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~エピローグ~ 魔王の胎動

琵琶湖の魔王

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 やがて第4船団の先行部隊・若狭湾岸わかさわんがん守備隊が、琵琶湖の北岸に到着した。

 霧が立ち込める湖面だったが、竹生島ちくぶじま……つまり江の島、厳島とともに日本三大弁才天の地とされ、古くから崇拝すうはいの対象となった神の島が、時折霧の中に見え隠れしている。

 ……問題はその島のすぐ向こうに、巨大な物体がうごめいている事だ。

 半ば水没して全身は見えないものの、島より高く盛り上がったどす黒いその背は、時折呼吸するように上下していた。あの航空映像で確認された、魔王ディアヌスに間違い無いはずだ。

 ただ、護衛の餓霊の姿は見えず、辺りはひっそりと静まり返っている。

 先遣隊せんけんたいはひとまず湖岸に展開し、司令部へと連絡をとった。

「……繰り返す、先遣隊より司令部へ。北岸より魔王を肉眼で発見、竹生島ちくぶじま付近より動かず、現在休止中……」

 通信兵が何度も報告を試みるが、なぜか司令部には繋がらない。万一に備え、幾台もの中継車や有線ケーブルをはいしてきたはずなのだが…………?

 程なく先見隊は、奇妙なものを発見した。湖岸に現れた人々である。

 全身白装束の彼らは、手を繋ぎ、鎖のように琵琶湖の周囲に展開していく。

 彼らはうつろな目で湖を見つめ、口々に何かを唱えていた。そして彼らが口ずさむ度に、湖面の魔王はそれに応えるようにうっすらと光を帯びていくのだ。

 もちろん先遣隊の隊員は、彼らに退避勧告を行う。だが人々は耳を貸さず、ただ一心に唱え続けるのみだ。

わざわい招く山の王、目覚めす河の王……』

 声は次第に大きくなって、横たわる漆黒の魔王は、ゆっくりと行動を開始した。

 穏やかだった湖面がざわめき、たちまち波が逆巻いた。黒い大蛇のような巨体が滑るように動き、また絡み合う様は、およそ現実離れした恐ろしさを見る者に抱かせた。

 竹生島がうっすらと光を帯び、魔王を押し止めようとしているようにも思えたが、それも時間の問題だろう。

「ま、魔王が行動を開始、市民の説得は困難! いかがしますか!? くそっ! 繋がらない……!」

 先行部隊は混乱の極みにあったが、やがて湖の上空に、何者かが現れた。長い髪を伸ばした、一見すると人間の女であるが、彼女は宙に浮かんでいるのだ。

 白衣の集団は歓喜した。生き神様、と喜びたたえた。

 女はゆっくりと湖岸へ近付いて来る。宙に浮かんだそのままで、静かに、しかし冷淡な目で人々を見下ろしている。

「な、何だ……!?」

 兵達は怯えた様子で女を見上げた。
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