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第三章その4 ~手ごわいわ!~ ガンコ勇者の縁結び編

つるちゃんの大暴走1

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 作戦は第2段階、船団長への直接交渉へと移行された。

 応接室で嵐山を待つ誠達だったが、そうする間にも鶴の神器のタブレットには、全神連の輪太郎が映し出されていた。

「順調です姫様、精神的ダメージはかなり与えていますね。画面のメガネアイコンに触れてみて下さい」

「メガネアイコン……これね!」

 鶴が指で触ってみると、第2・第4船団長達の精神状態が『恋愛感情値』『拒絶値』などの棒グラフで表示されていく。

「両者とも、当初に比べ恋愛値が急上昇しています。かなり意識していますから、いよいよ姫様による直接攻撃をお願いします」

「全部まるごと承知したわ、任せて輪ちゃん」

 鶴はちゃっかりメガネをかけ、したり顔で頷いた。

「大活躍してる私だもの、どっちも無下むげに出来ないはずよ。たちどころに仲直りさせるからコマ、祝勝会の用意を」

「また調子に乗ってるなあ」

 そこで入り口の扉が開き、嵐山が入室してきた。

「ごめんなさい、お待たせしました。少し立て込んでしまって」

 190センチ近い長身で、ショートカットのさっぱりした黒髪。

 はきはきした言動がいかにも運動部のキャプテン、といった印象の彼女だったが、戦いの後遺症でかなり足を引きっている。

 ちひろや輪太郎もそうだったし、長期間戦い抜いてきた神武勲章レジェンド隊のメンバーは、皆一様に命をすり減らしているのだった。

 嵐山は背をかがめ、こちらに手を差し出してくる。

「改めまして第4船団の船団長・嵐山紅葉あらしやまもみじです」

「こんにちは、私は三島大祝家みしまおおほうりけに生まれた鶴よ。驚くほど気さくだから、姫でもつるちゃんでも好きなふうに呼んでね」

 鶴の肩に乗るコマも、前足を上げて挨拶した。

「僕はコマ、喋る狛犬だけどよろしくね」

「こ、狛犬?? う、うん、まあいいんだけど……」

 嵐山は目を丸くしたが、そこで誠の方に顔を向けた。

「それで、君が鳴瀬くんね。雪菜の秘蔵ひぞっ子の。大きくなったわねえ」

「は、はいっ、嵐山さん、お久しぶりです」

「活躍は聞いてるわよ~。あ、ごめん、皆さん座って」

 嵐山は機嫌よく言うと、誠達に椅子を勧めた。自らもドスンと腰を降ろすと、長い足の膝頭ひざがしらを手でさする。

「ごめんね、座り方荒くて。だんだん言う事聞かなくなっちゃってて」

「まあ、体が悪いの? 治してみようかしら」

 鶴が身を乗り出すので、コマが慌てて彼女を止めた。

「駄目だよ鶴、この人は特に酷いよ。邪気が長年染み込んで、神経と……魂そのものもひび割れてる感じかな。無理にやったら、魂が壊れちゃうかも」

「…………よく分からないけど、大した事ないし。気にしないでね」

 嵐山は力こぶのポーズで強がってみせる……が、当の彼女の背後には、神器のタブレット画面が浮かんでいたのだ。

 画面の恋愛感情値は少し低下して40%前後を上下しているが、拒絶値や警戒値はかなり低い。

 誠が雪菜の弟子である事に加え、元々が体育会系で気のいい人なのだろう。

 タブレット画面には『誠くん、懐かしいなあ』『雪菜は元気にしてるかな?』といった彼女の内心がチャットのように表示されていく。

 以前のおびえぶりはどこへやら、鶴はニヤリと悪い顔でささやいた。

「しめしめ、いい人そうだわ。これはチョロいわね」

 鶴の呟きをよそに、誠はタブレットを参考にして会話の糸口を探る。

「雪菜さんはよくバーベルひっくり返してますけど、最近は凄く元気で。あと九州の天草さんにも会ってきました」

「え、瞳も? そっか、そうだよね。九州も取り返したんだもんね!」

 嵐山は段々テンションが上がってくる。

 タブレット画面には『瞳も雪菜も元気なんだ』『会いたい!』『楽しいな!』といったポジティブな言葉がどんどん表示されていく。

「2人とも、早く日本を取り戻したいって毎日頑張ってますよ」

「そうなんだ。良かった、早く会いたいなあ……!」

 嵐山はそう言って微笑んだ。

 拒絶や警戒のグラフはゼロになり、そこで画面に全神連のメンバーが映った。彼らは『今だごうGO!』と書かれた垂れ幕を持ち、こちらに合図を送っている。

「きっとまた会えますよ。日本を取り戻したらいつだって……!」

 誠は覚悟を決めて、ずいと身を乗り出した。

「でもそのためには、嵐山さんの……第4船団の協力が必要なんです。いくらヒメ子が強くても、僕達だけじゃディアヌスには勝てませんから」

「…………」

 嵐山は黙って誠の顔を見つめている。

「もちろんすぐに全面的な交流なんて無理だと思います。だから、いずれ来るディアヌスとの決戦だけでも、協力していただけないでしょうか。まずは勝って生き延びなきゃですし、そのための一時的な共闘を。それが僕達からのお願いです」

 誠はそこで、とどめの言葉をしぼり出す。

「この10年に及ぶ災厄を、嵐山さんとの同盟で終わらせたいんです……!」

「……………………………………10年、か……」

 嵐山は自らの左手甲に目をやる。色あせてひび割れた逆鱗細胞げきりんを感慨深そうに眺め、再び誠に目を向けた。

「……分かったわ、こちらとしても味方は必要だもの。千里浜ちりはまでも大勢助けてもらったし、断る理由なんてないから…………たぶん」

(いよっし、やった! 何とかやり遂げたぞ!)

 内心ガッツポーズをしたくなる誠だったが、そこで鶴がとんでもない事を言い出したのだ。

「うんうん、めでたしめでたしね。船渡さんも同じ考えだと思うし、これで万事解決だわ」

 その名前が出た途端、嵐山はびくっと身を震わせた。

「ふ、船渡っ!? あいつが……あっいや、第2船団の船団長がどうかしたの……?」

「どうもこうもないわ、戦いに勝ったら、その後2人がくっつくだけよ」

「なっ、ななななっ……!!?」

 嵐山は言葉を失い、一瞬にして真っ赤になる。

「ヒメ子、お前何言ってんだよ!」

「そうだよ鶴、まだ早いってば!」

 誠やコマが抗議するも、鶴はまったく気にしていない。

「平気よ2人とも、もう同盟は成ったんだもの。ここから先は本音トークよ」

 鶴は好奇心き出しで身を乗り出し、無遠慮ぶえんりょに尋ねる。

「ずっと気になっていたのよ。映像では分からなかったんだけど、どうして2人は別れちゃったの?」

「ええっ、な、なんで知ってるの!? 誰にも言ってなかったのに!!」

「だからちょっと、さっきから鶴!」

 コマが必死に呼びかけるが、鶴は欲望のままに追及を続ける。

「知ってるものはしょうがないわ。2人がしっぽりと愛を誓ったのに、どうしてこんなに仲たがいしたのか……ううん、それは後回しでもいいから、今すぐにでも復縁して欲しいの。それが日の本のためなんだから」

「そ、そそそれはっ、だから……」

「さ、今から電話して、早くくっついて。言えないなら私が代わりに言っとくから。今でもメチャラブだから末永くヨロシクと」

「だっ、だめーっっっ!!!」

 嵐山は顔から湯気を出しながらソファーに横倒しになった。

「どうしてなの? 好きならお嫁に行けばいいじゃない」

「お、お嫁にっ……!?」

 嵐山はクッションを抱いたまま目を白黒させる。

「だっ、ダメなものはダメっ! おお大人には、責任ってものがあるんだからっ!」

 背後に浮かぶ神器のタブレットでは、拒絶値が激増している。

 グラフの下には『恥ずかしい!』『もう嫌ああ!』『なんでなんで、わけが分からない!』といった内容が高速で表示され、かなりパニック状態のようだ。

 そこで画面に輪太郎が映り、慌ててこちらに訴えかけた。

「姫様、拒絶値がかなり高まっています! ここは一旦引いて下さい!」

「何をしゃらくさい、ここが勝負どころだわ!」

 なおも食い下がろうとする鶴を引っ張り、誠とコマは室外へと退避していく。

「あ、嵐山さん、失礼しましたっ! また今度、じっくりお詫びさせて下さいっ!」

 誠とコマは頭を下げると、そそくさと退室するのだった。
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