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~エピローグ~ 魔王の胎動

『最悪』は重ねて来る

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「さあ、傷は癒えたでございましょう。お目覚めなさいませ。災禍さいかの送り主、肥河之大神ひのかわのおおかみ…………又の名を、八岐大蛇やまたのおろちよ……!!!」

 女の全身がいっそう強い光を帯びると、凄まじい風が吹き荒れた。黒い雲はますます色濃く、もはや漆黒の暴風である。

 そして南東の空から、無数の光が押し寄せてくる。

 青紫に輝く光は、甲高い音を立てて湖面に殺到。魔王の体に吸い込まれていった。

 あたかも豪雨のように、滝のように……京都の地下水に溶かされ、溜め込まれていた生贄いけにえ達の生気は、今、魔王の体のかてとなるのだ。

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 そして大地が大きく震えた。

 湖面にたたずむ黒き邪神が、ゆっくりとその体をもたげたのだ。

 巨体……あまりにも巨大……!

 胴から伸びる8本の尾は、彼方かなたの谷まで届くかのようだ。

 首は今は1つのみだが、大蛇と言うより龍のごとき様相で、赤い目が酸漿ほおずきのように輝いていた。

 腹は鉄錆てつさびを思わせる、赤い色水を滴らせていた。負傷の割に湖面が赤かったのは、この腹の色水が故か。

 やがて魔王の直上から、更なる暗雲が湧き上がってきた。神話に記された天叢雲あめのむらくも……大蛇おろちの居場所に生じるとされた暗雲である。

 先遣隊は怯え、攻撃を開始する。もはや指揮系統も何もなかった。ただ目の前の魔王に本能的な恐怖を感じ、引き金を引くしかなかったのだ。

 魔王は鎌首をもたげ、口元に微かな炎をのぞかせた。本当に、ごく僅かな炎だったが、次の瞬間。

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 超高温の火柱が吐き出され、先遣隊の半数以上がなぎ払われていたのだ。属性添加機で防御された車両も重機も、跡形も無く溶かされている。

 最早パニック状態に陥る部隊だったが、絶望はまだ終わらない。

 湖面に巣食う大邪神は、不意に光に包まれた。そのままゆっくりと姿を縮めていく。

 弱ったのか? やはり滅びる運命なのか?

 ……いいや、そうではない。そうでない事を、魂レベルで分からされていた。

 圧縮されて強くなるのだ。どんどん強く、どんどん色濃く。

 次第に人型に近くなる魔王は、身の丈100メートル程になった。

 全身を覆う鎧のような黒い外皮は、あちこち鋭いとげを有する。

 長い黒髪が腰まで垂れ、顔は女のそれのようであるが、目は燃えるように輝いた。

 牙の生えたあぎとを広げ、魔王は大きく雄叫びを上げる。

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 激しい稲妻が辺りを撃ちつけ、人々は後ずさる。

 魔王を覆う、多重に絡み合う電磁バリアは、特に攻撃を受けていなくても肉眼で見えるほど色濃い。

 膨大なエネルギーがバリア表面を駆け巡り、人の武器でこれを射抜く事が出来ないのは明白だった。

 まぎれも無く、これが魔王ディアヌスの……本体による戦闘形態バトルフォーム

 あの永津彦と切り結び、誠や明日馬達を蹴散らした、無敵の邪神の姿であった。

「決着の時だ、人間ども!!!!!!!」

 魔王が咆えると、あの女はおかしそうに笑った。

 主の力に呼応するように、女の胸に青紫の光が宿り、燃えるように全身を覆うのだ。

 間違いなくこの女は、ディアヌスの魂と契約している。だとすれば、もう以前のように崩壊する事はありえない。

 最強の魔王と、その力を受けた最凶の神人。

 誠は改めて思い知った。

『最悪』は重ねて来るのだ。


※※第3章の日本海編はここまでです。お読みいただきありがとうございました。

  次章はいよいよ魔王ディアヌスとの決戦になります。

  一つ一つが長いため、次章も別ブックにて再開する予定です。

  どうぞよろしくお願いします。
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