上 下
54 / 87
第三章その5 ~どうしよう!~ 右往左往のつるちゃん編

男鹿半島工業区2

しおりを挟む
 奥の建物に踏み込むと、様相は一変した。地を這うケーブルは複雑に絡み合い、多数の機材が今なお熱を保っている。

「ここが一番最後まで動いてたのか。電源を落としてからそうってないみたいだな」

 誠が言うと、コマが誠の肩に飛び乗ってきた。

「黒鷹の言う通り、邪気がかなり残ってるよ。他の部分はカムフラージュだったんだろうね」

「……ちょっ、ちょっとみんな、これ見てくれない……!?」

 嵐山の声に振り返ると、彼女は横手の部屋を指差していた。

 一同が駆けつけると、室内には鋭角的な装甲の赤い人型重機が立ち並んでいる。

 一目見た時、誠はある機体を思い出した。

「これって……第5船団で特務隊が使った機体と似てる。船渡さん、これは一体……?」

「WHM02型・開発名レグリオン。第2船団うちの決戦兵器として開発されて、かなりの性能を記録した実験機だが……」

 船渡の言葉はそこで途切れた。

 無理も無い。

 居並ぶ赤い人型重機は、その装甲の隙間から、黒いヘドロ状のものを垂れ流していたからだ。

 ヘドロは色濃い蒸気を上げて、今もしたたり続けている。肉が腐ったような悪臭が鼻を突き、一同は顔を背けた。

「……これ、中身は餓霊に近いわね」

 鶴が扇子で鼻を隠しながら呟いた。

「残ってる気が、普通の重機と違うもの」

「じゃ、じゃあ我々が導入しようとしていたのは……!」

 船渡は心底ぞっとした表情だった。

「敵を、餓霊を培養してたってのか……!? それも全部、うちの船団の避難区で……?」

 呆然とする船渡をよそに、鶴は虫眼鏡を手にあちこち歩き回る。

「ねえ黒鷹、こっちにも変なのがあるわ」

 誠達が駆け寄ると、鶴は建屋の一番奥に居た。

 頑強で分厚い扉が半開きになり、中に円筒形のガラス水槽のような設備が見える。

 だが普通の水槽と異なる点が一つある。それは中の椅子だった。

 血生臭い肉を固めたような色と質感の椅子が、下部に据えられているのである。

 その椅子から無数のケーブルが延び、円筒の外の機器へと繋がっていた。

 一同が部屋に踏み込むと、円筒から漏れたであろう青緑色の薬液が、粘り気を帯びて靴裏に張り付いた。

「この液体、凄い邪気だね。あまり踏まない方がいいよ」

 コマが足を振りながら後ずさる。

「何か凄い力を持つ存在が、少し前まであの椅子に座ってたんだ。休んでたのか、調整でもしてたのかな」

 コマはそう言うと、鶴の方を見上げた。

「鶴、ここなら神器の映写機が使えるんじゃないかな」

「やってみるわ」

 鶴は虚空から黒い小さな映写機を取り出すと、周囲を見回す。

 液体だらけで置き場がないと思ったのか、鶴はコマの頭に映写機を置いた。

「なんで僕の頭なんだよ」

「他はベトベトしてるんだもの」

 そう言ううちにも映写機は光を帯び、過去の映像を映し出した。

 激しい邪気のせいなのか、映像にはかなりのノイズが走っていたが、円筒形の透明容器は液体に満たされ、中の椅子に一人の女性が座っている。

 長い髪、痩せてほっそりした手足。病人のように青白い肌。

 顔はよく見えないが、その身を覆う邪気の量は尋常ではなく、容器の内容液は沸騰したように激しく逆巻いていた。

「やっぱり水槽の中で休んでたんだね。邪気からして、間違いなくただの人間じゃないけど……」

 コマがそこまで言うと、映像は更に範囲を広げた。

 容器の手前に立つ、2人の若い男女を映し出したのだ。どちらもかなり背が高く、蜘蛛のように手足が長い。

 男の方は、肩ほどの長さに髪の毛を伸ばしていたし、女に至っては、足元に届く程の長髪であった。

 彼らの表情は重く冷たく、およそ感情と呼べるものがうかがえない。

「……多分、2人とも人間じゃないわね」

 鶴が呟くと、そこで嵐山が割って入った。

「……ちょ、ちょっと待って! こっちの女性……この人っ、第4船団うちの市民団体の代表者だし……!」

 嵐山は驚きで目を見開いていたが、それは船渡も同じである。

「いや、ていうかこっちの男、イミナ添機の代表だぞ……!?」

「……そ、そうなの? こっちもここ1年ぐらいかしら。急に勢いを増して、特に見返りも求めずに、随分と寄付とかして貰ってるの。第2船団との共闘は嫌っていたのに、どうして第2船団そっちの企業と密会してるの……?」

 映像はしばし乱れたりくっきりしたりを繰り返しながら、やがて音声を伴い始めた。

『……餌どもの出奔しゅっぽんは完了したのか、纏葉まとは

 男の方が尋ねると、女はさも面白そうに答える。

『はい、兄様あにさまおおせの通り』

 しなを作りながら答える女だったが、青年は淡々と続けた。

『高天原の神人が、そろそろここに気付くだろう。こちらは早急に放棄するが、お前も出来る限り事を急げ』

『はい、兄様あにさま

 女は優雅に頭を下げると、周囲に青紫の光を帯びる。そのまま女の姿は掻き消えてしまった。

 映像はそこで途絶えたが、誠は言いにくい事を口にした。

「…………あ、あの、船渡さん」

「な、何だよ鳴瀬くん」

 船渡はぎくっとして振り返る。

「ショックを受けてるところ申し訳ないんですが、さっきの映像の男…………あれ、四国で餓霊の黒幕だった、爪繰つまぐりってヤツの仲間です」

「そ、そんな……!?」

「以前、旗艦の監視カメラに映ってたんです。船団長だった蛭間ひるまと、くっついていた研究所の爪繰つまぐり。その2人の後ろにいたのがあの男です」

「……って事は、全部つながってたのか………俺はまんまとあいつらの誘いに……!」

 船渡はへなへなと座り込みそうになるが、足元がベタついている事に気付いて持ち直している。

 誠とコマ、そして鶴は、先の映像について話し合った。

 コマは前足を振り振り意見を述べる。

「繋がってきたね、ここが全部の大元だったんだ。日本のあちこちの工作は、ディアヌスのお膝元から糸を引いてたって事だよ」

「そうねコマ、いよいよ敵とご対面よ。市民団体とやらに行って、あの女をとっちめてやるわ」

「ヒメ子の言う通り、今はそれしか手がかりがないもんな」

 誠も頷いて、そこでふと気が付いた。

 先ほどから……いや、もっと前から、鳳の元気が無いのである。上の空のような表情で、時折何かを呟いている。

 誠はたまらず声をかけた。

「鳳さん……?」

「……えっ!? あっ、も、申し訳ありません……!」

 鳳は急いで片膝をつき、床を覆った液体でベトベトになった。

「うわっ、鳳さん!? どっか具合悪いんじゃないですか?」

「そ、そのような事は御座いません。それに私は、姫様と黒鷹様に身を捧げると誓っております。ご心配は無用でございます……!」

 鳳はなおも深々と頭を下げるので、長い髪が床についてしまっている。

 起こそうとしても起きないので、誠は話を早めに切り上げる事にした。

「と、とにかくヒメ子、早急にその市民団体とやらを調べよう。さっきの様子だと、そっちもいつ逃げ出すか分からないし」

「そうね、取り合えず行ってみましょう」

 鶴が言うと、鳳はようやく立ち上がった。

 髪や衣服を液体で汚しながら、きりりとした顔で言う。

「敵が巣食っているかもしれません。至急、全神連の応援を手配します」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!

果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。 次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった! しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……? 「ちくしょう! 死んでたまるか!」 カイムは、殺されないために努力することを決める。 そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る! これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。    本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています 他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

こちら、異世界対策課です 〜転生?召喚?こちらを巻き込まないでくれ!〜

依智川ゆかり
ファンタジー
   昨今ブームとなっている異世界転生または召喚。  その陰で、その対応に頭を悩ませている神々がいた。    彼らの名は『異世界対策課』。  異世界転生や召喚されがちの我らが国民を救うべく、彼らは今日も働いている。  ──異世界転生? 異世界召喚? 良いから、こちらの世界を巻き込まないでくれ!  異世界対策課の課長である神田は、今日も心の中でそう叫ぶ。  …………これは、彼らの日々の職務内容と奮闘を記録した物語である。 *章ごとに違った異世界ものあるあるを詰め込んだようなお話です。 *このお話はフィクションです。  実在の神様・団体とは何の関係もございません。  ……多分。 *小説家になろう様でも公開しています。

雨に涙はとけ流れ~Barter.16~

志賀雅基
キャラ文芸
◆――バイバイ、バディ◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart16【海外編】[全38話] 未知のアッパー系薬物摂取者に依る会社役員殺害等の凶悪事件が続発する。薬物を分析したところ含有成分から、とある南米の国が特定され、機捜隊長・霧島と部下の京哉のバディはまたも県警本部長を通した特別任務を課されて流入ルートを潰すため現地へ飛ぶ。そこは酸っぱい雨が降るほど環境汚染が深刻で、慣れぬ状況に捜査も上手く進まないまま囮にした人物が撃たれてしまう。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

処理中です...