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第三章その6 ~みんな仲良く!~ ドタバタの調印式編

私が解放してあげる

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「……皆様もお久しぶりです。もう10年になりましょうか?」

 女はぐるりと一同を見渡し、最後に鳳に目を留めた。整った顔をぐにゃりと歪め、空恐ろしい笑みを浮かべる。

「……あら飛鳥ちゃん。随分大きくなったのねえ……!」

「…………っ!!!」

 鳳の顔に、色濃い恐怖が宿っていた。目は大きく見開かれ、唇が小刻みに揺れている。

「……飛鳥ちゃんとは後でお話しするとして……先に務めを果たしましょうか」

 女は鳳から目を離すと、片手のたなごころを頭上に上げる。

 すぐに猛烈な風が吹き荒れた。女を中心に、台風のように激しい邪気が噴き出してくる。

「さあ呪われよ、偽りの王土よ。砕けるがいい、邪悪な神の傀儡かいらいども……!」

 言葉の1つ1つからにじみ出る憎悪が、こちらの肌を叩きつけるようだ。

 誠は女の狂気に気圧けおされながらも、何とか相手を観察した。

 彼女を覆う電磁場は、激しく形を変えながら十重二十重とえはたえに入り乱れている。

 そして周囲の磁場が揺らめく度に、何か無数の声が聞こえてきた。

 甲高い悲鳴、怒りに満ちたうなり声。あたかも冥府から届いた、亡者達の叫びのようだ。

 余程の強敵と感じ取ったのだろうか。鶴が腰の太刀を抜き、素早く女の元へと走った。

 余計な会話の時すら惜しいし、あの術を放置すれば大勢傷つく。そう即断したのだろう。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 だが太刀の一撃は、硬い音を立てて防がれていた。女が術を中断し、光の障壁を作り出したからだ。

「……ああ、忌々いまいましい馬鹿力の女神め。また新たな者を騙して……私の代わりを生み出したのね」

「騙すって、何の事かしら……?」

 鶴は険しい顔で問うが、女はまるで取り合わなかった。

「許せない……私が解放してあげる……!」

「!!!」

 そこで鶴は、大きく後ろに跳び退すさった。女の気の質が変わったのを感じ取ったのだ。

 女は構わず何事かを念じていく。

 同時に女の足元に、光の魔法陣が現れた。

 魔法陣はマグマのように赤く輝き、中から巨大な手が伸びたのだ。

 それは瞬く間に数を増し、どんどんこの世に這い出そうとしている。

「まずいよ黒鷹、反魂の術だ!」

 コマが弾けるように叫んだ。

呪法具じゅほうぐも無し、地脈からもずれてるのに、力で強引にこじ開けてるんだ! 餓霊がどんどん出てくるよ!」

「分かったコマ! 俺は機体に乗って戻る!」

 誠はひとまず船団長の2人に駆け寄った。

「お2人とも、 餓霊がここに出てきます!」

「わ、分かったわ! 打ち合わせ通りに……!」 

 嵐山達は我に返り、携帯端末を操作しようとするが、画面は激しく点滅し、まともに動作してくれない。

「何これ、動かない……!?」

「嘘だろ、こっちもだ……!」

 慌てる2人だったが、そこで会場に地響きが起こった。異常を感じ取ったパイロット達が、いち早く機体を動かしていたのだ。

「任せて船団長! こんな事もあろうかと、事が起きた時点で来たわけ!」

 凛子の声が外部拡声器スピーカーから響くと、別の機体からも声が届いた。

「せっかく楽しくやってたのに、邪魔するとは酷いべな!」

 パイロット達は人々の避難を促し、餓霊が完全に具現化する前に攻撃していく。

「…………無粋な機械おもちゃ。これもいらないわ」

 女は恨めしげに言うと、新たな術を繰り出した。全身に青紫の雷が駆け巡ると、放電するように放たれたのだ。

 と同時に、駆けつけた人型重機の動きが鈍った。人工筋肉が痙攣けいれんを始め、銃や装甲の属性添加機も、次々その光を弱めていった。

 攻撃がやんだのを見ると、餓霊どもは雄たけびを上げて突進してきた。

 凛子機は腕部装甲アームガードで攻撃を受けるが、機体は軽々と吹っ飛ばされた。慣性制御の電磁式が使えず、踏ん張る事が出来ないのである。

 他の機体も同様に苦戦しており、餓霊は会場を蹂躙じゅうりんしていく。

「くそっ……!」

 誠はテントの外へとひた走った。

 待機アイドリング状態だった自機に飛び乗り、素早く起動モードに切り替えるが、横手から巨体の餓霊が迫ってきた。

 だが間一髪、槍を持つ機体がそれを突き刺したのだ。

「黒鷹さん、ご無事ですか!」

 画面に映るおかっぱ頭の少年・才次郎が叫んだ。

「ありがとう、助かった! 俺もすぐ参戦する!」

 誠は機体を操作し、会場へと踏み込む。既にテントの大部分は切り裂かれ、鉄骨があちこち倒れかけていた。

 誠は手近な餓霊に射撃するも、弾丸は赤い光の防御魔法に弾かれてしまう。

(やっぱり属性添加機てんかきが弱まってる。さっきのあの女の術か……!)

 誠は敵に近付き、意識をぐっと集中する。

 相手の周囲を覆う電磁場が、そして防御魔法の組成が見えたため、誠はその弱い部分を強化刀で突き通す。

 だが自機の反応はいつもよりずっと鈍い。

 横手から迫る別の餓霊の動きが読めていたが、完全に避けるには間に合わなかった。

 咄嗟とっさに地を蹴ってダメージを逃がしたが、機体は大きく吹っ飛ばされていた。

「ぐうっ……!!」

 そうするうちにも、魔法陣はどんどん広がっていく。

 やがて魔法陣から、小型の餓霊が大量に這い出してきた。身の丈は人と同じほどだろうか。鋭い爪、頭部にのぞく複数のまなこ

 それらは人々に飛びかかり、大口を開けて食い殺そうとしたのだ。
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