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第三章その5 ~どうしよう!~ 右往左往のつるちゃん編
女神の叱責
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「ヒメ子のおかげでひとまず窮地は脱したけど……」
額の汗を拭う誠だったが、そこで不意に警告音が鳴り響いた。
「私の神器だわ。何かしら」
鶴がタブレット型の神器を取り出すと、神器は慌てるようにぴょんぴょん跳ねて、巨大化して宙に浮かんだ。
画面に映し出されたのは、ヒートアップした兵士達である。
「な、何だ……!?」
誠達は画面に見入った。
兵士達は口々に何かをわめき、言い争いを始めている。身につけた装備が違うため、それぞれ第2・第4船団の兵員のようだ。
「お前らがやったんだろうが!」
「ふざけるな、こっちの船団長も怪我してんだよ!」
1人が叫ぶと、他の者も怒鳴り返す。
「船渡さんに何かあったら、お前等ぶっ殺すからな!」
「こっちの言い分だろが! 嵐山さんがどんだけ頑張って来たか知らないのかよ!」
船渡も嵐山も、かつて神武勲章隊のパイロットとして人々を守り、船団長になってからも、戦地の若者達を気遣ってきたのだ。
なまじ絶大な人望を誇る両船団長が傷ついたため、若い兵士達は余計に頭に血が上っていたのだ。
画面は次々別の場所を映し出すが、どこも似たような有様だった。
第4船団で強い勢力を持つ市民団体は、大規模なデモ行進を行っている。彼等は口々に同盟の破棄を口にし、『無法のテロリストを許すな!』『第2船団と決別せよ!』とプラカードを掲げていた。
長い間に蓄積した、互いの船団に対する不満。そして目の前に迫る黄泉の軍勢への恐怖。
あらゆる負の感情が一気に噴き出し、能登半島全体が、激しい憎しみに覆われようとしていたのだ。
「どうしよう……このままぶつかったら、大勢怪我しちゃうわ。何か、何か手はないかしら……!」
鶴は見た事もない顔でうろたえていた。
無理も無い。今まで何もかも順調に進んでいたのに、あっという間にその優位が崩れ去ったのだ。
本州の激戦区に来て、かつてない困難に直面し、どうしていいか分からないのだろう。
「ヒメ子落ち着け、お前のせいじゃない。ヒメ子は船団長を助けただろ?」
誠は鶴をとりなすが、鶴はまだ混乱していた。
「そ、そうだわ! この出雲様の神器で……!」
鶴はそこで先ほどの縁結びの玉を見つめる。
「強引に霊力で縁結びするわ。怒ってる心に負けないぐらい、好きって気持ちに変えちゃえば……!」
だがそこで、コマが鶴の肩に飛び乗った。
「駄目だよ鶴、心を操っちゃだめだ!」
コマは必死に鶴をなだめる。
「さっき船団長に使ったばかりだし、しばらくは使えないはずだよ! それに神器はそんな事に使うもんじゃない、きっと反動で悪い事が起きるよ!」
「駄目よコマ、なりふり構っていられないわ!」
鶴は目を閉じて何かを念じた。だが神器の玉は応えようとしない。
「どうして!? ええい、もっと全力で……!」
鶴が更に念じようとしたその時だった。
「いい加減にしろ、鶴!!!!!」
大気が爆発したような怒声が響き、誠達は身を震わせた。
それは他の人々も同じである。皆一様に動きを止め、恐る恐る周囲を見回す。
「な、ナギっぺ…………」
鶴が小さく呟いた。
誠達の眼前には、見上げるような長身の女性が立っていた。
強い意志を秘めた切れ長の目。生命力に満ちた長い黒髪。
全身を激しい怒りの気配に包んだその女性こそ、誠達の戦いを導いてきた女神・岩凪姫である。
誠達が留守の間、四国や九州を守ってくれていたはずの女神は、今は厳しい顔で鶴を見下ろしていた。
女神を初見のはずの第2船団のパイロット達も、その迫力に気圧され、凍り付いたように動けない。
鶴は2歩、3歩と後ずさったが、そこで嫌々をするように首を振った。
「……ち、違うのナギっぺ。これはいつものイタズラじゃなくて。その、みんなを止めようとして……」
「……知っている。だがそれは許される事ではない」
鶴の言い分を、岩凪姫は切って捨てた。
「よいか鶴。人々を説得しようが、悪党をひっぱたこうが、最終的にどうするかは彼らが決める事。どんな道理も強要すれば歪みを生むし、この極限の戦いでは、そのわずかな歪みが命取りとなろう」
燃え上がるような霊気を立ち昇らせながら、岩凪姫は言葉を続ける。
「今は未曾有の危機だから、多少の無茶は許している。しかし本来この戦いは、現世の人々が主役なのだ。戦う武器も便利な道具も、お前が来る前からあっただろう。ただ日本をよくしたい、と願う人々の思いが、どうしても1つになれず空回りしていた。お前の魔法はその後押し、きっかけを作っているに過ぎない」
岩凪姫はそこでようやく語気を弱めた。
「……もちろん私も、お前の心根は認めよう。している事は贔屓目抜きに立派だ。だが忘れるな。お前は人々の案内役であり、ほんの少しの手助けをするだけ。その分を弁えねば、必ず禍が起きるぞ」
「……」
鶴は項垂れ、しばらく黙っていたが、やがて「ごめんなさい」と呟いた。
「……悔しいだろうが、今回は完敗だ。敵の方が上手だったと認めるべきだな。私も妹も、各地の地脈を編み直すので手一杯。私の力不足だし、お前だけの責任ではない」
女神はそこで腰を曲げ、鶴の目をじっと見つめた。
「だがな鶴、今出来る事が無いわけではないぞ? お前がこの世に来る前も、人々は出来る事を頑張ってきた。便利な魔法が無くたって、1つ1つやるべき事を積み重ねてな。お前達もそれに倣い、今はまっとうに出来る事をやりなさい」
「…………」
女神の言葉に、鶴は無言で頷いた。
女神はそこで誠達をも見渡す。
「……それでは私は持ち場に戻る。お前達を信じているから、あえてこの場を任せるのだ。お前達ならきっと出来る。私の自慢の教え子なのだからな……!」
岩凪姫はそう言うと、再び光に包まれ消えてしまった。
女神の気勢のおかげだろうか。
人々の衝突は比較的小規模で済み、奇跡的に死者は発生しなかったのだ。
額の汗を拭う誠だったが、そこで不意に警告音が鳴り響いた。
「私の神器だわ。何かしら」
鶴がタブレット型の神器を取り出すと、神器は慌てるようにぴょんぴょん跳ねて、巨大化して宙に浮かんだ。
画面に映し出されたのは、ヒートアップした兵士達である。
「な、何だ……!?」
誠達は画面に見入った。
兵士達は口々に何かをわめき、言い争いを始めている。身につけた装備が違うため、それぞれ第2・第4船団の兵員のようだ。
「お前らがやったんだろうが!」
「ふざけるな、こっちの船団長も怪我してんだよ!」
1人が叫ぶと、他の者も怒鳴り返す。
「船渡さんに何かあったら、お前等ぶっ殺すからな!」
「こっちの言い分だろが! 嵐山さんがどんだけ頑張って来たか知らないのかよ!」
船渡も嵐山も、かつて神武勲章隊のパイロットとして人々を守り、船団長になってからも、戦地の若者達を気遣ってきたのだ。
なまじ絶大な人望を誇る両船団長が傷ついたため、若い兵士達は余計に頭に血が上っていたのだ。
画面は次々別の場所を映し出すが、どこも似たような有様だった。
第4船団で強い勢力を持つ市民団体は、大規模なデモ行進を行っている。彼等は口々に同盟の破棄を口にし、『無法のテロリストを許すな!』『第2船団と決別せよ!』とプラカードを掲げていた。
長い間に蓄積した、互いの船団に対する不満。そして目の前に迫る黄泉の軍勢への恐怖。
あらゆる負の感情が一気に噴き出し、能登半島全体が、激しい憎しみに覆われようとしていたのだ。
「どうしよう……このままぶつかったら、大勢怪我しちゃうわ。何か、何か手はないかしら……!」
鶴は見た事もない顔でうろたえていた。
無理も無い。今まで何もかも順調に進んでいたのに、あっという間にその優位が崩れ去ったのだ。
本州の激戦区に来て、かつてない困難に直面し、どうしていいか分からないのだろう。
「ヒメ子落ち着け、お前のせいじゃない。ヒメ子は船団長を助けただろ?」
誠は鶴をとりなすが、鶴はまだ混乱していた。
「そ、そうだわ! この出雲様の神器で……!」
鶴はそこで先ほどの縁結びの玉を見つめる。
「強引に霊力で縁結びするわ。怒ってる心に負けないぐらい、好きって気持ちに変えちゃえば……!」
だがそこで、コマが鶴の肩に飛び乗った。
「駄目だよ鶴、心を操っちゃだめだ!」
コマは必死に鶴をなだめる。
「さっき船団長に使ったばかりだし、しばらくは使えないはずだよ! それに神器はそんな事に使うもんじゃない、きっと反動で悪い事が起きるよ!」
「駄目よコマ、なりふり構っていられないわ!」
鶴は目を閉じて何かを念じた。だが神器の玉は応えようとしない。
「どうして!? ええい、もっと全力で……!」
鶴が更に念じようとしたその時だった。
「いい加減にしろ、鶴!!!!!」
大気が爆発したような怒声が響き、誠達は身を震わせた。
それは他の人々も同じである。皆一様に動きを止め、恐る恐る周囲を見回す。
「な、ナギっぺ…………」
鶴が小さく呟いた。
誠達の眼前には、見上げるような長身の女性が立っていた。
強い意志を秘めた切れ長の目。生命力に満ちた長い黒髪。
全身を激しい怒りの気配に包んだその女性こそ、誠達の戦いを導いてきた女神・岩凪姫である。
誠達が留守の間、四国や九州を守ってくれていたはずの女神は、今は厳しい顔で鶴を見下ろしていた。
女神を初見のはずの第2船団のパイロット達も、その迫力に気圧され、凍り付いたように動けない。
鶴は2歩、3歩と後ずさったが、そこで嫌々をするように首を振った。
「……ち、違うのナギっぺ。これはいつものイタズラじゃなくて。その、みんなを止めようとして……」
「……知っている。だがそれは許される事ではない」
鶴の言い分を、岩凪姫は切って捨てた。
「よいか鶴。人々を説得しようが、悪党をひっぱたこうが、最終的にどうするかは彼らが決める事。どんな道理も強要すれば歪みを生むし、この極限の戦いでは、そのわずかな歪みが命取りとなろう」
燃え上がるような霊気を立ち昇らせながら、岩凪姫は言葉を続ける。
「今は未曾有の危機だから、多少の無茶は許している。しかし本来この戦いは、現世の人々が主役なのだ。戦う武器も便利な道具も、お前が来る前からあっただろう。ただ日本をよくしたい、と願う人々の思いが、どうしても1つになれず空回りしていた。お前の魔法はその後押し、きっかけを作っているに過ぎない」
岩凪姫はそこでようやく語気を弱めた。
「……もちろん私も、お前の心根は認めよう。している事は贔屓目抜きに立派だ。だが忘れるな。お前は人々の案内役であり、ほんの少しの手助けをするだけ。その分を弁えねば、必ず禍が起きるぞ」
「……」
鶴は項垂れ、しばらく黙っていたが、やがて「ごめんなさい」と呟いた。
「……悔しいだろうが、今回は完敗だ。敵の方が上手だったと認めるべきだな。私も妹も、各地の地脈を編み直すので手一杯。私の力不足だし、お前だけの責任ではない」
女神はそこで腰を曲げ、鶴の目をじっと見つめた。
「だがな鶴、今出来る事が無いわけではないぞ? お前がこの世に来る前も、人々は出来る事を頑張ってきた。便利な魔法が無くたって、1つ1つやるべき事を積み重ねてな。お前達もそれに倣い、今はまっとうに出来る事をやりなさい」
「…………」
女神の言葉に、鶴は無言で頷いた。
女神はそこで誠達をも見渡す。
「……それでは私は持ち場に戻る。お前達を信じているから、あえてこの場を任せるのだ。お前達ならきっと出来る。私の自慢の教え子なのだからな……!」
岩凪姫はそう言うと、再び光に包まれ消えてしまった。
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