋金入りのぼっち所以だ。
そして、思った。雪本さんもいずれいなくなる。最初の方くらいだ。段々来る回数が減り、また一人に戻る。きっと無理矢理押しつけられた仕事だ。正直こんな仕事は成績評価もされず、一人でやろうが二人でやろうが過程はどうでも良く、ただ決まった場所に本が並んであれば良い。先生は「ふたりで」とわざわざ強調したが、それは筋違いである。むしろ数冊の本の整理に過剰な労働力をつぎ込む迷采配だ。雪本さんも、というより誰が見てもそうだろう。そこから至る結論は、仕事の過程は僕にすべて任せる。そして、仕事の成果だけ雪本さんと共有する。僕の異論は認められない。多数決の世の中、ぼっちの僕の意見より雪本さんの主張が可決される。そして異物はより強く排除される。図書委員はまた一人に戻る。安定のぼっち生活だ。悲しい?いや、最高ではないか?・・・・・・僕はぼっちだ。
あらたな隣人、雪本さんがこれまでの僕のパーソナルスペースを狭め、僕の高校生活は幕を開けた。幸い雪本さんはあまり会話するようなタイプではなく、だれかとわいわい騒ぐというよりかは一人でいる子だ。特に害はないだろう。
ちなみに雪本さんが隣に来てから言葉を発したのは、
「席替えまでよろしくね」
「ああ・・・・・・よろしくお願いします」
以上、である。問題なしである。
そうこうしているうちに午前中の授業が終わり、お昼休憩に入った。僕はいつもお手製弁当の持参である。メインディッシュはいつも魚の缶詰だ。安くて日持ちして、なおかつDHAたっぷり栄養満点の健康食だ。そこにスーパーで特売されている緑黄色野菜を適当に見繕ってレンジで蒸したもの、ふるさと納税の返礼品でもらった格安米で炊いたご飯。毎日これである。魚の缶詰100円、野菜40円、米15円くらいで昼食代155円、うまい、安い、早い、吉野家ならぬ前田家だ。それに栄養満点という4拍子そろったランチだ。隙はない。
僕以外の教室内クラスメイト全員が誰かと机をくっつけて一緒にご飯を食べるか、友達と食堂に行くかしている中、今日も今日とて一人、静かなるランチタイムを送る。孤独のグルメと言う言葉があるが、それはもう我が人生最高の言葉だ。途中、花崎さんとやらがこちらに向かってくるそぶりを見せたが、社交的面々が食堂へ連行していってくれた。
いつものように自席で食べようと思っていると、雪本さんも隣で弁当を広げだした。うーむ、これは悪目立ちするパターンだ。会話がないとはいえ、これでは二人で食べているみたいで気まずい。
仕方ない。どこか場所を変えるか。教室を出るとき、また悪口兼優越感に浸りたいひそひそ声が聞こえたが、聞こえないふりをした。
一人でご飯、となると便所飯を思い浮かべる人がいる。一時期ニュースにでも話題になったが、僕からしたらそれは邪道だ。あんな不衛生な場所でご飯を食べるなど、実にもったいない。便所飯の理由も「一人で食べているのを見られたくないから」とは、当時驚いたものだ。もっとぼっちに自信を持つべきだ。(これを昔妹に言ったら首をかしげられた。)
自席を追い出された僕には、幸いとっておきの場所がある。冬は暖かく、夏は涼しい職員室待遇の場所、図書室の管理人部屋である。ここは先生限定の部屋なのだが、僕の担任の先生が「お仕事頼まれてくれないかな?」と言われ、本来先生の業務の一部を引き受ける代わりに、その見返りとして勝ち取った部屋だ。先生は授業準備とやらで、あまりこの部屋にはこない。生徒は当然僕を除いて立ち入り禁止だ。頼まれたお仕事とやらも、放課後に返却された本を整理するという、視界に収めたものは手を触れずとも物理的に操ることができる能力を持ってすれば超がつくほど楽なもの。この部屋はぼっちの僕にとってまさに天国だった。今日からこの部屋は僕の休憩室に加え、ランチ室だ。
「あら、昼休憩もここにいたの?」
安心しきっていたところに急な扉オープン。驚愕のあまり変に力を行使してしまい、積んであった本が雪崩を起こす。
「あっ、先生でしたか」
「そんなに驚いて、いったい誰だと思ったのよ~」
先生はクスクス笑いながら僕の(?)休憩室兼ランチ室に入ってくる。
「すみません。崩れた本は後で僕が直しておきますんで。それにしてもこの部屋に来られるなんて珍しいですね。なにかお仕事ですか?」
「ちょっとね~、ほんとは先生がやらなくちゃいけない仕事を“一”生徒に丸投げしちゃってたのがあんまりよくないかな~と思って、というより、職員会議でダメ出しされちゃって」
いまさらかい!とは思ったが、この“一”生徒と強調したあたり、この先に続くワードから僕にとってあまりよろしくないことがおこりそうで、体が瞬時に拒絶反応を示す。
「いえいえいえいえいえ!とんでもないです!全然いいですよ!負担ゼロ!一人で余裕!手伝いなどもってのほか!です!」
「あら、もう察しがついているみたいね。委員会としてこの仕事を公式にお任せします。そして委員会は二人じゃないとダメ。ってことでもう委員を頼んじゃいました」
漫画で言うところの「てへっ」というようなノリで話が進んでいく。
「前田君がちょうどここにいてよかったわ~。雪本さーん、おいでー」
本日二人目の僕の(?)休憩室兼ランチ室侵入者だ。
「先生から話は聞いてます。よろしくです」
「ああ・・・・・・、はい、こちらこそよろしくです」
全然よろしくどころではない。とことん僕のぼっち生活に邪魔が入る。
「よしっ!それでは、あなたたち二人を正式に図書委員に任命します」
「そんな勝手な・・・・・・」
僕の言葉は無視し、どんどん先生は話を進める。
「毎日お昼の時間は、必ず二人で、必ずここで、図書室の管理の仕事と、放課後の本の整理の仕事をお願いします。まぁ、管理って言っても、とくにすることはないかな。ここにいるだけでいいからね。それにちょうど席が隣同士だし、打ち合わせも楽だし、よかったよかった」
「一人で交代しながらやるのは・・・・・・」
「ふ・た・りで!」
優しそうな笑顔を向けながら、すごい剣幕である。
「・・・・・・打ち合わせするほどの作業ですかね?」
「いろいろあるでしょう?うーんと、ええっと、なんかこう、高校生っぽい、いい感じの」
「「なんですか。それはっ!」」
僕と雪本さんが全く同じつっこみをいれる。そこでなぜニヤける、先生!
「ほら、息ぴったり。これで安心して仕事任せられそうね~。じゃ、お仕事頑張ってね~」
先生は鼻歌を歌いながらご機嫌で部屋を出て行った。
「・・・・・・その、えっと・・・・・・それで、どんな感じにしますか?」
「お昼はここに集まっておのおの適当に過ごして、おのおの本の整理をして、おのおの帰る感じでいきましょう。あまり気負いせずにやった方が僕も楽ですから」
「おのおの・・・・・・うん、わかりました」
そこからシーンとした間が生まれる。いろいろ諦めた僕はお手製弁当を広げて黙々と食べる――今日は鰯の味噌煮缶詰だ。タレが若干ご飯に染みていて、これがまたたまらない。この小松菜も安物とはいえ、いい味だ。ご飯はちょっと水が多すぎたかな?――至福のひとときである。安い食材もこうして一人深く味わえば高級懐石料理に並ぶと僕は思っている。
「・・・・・・ごめんなさい。私なんかが来て、お邪魔みたいで」
雪本さんがぽつりと言葉をこぼした。悦に浸っていた僕は雪本さんをふと見ると、弁当を広げてうつむいている。しょぼーんとした子犬のように見えた。ちがう、雪本さんは何も悪くない。「あなたに干渉しないし害を与えないから、あなたも干渉してこないでスタンス」の僕にとってあるまじき失態だ。もちろん害があれば100倍返しだがな。
「いやいや、僕の方が申し訳ないです。僕なんかよりもっと面白い子とか友達との方が楽しく昼休みを過ごせたのに。というより先生が悪い」
「そんなことないです。ええっと、前田君?でよかったですか」
「それでいいです」
「前田君も私なんかよりももっと面白い子、ほら今日来た花崎さんとかの方が楽しく・・・・・・」
なぜそこで花崎さんの名前が出るのか。たしかに彼女は、ぼっちとはまず無縁そうな人間だろう。周囲の反応を見れば一目瞭然だ。しかし、相手が誰であろうと、どんな性質を持っていようと、人との付き合いで楽しみなど見出すことなどない。
社交辞令的会話で乗り切るのが正解なのだ。
・・・・・・その後は「僕なんか」「私なんか」「いやいやいや」「そんなことないです」という応酬が続いた。埒が明かず、仕舞いには二人で笑い合っていた。
「僕も雪本さんも、お互い自分を卑下しすぎですね」
「ほんとに」
「まぁのんびりやりましょう。来たいときに来て、来たくないときは適当に理由つけて休んでもいいですし」
「ううん、どうせわたしもお昼いつも一人だったから、ちょうど居場所ができた感じでよかったし、前田君さえ良ければ、毎日来ていいですか?」
ぼっち飯は僕ぐらいかと思っていたが、雪本さんもそうだったのか。気付かないものだ。いや他人など全く気にしてこなかったから当然か。僕からしたら居場所など、「できるもの」ではなく、自分「一人で作るもの」だとは思うが、世間一般では異なるのだろう。
「いいですよ。たぶん先生がうるさそうですから、僕もこれからずっとこの部屋でお昼になりますし、むしろ雪本さんの方が」
「いえいえ、むしろ前田君の方が」
「・・・・・・この下りはもうやめましょうか」
「ふふっ、そうですね」
そしてそのとき昼休み終了チャイムがなった。半分以上食べることができず残る弁当。次の時間は体育。雪本さんに至っては一口すら弁当に手をつけられずにいる状態だった。愕然とする僕に対して、雪本さんはなぜか楽しそうにしていた。
「雪本さん、いそぎましょう。僕は鍵締めとかいろいろやってからいきますんで」
「え、何かあるなら私も手伝いますよ?」
「大丈夫大丈夫、先行ってください。今日はだれも図書室に来なかったから放課後の整理はいらないし、手伝いは次からでいいですよ」
「えええ!?ちょっとおさないでおさないで。わかりましたから。明日からは絶対にお手伝いしますからね!」
雪本さんは僕に言われるがまま、教室をでていった。明日は土曜日で学校休みだけどね、というツッコミは、今にも喉の奥からでかかったが飲み込んだ。変な干渉はしない。他人行儀な会話、社交辞令的会話、それで十分である。いや、それはもはや会話ではなく、ただの業務連絡だ。だがそれでも、こんなに人と話すなどずいぶん久しぶりのことだった。心労がどっと出た。たいした話はしていないにもかかわらず、こんなに疲れるのは筋金入りのぼっち所以だ。
そして、思った。雪本さんもいずれいなくなる。最初の方くらいだ。段々来る回数が減り、また一人に戻る。きっと無理矢理押しつけられた仕事だ。正直こんな仕事は成績評価もされず、一人でやろうが二人でやろうが過程はどうでも良く、ただ決まった場所に本が並んであれば良い。先生は「ふたりで」とわざわざ強調したが、それは筋違いである。むしろ数冊の本の整理に過剰な労働力をつぎ込む迷采配だ。雪本さんも、というより誰が見てもそうだろう。そこから至る結論は、仕事の過程は僕にすべて任せる。そして、仕事の成果だけ雪本さんと共有する。僕の異論は認められない。多数決の世の中、ぼっちの僕の意見より雪本さんの主張が可決される。そして異物はより強く排除される。図書委員はまた一人に戻る。安定のぼっち生活だ。悲しい?いや、最高ではないか?・・・・・・僕はぼっちだ。
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