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第三章その6 ~みんな仲良く!~ ドタバタの調印式編

からくれないの竜田川

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 もう何度目か分からないぐらいお馴染なじみの、全神連の詰め所である。

「手ごわい……ほんとに手ごわい。なんか北陸こっちに来てから、毎回ここで考えてる気がするな……!」

 もはや気のせいでも何でもないが、誠は困って頭を抱える。

 全神連の筆頭・高山があぐらの膝をパンと叩き、口惜しそうに言った。

「……ま、悔しいが仕方ありませんぜ、黒鷹さん。そもそも魔王のお膝元ですし、夜祖大神やそのおおかみもいるでしょうしな」

「夜祖大神?」

 誠が聞くと、高山は頷いて答える。

「ええ、土蜘蛛つちぐも一族の神ですが、歴史上時々聞く名です。むかーし土蜘蛛やつらはかり事で酷い目にあったんで、それ以来、智謀知略ちぼうちりゃくにこだわってるらしく。人界をたびたび裏から引っ掻き回してる存在なんですが……ま、そのたびにワシら全神連が防いできたんですがね」

「あら頼もしい、その調子で今回も頼みたいところだねえ」

 同じく筆頭の勝子が、着物のスソを手で押さえながら座った。

「あたしらが気張きばらないと、ホントにやばいよ。因幡いなばっちや神使達も護衛で手一杯だし、ける人手も限られてるからねえ」

「わかっとるが、しかし……いつどこで襲って来るか分からんのに、どうとっ捕まえりゃいいのか……」

 高山は目を閉じ、腕組みして思案している。

 他の全神連の面々もうなっているが、誠はそこで何かが引っかかった。

(……いつどこで……襲ってくるか分からない……??)

 何かを思いつきそうだったので、誠は黙って考え込んだ。

 そこで嵐山が、恐る恐る手を上げる。

「…………あ、あの~、よく分からないんですけど、私達に出来る事はないですかね」

 彼女は長い足を折りたたみ、座布団からはみ出そうになりながら正座している。

「ま、有るって言やあ有るんですがね」

 高山はそう言いながら、徳利とっくりから酒を注いで差し出した。

「え、お酒?? あ、ありがとうございます……」

「ほい、船渡さんも飲みねえ。そうだなあ、そりゃーまずはあんたら2人が、しっかりガッチリくっつく事さ。そうすりゃ少なくとも政治上はまとまるわけだから」

「そ、それはもう……ここまで来たら、俺も反対する理由が……」

 船渡氏も恐縮して湯飲みを受け取る。

 2人並んでいるので、まるで祝言で杯を交わす夫婦めおとのようだ。

 高山はちゃっかり自分も酒を飲みながら言った。

「ヒック……それにしても、敵がここまでちまちま撹乱かくらんしてくるとは思わなかったな」

「そりゃ、それが一番効果的だからね」

 高山から徳利とっくりを奪い取り、自分も飲みつつ勝子が言った。

「昔からやってるじゃないか。相手の国を滅ぼそうと思ったら、その国の人を仲違いさせるのさ。大人と若者、庶民と為政者とのさま。でも一番効果的なのは、男と女を引き裂く事よ。男女がケンカすれば子供が減るし、人が減ったら国が弱る。そこに味方を送り込めば、戦わずして乗っ取れるからねえ」

「は、はあ……」

 嵐山も船渡も、恐縮して聞き入っている。

 苦戦続きでストレスが溜まっているのか、他の全神連のメンバーも近寄ってきて、口々に畳みかけた。

「そうだよお2人さん。男尊女卑だんそんじょひ女尊男卑じょそんだんぴも、行き着く先は地獄だからね」

「そうだ、男女が仲良くしないと」

「そうそう、男女が助け合ってね」

 さすがにいたたまれなくなったのだろう。

 嵐山は立ち上がり、足をひきずりながら窓際に向かった。

「そっ、そそそっ、そう言えばこの旅館? とても立派なんですねっ」

「そっそうだっ、立派な旅館だ! 庭も素敵だしなっ」

 すかさず船渡も立ち上がり、その場の囲みを脱出した。

 誠もつられてそちらを見る。

 下部にガラスがはめ込まれた障子しょうじ……確か雪見障子ゆきみしょうじだったか、とにかく古風な建具たてぐが開け放たれて、外の様子が良く見える。

 丁度紅葉こうようの時期を迎えた中庭には、色づいたかえでが無数に舞い落ち、庭内ていないの小川を紅に染めていた。

 赤と言っても葉の表情は一枚ずつ異なり、時を忘れて見入ってしまいそうだ。あたかも平安の昔、百人一首ひゃくにんいっしゅ在原業平ありわらのなりひらうたった、竜田川たつたがわの情景である。

(……紅葉もみじに……小川……??)

 誠はまた変な感覚にとらわれた。何かが繋がりそうな気がするが、そんな誠をよそに、嵐山は内心を語った。

「……私の家は、京都でも古いお宿で。庭もこんな感じだったんです。あそこは意外と水が豊富で、琵琶湖に負けないぐらいの地下水が貯まってるんですよ?」

 嵐山は流れる小川を眺めながら、少し懐かしそうに言った。

「……戦争や不景気、立て続けの災害。色んな事があったけど、それでも辞めずに頑張ってきたのが誇りだったんです。それが……あんな事になったから……!」

 建具を掴む嵐山の手が震え、ガラスがカタカタと音を立てる。

「……いつか日本が平和になったら、もっかい素敵なお宿を作ろうって言ってたんです。みんなで日本を元気にしたいって……その為に戦おうって。バカみたいだけど、本気でそう思ってたんです」

「……もぐもぐ、それは立派な志だわ」

 鶴は生八つ橋を食べ終わり、お茶を傾けつつ頷いた。

「ぜひそうしてもらいたいところね。そしたら私は、いの一番にお泊りするわ」

「お待ちしてますね、お姫様」

 嵐山は少し涙ぐんで、鶴に向かって微笑んだ。
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