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第三章その5 ~どうしよう!~ 右往左往のつるちゃん編
黄泉の軍勢
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能登半島の避難区より南西に数キロ。
つい先日、逃げ惑う被災者達を守ったこの場所は、異様な気配に包まれていた。
空はぶ厚い雲に覆われ、大地は時折赤く輝きながら震えている。
地表のあちこちから黒い煙が立ち昇っていたが、それらは全て大量の邪気が噴き出しているのだった。
「……凄いわ。このへんぜんぶ邪気だらけね……!」
機体の後部座席に座ったまま、鶴は珍しく真面目な顔で呟く。肩に乗るコマが、前足を上げて鶴に尋ねた。
「鶴、道和多志の大鏡はどうかな?」
「やってみるわ」
鶴が念じると、たちまち半透明の立体地図が浮かび上がった…………が、そこに餓霊の姿は見当たらない。
普段なら敵の見た目まではっきり描かれ、たとえ邪気が強くても最低限赤い光点で表示されるはずなのだが、今は地図全体が真っ赤に染まり、何の情報も読み取れないのだ。
「そこらじゅう真っ赤だ。これじゃ全然分からないよ」
コマが困っていると、画面に全神連のパイロット達が映った。
「姫様の神器にも映らないなんて、何なんでしょうね? こんだけ強い邪気だから、敵も勝負かけてると思うんですけど……」
湖南は肩をそろばんで叩きながら周囲を見回す。
才次郎と津和野も警戒していたが、今のところ異変は確認できないようだ。彼らの指揮下にある一般パイロット達も同じである。
……だがその時だった。
大地が一際強く輝くと、噴き出す黒い煙が勢いを増した。
同時に低く野太い声が、多重の読経のように木霊していく。
やがて地面から何かが顔を出した。先端が尖り、全体が円筒形をしたそれは、少しずつ背丈を上に伸ばしていく。
「何だこれ……柱か……!?」
誠が試しに射撃すると、柱は赤い光を帯びて攻撃を弾いた。それはどんどん長さを増し、また次第に数を増やしていくのだ。
そしてとうとう、何者かが現れた。
大地の蓋を突き破るのは、青白く巨大な骨の腕。そのまま巨人のごとき白骨が、ずるりと地表に姿を現す。
いや、一体だけではない。そこかしこの地面がひび割れ、無数の骸骨がこの世に這い出てきているのだ。
一瞬、誠の脳裏にあの髑髏の事件が思い出された。携帯電話に映る髑髏は、最後にこう言ったらしい。
『…………黄泉の国へ、ようこそ』
次の瞬間、骸骨達は黒い炎に包まれた。
雲はますます色濃くなり、その裾を激しい稲光が染め上げていく。
それに呼応するかのように、髑髏どもの体を鎧のようなものが覆っていった。戦国や鎌倉時代の武装ではない。鋼板を編み上げて作った鎧や兜は、各地の墳墓から発掘された、古代の防具のようである。
「挂甲の鎧に……衝角付きの兜……? まさか……!」
コマが緊張した声で呟く。
やがて骸骨どもは、不揃いの歯が生えた口を開いた。
骨は僅かに肉を帯び、しわがれた木乃伊のように枯れた肉が垂れ下がっている。
およそ筋力など発揮出来そうもない様相だったが、その全身から立ち昇る黒い邪気は、凄まじい勢いで天を突き上げている。
やがてコマが弾けるように飛び上がった。
「まっ、まずいよこれは!! 黄泉の軍勢だ!」
「黄泉の軍勢……!?」
誠が言うと、コマは冷や汗を流しながら頷く。
「完全には具現化してないけど、今までの餓霊とはわけが違う。そう簡単に呼べるはずないのに、どうして這い出て来たんだろう」
骸骨は、いや黄泉の軍勢とやらは、一歩前に踏み出した。
彼らの頭骨……その眼窩の奥には、もう眼球が生まれていた。血走った目で周囲を見回し、生者の血肉を求めているのだ。
その目に見据えられた途端、末端の兵士達は耐え切れず射撃を開始した。
生きとし生ける者の本能だろう。あれに触れられてはいけない。もしも奴らに掴まれれば、二度とこの世に戻れなくなってしまう……!
そんな原始的な恐怖が、兵士達の理性を破壊したのだ。
人型重機、そして車両からの猛攻撃が加えられたが、骸骨どもは少しも揺らがなかった。周囲を包む黒い邪気が、こちらの攻撃をことごとく中和してしまうのだ。
「コマ、あいつらに弱点はあるのか!?」
「無い!!」
誠の問いに、コマは即答した。
「黄泉の神の精兵だもの、弱点なんか全く無いよ! 触れたら命を吸い取られるし……遠間から狙うしか無いけど、今の武器じゃ無理だと思う」
コマがそこまで言うと、鶴が胸の前で手を合わせた。
「黒鷹、私達がやるしかないわ!」
既に鶴の全身は光に包まれ、懸命に精神を集中している。
「後ろはすぐ避難区だもの。ここで食い止めなきゃ、大勢死んじゃう!」
「了解っ!!」
誠が機体の強化刀を抜き放つと、そこに天から雷が降り注ぐ。鶴の魔法によるものだが、いつもよりずっと明るく、ずっと強力な稲光だ。
「まだまだよ、もっと全力で……!!!」
鶴が力を込めると、刀に宿る雷は、辺り一帯を照らすかのように輝いた。
誠は機体を操作し、迫る黄泉の軍勢に突進した。
黄泉の軍勢は、手にした直刃の太刀を振りかぶる。かざした刀にも黒い邪気が燃え上がるが、誠は怯まず、思い切り横薙ぎに切り結んだ。
目もくらむ雷光、激しい衝撃。
数瞬の後、さしもの黄泉の軍勢もバラバラになって薙ぎ払われていた。
挂甲の鎧は熔け崩れ、躯どもは体の大部分が吹き飛んだ形だ。
「やったわ黒鷹、やっつけたわ!」
鶴が喜び、誠の座席の背もたれに飛びついた。
…………だがその喜びは、長くは続かなかったのだ。
つい先日、逃げ惑う被災者達を守ったこの場所は、異様な気配に包まれていた。
空はぶ厚い雲に覆われ、大地は時折赤く輝きながら震えている。
地表のあちこちから黒い煙が立ち昇っていたが、それらは全て大量の邪気が噴き出しているのだった。
「……凄いわ。このへんぜんぶ邪気だらけね……!」
機体の後部座席に座ったまま、鶴は珍しく真面目な顔で呟く。肩に乗るコマが、前足を上げて鶴に尋ねた。
「鶴、道和多志の大鏡はどうかな?」
「やってみるわ」
鶴が念じると、たちまち半透明の立体地図が浮かび上がった…………が、そこに餓霊の姿は見当たらない。
普段なら敵の見た目まではっきり描かれ、たとえ邪気が強くても最低限赤い光点で表示されるはずなのだが、今は地図全体が真っ赤に染まり、何の情報も読み取れないのだ。
「そこらじゅう真っ赤だ。これじゃ全然分からないよ」
コマが困っていると、画面に全神連のパイロット達が映った。
「姫様の神器にも映らないなんて、何なんでしょうね? こんだけ強い邪気だから、敵も勝負かけてると思うんですけど……」
湖南は肩をそろばんで叩きながら周囲を見回す。
才次郎と津和野も警戒していたが、今のところ異変は確認できないようだ。彼らの指揮下にある一般パイロット達も同じである。
……だがその時だった。
大地が一際強く輝くと、噴き出す黒い煙が勢いを増した。
同時に低く野太い声が、多重の読経のように木霊していく。
やがて地面から何かが顔を出した。先端が尖り、全体が円筒形をしたそれは、少しずつ背丈を上に伸ばしていく。
「何だこれ……柱か……!?」
誠が試しに射撃すると、柱は赤い光を帯びて攻撃を弾いた。それはどんどん長さを増し、また次第に数を増やしていくのだ。
そしてとうとう、何者かが現れた。
大地の蓋を突き破るのは、青白く巨大な骨の腕。そのまま巨人のごとき白骨が、ずるりと地表に姿を現す。
いや、一体だけではない。そこかしこの地面がひび割れ、無数の骸骨がこの世に這い出てきているのだ。
一瞬、誠の脳裏にあの髑髏の事件が思い出された。携帯電話に映る髑髏は、最後にこう言ったらしい。
『…………黄泉の国へ、ようこそ』
次の瞬間、骸骨達は黒い炎に包まれた。
雲はますます色濃くなり、その裾を激しい稲光が染め上げていく。
それに呼応するかのように、髑髏どもの体を鎧のようなものが覆っていった。戦国や鎌倉時代の武装ではない。鋼板を編み上げて作った鎧や兜は、各地の墳墓から発掘された、古代の防具のようである。
「挂甲の鎧に……衝角付きの兜……? まさか……!」
コマが緊張した声で呟く。
やがて骸骨どもは、不揃いの歯が生えた口を開いた。
骨は僅かに肉を帯び、しわがれた木乃伊のように枯れた肉が垂れ下がっている。
およそ筋力など発揮出来そうもない様相だったが、その全身から立ち昇る黒い邪気は、凄まじい勢いで天を突き上げている。
やがてコマが弾けるように飛び上がった。
「まっ、まずいよこれは!! 黄泉の軍勢だ!」
「黄泉の軍勢……!?」
誠が言うと、コマは冷や汗を流しながら頷く。
「完全には具現化してないけど、今までの餓霊とはわけが違う。そう簡単に呼べるはずないのに、どうして這い出て来たんだろう」
骸骨は、いや黄泉の軍勢とやらは、一歩前に踏み出した。
彼らの頭骨……その眼窩の奥には、もう眼球が生まれていた。血走った目で周囲を見回し、生者の血肉を求めているのだ。
その目に見据えられた途端、末端の兵士達は耐え切れず射撃を開始した。
生きとし生ける者の本能だろう。あれに触れられてはいけない。もしも奴らに掴まれれば、二度とこの世に戻れなくなってしまう……!
そんな原始的な恐怖が、兵士達の理性を破壊したのだ。
人型重機、そして車両からの猛攻撃が加えられたが、骸骨どもは少しも揺らがなかった。周囲を包む黒い邪気が、こちらの攻撃をことごとく中和してしまうのだ。
「コマ、あいつらに弱点はあるのか!?」
「無い!!」
誠の問いに、コマは即答した。
「黄泉の神の精兵だもの、弱点なんか全く無いよ! 触れたら命を吸い取られるし……遠間から狙うしか無いけど、今の武器じゃ無理だと思う」
コマがそこまで言うと、鶴が胸の前で手を合わせた。
「黒鷹、私達がやるしかないわ!」
既に鶴の全身は光に包まれ、懸命に精神を集中している。
「後ろはすぐ避難区だもの。ここで食い止めなきゃ、大勢死んじゃう!」
「了解っ!!」
誠が機体の強化刀を抜き放つと、そこに天から雷が降り注ぐ。鶴の魔法によるものだが、いつもよりずっと明るく、ずっと強力な稲光だ。
「まだまだよ、もっと全力で……!!!」
鶴が力を込めると、刀に宿る雷は、辺り一帯を照らすかのように輝いた。
誠は機体を操作し、迫る黄泉の軍勢に突進した。
黄泉の軍勢は、手にした直刃の太刀を振りかぶる。かざした刀にも黒い邪気が燃え上がるが、誠は怯まず、思い切り横薙ぎに切り結んだ。
目もくらむ雷光、激しい衝撃。
数瞬の後、さしもの黄泉の軍勢もバラバラになって薙ぎ払われていた。
挂甲の鎧は熔け崩れ、躯どもは体の大部分が吹き飛んだ形だ。
「やったわ黒鷹、やっつけたわ!」
鶴が喜び、誠の座席の背もたれに飛びついた。
…………だがその喜びは、長くは続かなかったのだ。
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