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第三章その5 ~どうしよう!~ 右往左往のつるちゃん編

男鹿半島工業区2

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 奥の建物に踏み込むと、様相は一変した。地を這うケーブルは複雑に絡み合い、多数の機材が今なお熱を保っている。

「ここが一番最後まで動いてたのか。電源を落としてからそうってないみたいだな」

 誠が言うと、コマが誠の肩に飛び乗ってきた。

「黒鷹の言う通り、邪気がかなり残ってるよ。他の部分はカムフラージュだったんだろうね」

「……ちょっ、ちょっとみんな、これ見てくれない……!?」

 嵐山の声に振り返ると、彼女は横手の部屋を指差していた。

 一同が駆けつけると、室内には鋭角的な装甲の赤い人型重機が立ち並んでいる。

 一目見た時、誠はある機体を思い出した。

「これって……第5船団で特務隊が使った機体と似てる。船渡さん、これは一体……?」

「WHM02型・開発名レグリオン。第2船団うちの決戦兵器として開発されて、かなりの性能を記録した実験機だが……」

 船渡の言葉はそこで途切れた。

 無理も無い。

 居並ぶ赤い人型重機は、その装甲の隙間から、黒いヘドロ状のものを垂れ流していたからだ。

 ヘドロは色濃い蒸気を上げて、今もしたたり続けている。肉が腐ったような悪臭が鼻を突き、一同は顔を背けた。

「……これ、中身は餓霊に近いわね」

 鶴が扇子で鼻を隠しながら呟いた。

「残ってる気が、普通の重機と違うもの」

「じゃ、じゃあ我々が導入しようとしていたのは……!」

 船渡は心底ぞっとした表情だった。

「敵を、餓霊を培養してたってのか……!? それも全部、うちの船団の避難区で……?」

 呆然とする船渡をよそに、鶴は虫眼鏡を手にあちこち歩き回る。

「ねえ黒鷹、こっちにも変なのがあるわ」

 誠達が駆け寄ると、鶴は建屋の一番奥に居た。

 頑強で分厚い扉が半開きになり、中に円筒形のガラス水槽のような設備が見える。

 だが普通の水槽と異なる点が一つある。それは中の椅子だった。

 血生臭い肉を固めたような色と質感の椅子が、下部に据えられているのである。

 その椅子から無数のケーブルが延び、円筒の外の機器へと繋がっていた。

 一同が部屋に踏み込むと、円筒から漏れたであろう青緑色の薬液が、粘り気を帯びて靴裏に張り付いた。

「この液体、凄い邪気だね。あまり踏まない方がいいよ」

 コマが足を振りながら後ずさる。

「何か凄い力を持つ存在が、少し前まであの椅子に座ってたんだ。休んでたのか、調整でもしてたのかな」

 コマはそう言うと、鶴の方を見上げた。

「鶴、ここなら神器の映写機が使えるんじゃないかな」

「やってみるわ」

 鶴は虚空から黒い小さな映写機を取り出すと、周囲を見回す。

 液体だらけで置き場がないと思ったのか、鶴はコマの頭に映写機を置いた。

「なんで僕の頭なんだよ」

「他はベトベトしてるんだもの」

 そう言ううちにも映写機は光を帯び、過去の映像を映し出した。

 激しい邪気のせいなのか、映像にはかなりのノイズが走っていたが、円筒形の透明容器は液体に満たされ、中の椅子に一人の女性が座っている。

 長い髪、痩せてほっそりした手足。病人のように青白い肌。

 顔はよく見えないが、その身を覆う邪気の量は尋常ではなく、容器の内容液は沸騰したように激しく逆巻いていた。

「やっぱり水槽の中で休んでたんだね。邪気からして、間違いなくただの人間じゃないけど……」

 コマがそこまで言うと、映像は更に範囲を広げた。

 容器の手前に立つ、2人の若い男女を映し出したのだ。どちらもかなり背が高く、蜘蛛のように手足が長い。

 男の方は、肩ほどの長さに髪の毛を伸ばしていたし、女に至っては、足元に届く程の長髪であった。

 彼らの表情は重く冷たく、およそ感情と呼べるものがうかがえない。

「……多分、2人とも人間じゃないわね」

 鶴が呟くと、そこで嵐山が割って入った。

「……ちょ、ちょっと待って! こっちの女性……この人っ、第4船団うちの市民団体の代表者だし……!」

 嵐山は驚きで目を見開いていたが、それは船渡も同じである。

「いや、ていうかこっちの男、イミナ添機の代表だぞ……!?」

「……そ、そうなの? こっちもここ1年ぐらいかしら。急に勢いを増して、特に見返りも求めずに、随分と寄付とかして貰ってるの。第2船団との共闘は嫌っていたのに、どうして第2船団そっちの企業と密会してるの……?」

 映像はしばし乱れたりくっきりしたりを繰り返しながら、やがて音声を伴い始めた。

『……餌どもの出奔しゅっぽんは完了したのか、纏葉まとは

 男の方が尋ねると、女はさも面白そうに答える。

『はい、兄様あにさまおおせの通り』

 しなを作りながら答える女だったが、青年は淡々と続けた。

『高天原の神人が、そろそろここに気付くだろう。こちらは早急に放棄するが、お前も出来る限り事を急げ』

『はい、兄様あにさま

 女は優雅に頭を下げると、周囲に青紫の光を帯びる。そのまま女の姿は掻き消えてしまった。

 映像はそこで途絶えたが、誠は言いにくい事を口にした。

「…………あ、あの、船渡さん」

「な、何だよ鳴瀬くん」

 船渡はぎくっとして振り返る。

「ショックを受けてるところ申し訳ないんですが、さっきの映像の男…………あれ、四国で餓霊の黒幕だった、爪繰つまぐりってヤツの仲間です」

「そ、そんな……!?」

「以前、旗艦の監視カメラに映ってたんです。船団長だった蛭間ひるまと、くっついていた研究所の爪繰つまぐり。その2人の後ろにいたのがあの男です」

「……って事は、全部つながってたのか………俺はまんまとあいつらの誘いに……!」

 船渡はへなへなと座り込みそうになるが、足元がベタついている事に気付いて持ち直している。

 誠とコマ、そして鶴は、先の映像について話し合った。

 コマは前足を振り振り意見を述べる。

「繋がってきたね、ここが全部の大元だったんだ。日本のあちこちの工作は、ディアヌスのお膝元から糸を引いてたって事だよ」

「そうねコマ、いよいよ敵とご対面よ。市民団体とやらに行って、あの女をとっちめてやるわ」

「ヒメ子の言う通り、今はそれしか手がかりがないもんな」

 誠も頷いて、そこでふと気が付いた。

 先ほどから……いや、もっと前から、鳳の元気が無いのである。上の空のような表情で、時折何かを呟いている。

 誠はたまらず声をかけた。

「鳳さん……?」

「……えっ!? あっ、も、申し訳ありません……!」

 鳳は急いで片膝をつき、床を覆った液体でベトベトになった。

「うわっ、鳳さん!? どっか具合悪いんじゃないですか?」

「そ、そのような事は御座いません。それに私は、姫様と黒鷹様に身を捧げると誓っております。ご心配は無用でございます……!」

 鳳はなおも深々と頭を下げるので、長い髪が床についてしまっている。

 起こそうとしても起きないので、誠は話を早めに切り上げる事にした。

「と、とにかくヒメ子、早急にその市民団体とやらを調べよう。さっきの様子だと、そっちもいつ逃げ出すか分からないし」

「そうね、取り合えず行ってみましょう」

 鶴が言うと、鳳はようやく立ち上がった。

 髪や衣服を液体で汚しながら、きりりとした顔で言う。

「敵が巣食っているかもしれません。至急、全神連の応援を手配します」
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