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第三章その5 ~どうしよう!~ 右往左往のつるちゃん編

全ては手遅れ?

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「さっそく中の様子を見てみましょう」

 鶴は虚空に建物の立体図を表示し、一同に見せた。いつもの半透明の地図を拡大したものである。

「説明は面倒だから才ちゃん、頼むわ」

「おまかせを、姫様。やっぱり僕じゃなくっちゃね」

 才次郎は得意げに建屋の状況を読み上げ始めた。

「四角い敷地で回りは植え込み、特に結界も抜け道も無し。正面玄関から入るとすぐロビーで、その奥に広間があるみたいだけど、僕の実家もこのぐらい広かったね。何たって加賀100万石の由緒正しき……」

「こら才次郎、余計な事言わないっ」

 兜にゲンコツを食らい、才次郎は頭を押さえてしゃがみ込んだ。

「ううっ……それで、広間の左右に控え室がそれぞれあるね。2階は倉庫みたいだけど、今は誰もいないみたいだ」

 才次郎はそこで立体図を拡大し、1階に見える人影を確認した。

「中にいるのは今のところ数十人、ほとんどが1階の控え室か。動かないのは眠ってるのか……別の理由かは分からないけど」

「とにかく行ってみるしかないわ」

 鶴はそう言って、ギュッとハチマキを締め直した。

「出来る事を少しずつやるの。真面目とはそういう事よ?」

「毎度ツッコミを入れてるけど、どの口が言うんだろうね」

 コマは呆れるが、そこで鶴は打ち出の小槌を取り出した。船団長達を小さくし、コマの背中にちょこんと乗せる。

「私からあまり離れると死んじゃうから、コマに乗って付いて来るといいわ」

「うおっ!? わっ、分かりました」

「うわっ、何このみんなに見下ろされる感じ……ちょっと怖いかも」

 いきなり小さくされたので、船団長達は不安げに呟いた。なまじ他の人より大きかった分、余計にショックがでかいのかも知れない。

 やがて打ち合わせが完了し、一同は周囲の生垣に身を潜める。

 手順はいたってシンプルで、全神連の面々、特に津和野が結界で周りの逃げ道を封鎖し、メインの班が広間に突入。その隙に鳳が2階から進入し、結界のない上方向の退路を断つ手はずだ。

「いくわよみんな、さんざん手こずらせてくれたぶん、ここでストレス解消よ!」

 鶴の言葉に、一同は気合いを入れる。

 誠はそこで再び、鳳の横顔が気になった。彼女は緊張しているのか、無言で太刀を握り締めている。



 重苦しい、陰気な近代建築であった。

 無駄に広い敷地に建てられたそれは、昭和時代の後期、各地に据えられた公民館のようにも見える。

 当時流行りのコンクリートうちっぱなしの内装は、年月を経て黒っぽくくすみ、明かりの乏しい建屋を余計にさびれて見せていた。

 張り紙なども刷新さっしんされておらず、古い防火ポスターや保険関係の掲示が、無数に剥がれ落ちては散らばっていた。

 恐らく放棄された公共施設を買い叩き、集会所に使っていたのだろう。

 玄関ロビーから緩やかな傾斜をのぼると、大きな両開きの扉がある。

 今は開け放たれた戸の奥には広間があり、沢山の長椅子、そして祭壇さいだんまでもが見て取れた。市民団体と言うより、やはり宗教施設のようである。

「…………あらお姫様。思ったよりお早いお着きで」

 女は影のように黒い服を着て、祭壇のそばに立っていた。

 一言で言って不気味な女であるが、決して見た目が悪いわけではない。むしろ極めて整った顔立ちで、小さな頭と長身が、どこぞのモデルのようにも見える。

 …………しかしどこか不気味なのだ。

 肌は病人のように白く、大きな目の周りには、黒いアイラインがべったりと引かれていた。

 少し縮れた黒髪は、足元に届くほどに長い。

 飾り気のない上衣は体にぴったりとまとわりつき、豊かな胸元をくっきりさせていたが、下半身は大きく広がったスカートである。

 冬の日の長い影が立ち上がれば、そのままこんな姿になるのではないか。そんな薄気味悪さを持つ女だった。

「お邪魔するわね」

 鶴は構わず広間に踏み込んだ。

「……いけませんわ姫様。陽の神に祝福された貴女あなたが、このような陰にいらしては……」

 女は薄い唇を笑みの形に引き歪めた。

山陰このへんはいいとこだと聞いたわ。食べ物もおいしいし。あなた達みたく、悪さをするのがいなければね」

「……これはこくな事をおっしゃいます。私達のような日陰者には、生きる場所など無いとおっしゃいますのね?」

 女はますます嬉しそうに語る。

 そうした会話の合間にも、誠は相手を観察した。

 あのイミナ添機で見た映像の女に間違いはなかったし、当時の言葉からすれば、ここを引き払おうとしていた最中なのだろう。

 それにしては発言にも態度にも余裕があり過ぎるのが気になるが。

「船団長を襲撃したのはあなた?」

 鶴が問うと、女は静かに首を振った。

「……いえいえ、無理でございます。貴女あなたが見張っておられますので、泣き暮らしのお嬢様でなければ……」

「誰かしらそれは。そのへんゆっくり聞かせて欲しいのよ」

 鶴が一歩近づくと、女はそっと後ずさる。

「……本当に恐ろしいお方。霊気がまるで台風です」

 やはり言葉の端々に余裕が感じられる。何か奥の手を隠しているのだろうか?

 女は少しずつ後ずさりながら、楽しげに笑みを浮かべた。

「……でも、こちらに来るのが少し遅うございましたね。全ては手遅れ。もう終わってしまったのです」

「どういう事かしら」

 鶴がなおも一歩詰め寄った瞬間、女の背から長いものが無数に飛び出た。

 およそ人の体から伸びたとは思えぬ、黒くて長い、甲殻類のような足。それが大きくたわんだかと思うと、女は一気に高く飛び上がった。

 そのまま天井の隅に取り付くと、影に吸い込まれるように姿を消したのだ。
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