上 下
46 / 87
第三章その5 ~どうしよう!~ 右往左往のつるちゃん編

黄泉の軍勢

しおりを挟む
 能登半島の避難区より南西に数キロ。

 つい先日、逃げまどう被災者達を守ったこの場所は、異様な気配に包まれていた。

 空はぶ厚い雲に覆われ、大地は時折赤く輝きながら震えている。

 地表のあちこちから黒い煙が立ち昇っていたが、それらは全て大量の邪気が噴き出しているのだった。

「……凄いわ。このへんぜんぶ邪気だらけね……!」

 機体の後部座席に座ったまま、鶴は珍しく真面目な顔でつぶやく。肩に乗るコマが、前足を上げて鶴に尋ねた。

「鶴、道和多志みちわたし大鏡おおかがみはどうかな?」

「やってみるわ」

 鶴が念じると、たちまち半透明の立体地図が浮かび上がった…………が、そこに餓霊の姿は見当たらない。

 普段なら敵の見た目まではっきり描かれ、たとえ邪気が強くても最低限赤い光点で表示されるはずなのだが、今は地図全体が真っ赤に染まり、何の情報も読み取れないのだ。

「そこらじゅう真っ赤だ。これじゃ全然分からないよ」

 コマが困っていると、画面に全神連のパイロット達が映った。

「姫様の神器にも映らないなんて、何なんでしょうね? こんだけ強い邪気だから、敵も勝負かけてると思うんですけど……」

 湖南こなんは肩をそろばんで叩きながら周囲を見回す。

 才次郎さいじろう津和野つわのも警戒していたが、今のところ異変は確認できないようだ。彼らの指揮下にある一般パイロット達も同じである。

 ……だがその時だった。

 大地が一際強く輝くと、噴き出す黒い煙が勢いを増した。

 同時に低く野太い声が、多重の読経どきょうのように木霊こだましていく。

 やがて地面から何かが顔を出した。先端がとがり、全体が円筒形をしたそれは、少しずつ背丈を上に伸ばしていく。

「何だこれ……柱か……!?」

 誠が試しに射撃すると、柱は赤い光を帯びて攻撃をはじいた。それはどんどん長さを増し、また次第に数を増やしていくのだ。

 そしてとうとう、何者かが現れた。

 大地のふたを突き破るのは、青白く巨大な骨のかいな。そのまま巨人のごとき白骨が、ずるりと地表に姿を現す。

 いや、一体だけではない。そこかしこの地面がひび割れ、無数の骸骨がいこつがこの世にい出てきているのだ。

 一瞬、誠の脳裏にあの髑髏ドクロの事件が思い出された。携帯電話に映る髑髏ドクロは、最後にこう言ったらしい。

『…………黄泉の国へ、ようこそ』

 次の瞬間、骸骨がいこつ達は黒い炎に包まれた。

 雲はますます色濃くなり、そのすそを激しい稲光が染め上げていく。

 それに呼応するかのように、髑髏どもの体を鎧のようなものが覆っていった。戦国や鎌倉時代の武装ではない。鋼板を編み上げて作った鎧や兜は、各地の墳墓ふんぼから発掘された、古代の防具のようである。

挂甲けいこうの鎧に……衝角しょうかく付きの兜……? まさか……!」

 コマが緊張した声で呟く。

 やがて骸骨どもは、不揃いの歯が生えた口を開いた。

 骨はわずかに肉を帯び、しわがれた木乃伊ミイラのように枯れた肉が垂れ下がっている。

 およそ筋力など発揮出来そうもない様相だったが、その全身から立ち昇る黒い邪気は、凄まじい勢いで天を突き上げている。

 やがてコマが弾けるように飛び上がった。

「まっ、まずいよこれは!! 黄泉の軍勢だ!」

「黄泉の軍勢……!?」

 誠が言うと、コマは冷や汗を流しながらうなずく。

「完全には具現化してないけど、今までの餓霊とはわけが違う。そう簡単に呼べるはずないのに、どうして這い出て来たんだろう」

 骸骨は、いや黄泉の軍勢とやらは、一歩前に踏み出した。

 彼らの頭骨……その眼窩がんかの奥には、もう眼球が生まれていた。血走った目で周囲を見回し、生者しょうじゃの血肉を求めているのだ。

 その目に見据えられた途端、末端の兵士達は耐え切れず射撃を開始した。

 生きとし生ける者の本能だろう。あれに触れられてはいけない。もしも奴らにつかまれれば、二度とこの世に戻れなくなってしまう……!

 そんな原始的な恐怖が、兵士達の理性を破壊したのだ。

 人型重機、そして車両からの猛攻撃が加えられたが、骸骨どもは少しも揺らがなかった。周囲を包む黒い邪気が、こちらの攻撃をことごとく中和してしまうのだ。

「コマ、あいつらに弱点はあるのか!?」

「無い!!」

 誠の問いに、コマは即答した。

「黄泉の神の精兵せいへいだもの、弱点なんか全く無いよ! 触れたら命を吸い取られるし……遠間とおまから狙うしか無いけど、今の武器じゃ無理だと思う」

 コマがそこまで言うと、鶴が胸の前で手を合わせた。

「黒鷹、私達がやるしかないわ!」

 既に鶴の全身は光に包まれ、懸命に精神を集中している。

「後ろはすぐ避難区だもの。ここで食い止めなきゃ、大勢死んじゃう!」

「了解っ!!」

 誠が機体の強化刀を抜き放つと、そこに天から雷が降り注ぐ。鶴の魔法によるものだが、いつもよりずっと明るく、ずっと強力な稲光いなびかりだ。

「まだまだよ、もっと全力で……!!!」

 鶴が力を込めると、刀に宿るいかづちは、辺り一帯を照らすかのように輝いた。

 誠は機体を操作し、迫る黄泉の軍勢に突進した。

 黄泉の軍勢は、手にした直刃すぐはの太刀を振りかぶる。かざした刀にも黒い邪気が燃え上がるが、誠は怯まず、思い切り横薙ぎに切り結んだ。

 目もくらむ雷光らいこう、激しい衝撃。

 数瞬の後、さしもの黄泉の軍勢もバラバラになって薙ぎ払われていた。

 挂甲けいこうの鎧はけ崩れ、むくろどもは体の大部分が吹き飛んだ形だ。

「やったわ黒鷹、やっつけたわ!」

 鶴が喜び、誠の座席の背もたれに飛びついた。

 …………だがその喜びは、長くは続かなかったのだ。
しおりを挟む

処理中です...