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第三章その7 ~いざ勝負!~ 黄泉の軍勢・撃退編

黄泉の軍勢・再来

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 戦いの火蓋は、至極しごく静かに封切られた。

 能登半島に侵入していた柱は、にわかに強烈な光を帯びる。

 ほぼ同時に大地が激しく鳴動すると、新しい柱が、次々と顔を出し始めた。

 数日の充電期間を経て、地下の触手が増殖する時が来たのである。

 例の呪文のように不気味な声が響き渡ると、陽炎かげろうのごとく黄泉の軍勢が浮かび上がっていく。

 衝角しょうかく付きの兜。挂甲けいこう、または短甲たんこうの鎧。

 刀を手に進む骸骨の軍勢は、無遠慮に人の世界を……能登半島の避難区を踏みにじり始めたのだ。

 人間達はじりじりと後退し、西の志賀しか、東の田鶴浜たつるはまを結ぶラインまで撤退を余儀なくされた。

 誠達の機体画面に映る通信兵が、刻々と状況を告げていく。

「ライン後退、第4防衛地点を通過します。威嚇いかく砲撃開始」

 各地に配備されていた車両砲撃班が、猛烈な攻撃を開始する。だが当然の事ながら敵軍は揺らがない。

「砲撃効果なし。砲撃班、後退します」

 誠は画面に向かい伝える。

「了解、そのまま後退してください。全て予定通りです」

 誠は大きく深呼吸した。

 暗い操縦席。何もかもが静寂せいじゃくに包まれている。

 後ろの鶴とコマも無言で、緊張の中で意識を集中しているようだ。

 これから起きる一瞬の戦いを、何が何でも勝利に導くために。

 そう、勝利のチャンスはたった1回。そこを逃せば、こちらの負けだ。



「……やけに容易たやすいな。いささか不気味だ」

 鏡に映る映像を眺め、青年はいぶかしげに呟いた。男にしては髪が長く、肩に届く程である。

 全身を黒衣に包まれた彼は、笹鐘ささがねと呼ばれ、土蜘蛛一派の中心的な人物だった。

「仕方がないのではありませんか、兄様あにさま

 笹鐘の横に立つ黒衣の女……つまり纏葉まとはが後を受ける。

「夜祖様のご用意なされた黄泉のつわもの……人にあらがえるとは思えませんが」

 その場には鬼や熊襲くまそ、そして虎丸兄弟もいたが、彼らは無言で事を見守っている。

 彼らの本音としては『自分達が失敗したのに、土蜘蛛だけがスムーズに勝つのは嫌!』なのであるが、それを口にすると殺されるので、今は黙って観戦しているのだ。

 彼らの背後には、平安貴族のような装いをした美しい青年、つまり夜祖大神やそのおおかみが座している。

 その他の邪神……双角天そうかくてん無明権現むみょうごんげん熊襲御前くまそごぜんなども居合わせていたが、熊襲御前は顔を大きな扇で隠していた。

 扇から覗く肌は黒くただれており、かなりの霊的ダメージを受けた様子だ。

「おのれ、口惜しや高天原たかまがはら傀儡かいらいども……我が動ければ、たちどころに灰にしてやるところを……!」

 熊襲御前は怒りに満ちて震えるが、夜祖は極めて冷淡であった。

「……笹鐘よ。敵方の神人とその守り手……あの白き鎧の所在はどうだ」

「はい、目撃されております。力を温存しているのか、大人しめではありますが」

「……当然何かあるだろう。警戒して歩を進めよ」

 夜祖は頬杖をついたまま、静かに映像を見据えた。

 少しずつ追い詰められていく人の軍勢を眺め、夜祖は嘲笑うように口元を歪めた。

「そろそろ後が無くなってきたぞ。どうする……?」
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