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第三章その4 ~手ごわいわ!~ ガンコ勇者の縁結び編

思い出の芋づる方式。茹でたてのお蕎麦といっしょに

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「うっし、やるぞっ!!」

 着席して山積みの書類達と向き合うと、嵐山は頬をパンパン叩いた。本当は両手で叩きたかったのだが、今は左手に力が入らないのでやむなし。

 弓道部時代はよくこうして気合いを入れていたが、周囲からは気が散ると不評だった。


『ちょっと紅葉、それうるさいってば』

『ごめんごめん、つい癖で……』

『次やったらアイスおごりね?』


「………………」

 嵐山は手を止め、しばし感慨かんがいひたった。頬を打つ懐かしい痛みのせいだろうか。あの頃の記憶がどんどんよみがえってくる。

 10年前、まだこの国が健在だった頃。自分はごく普通の高校生だった。

 毎日眠気と戦いながら授業を受け、部活に行って、友達とじゃれあって。まさかあの頃は、日本が崩壊するなんて思ってもみなかった。

 見知った人はほとんどが亡くなり、友達は2度と会えなくなった。お気に入りおきにの店も壊されて、アイス屋もお団子屋も瓦礫に変わった。

 大抵の人は打ちひしがれたのだが、嵐山は怒っていた。

 好き勝手に大事な人達を喰い殺し、故郷の町を踏みにじった化物どもに、激しい怒りが沸きあがったのだ。

 奴らを倒せるという新兵器・人型重機のパイロットに志願して、そこからはもう無我夢中だった。

 まだまだ実験段階であり、操作用のOSオペレーションシステムすら未完成な人型重機は、毎回大きく破損した。属性添加機も未熟で、今の洗練された機体とすれば骨董品……いや歩く棺桶かんおけの類だっただろう。

 改良を加えながら使い続けた機体には愛着があって、今も倉庫区画に眠っている。

 でかいばかりで役に立たない、時代遅れのポンコツ君……でもそれは自分も同じなのだ。長い戦いのツケで、今ではろくに動けないのだから。

 だが嵐山は、我が身が特別不幸だと思わなかった。

 自分は少なくとも、高校まで普通の学生生活を送れている。でも今の子供達は、そんな楽しい時代を何も知らないのだ。

 何としてもあの幸せな日々を取り戻して、後輩達に味わって欲しい。見る物全てがキラキラ輝いていたあの世界を復活させて……そして復興した町に、みんなで「ただいま」って言いたい。

 そのためなら最後に残った命の一欠片ひとかけら、全部燃え尽きたって構わないのだ。

「よしっ、やるぞ! 2回目だけど!」

 嵐山は再び気合いを入れて、バリバリ執務に取りかかるのだが……そこで突然、懐かしいメロディーが室内に響いた。

「えっ……!?」

 一瞬、どきりとして手が止まった。

 音源は戸棚の音楽再生機器オーディオであるが、アップテンポのその曲は、避難区で見つけた古い音楽CDに入っていたはずだ。

 痛む体を引きずりながら戸棚に近付き、オーディオのスイッチを切る。

「な、なんでいきなり電源が入ったの……?」

 そう口走ったが、そもそも電源どうこうの問題じゃないのだ。

 どうしてあのCDがオーディオの中に入っていたのだろう。もう聞く事もないと思い、しまい込んでいたはずなのに……

「偶然……だよね……?」

 首をかしげる嵐山だったが、ふとオーディオのそばに、懐かしい写真立てを見つけた。

 神武勲章レジェンド隊の頃の写真であり、雪菜や天草、ちひろや明日馬といった後輩達とともに、昔の自分が映っている。そして隣には、あの船渡氏の姿もあった。

 まだ歳若い彼は、いかにも漁師の青年のような、純朴そうな笑顔を見せている。

「……こ、こんなもの、誰が置いたのよっ……!」

 こちらもやはりダンボール箱に投げ込んだはずなのに、どうして戸棚に出ているのだろう。掃除した兵員が箱をひっくり返し、ひとまず棚に置いたのだろうか?

 そっと写真立てを伏せる嵐山だったが、別の棚に目をやると、更に無数の品々が見つかる。

 妖怪の里・遠野とおので拾った河童のぬいぐるみ。

 色鮮やかな『チャグチャグ馬コうまっこ』のオモチャ。

 中尊寺金色堂ちゅうそんじこんじきどうのミニ模型。

 いずれも東北遠征の際、被災者達からもらった物だし……そしてあの人の故郷にゆかりのものだ。

「そ、掃除の子っ、何やってんの。全部しまっといたのに……!」

 嵐山は必死にそれらをかき集め、せっせとダンボール箱に押し込んだ。

 だいぶ大きくなったお尻がしゃがむのを邪魔している気がするが、恐らくきっと気のせいなのだ。最近運動不足ではあるが、太ってなんかないはず、たぶん……

 ……が、そこで更なる追い打ちが来た。

「……えっ!? この匂い……お蕎麦……!!?」

 鼻孔びこうをくすぐるのは、懐かしくも香ばしい蕎麦の香りだ。こんな所でするはずはないのだが……

「そ、そんなはずは……そんなはずは……」

 戸惑う嵐山の脳裏に、過去の思い出が容赦なく蘇ってきた。

『被災者の人がくれたんだ。ちょっとだけど、食べてみるか?』

 思い出の中の船渡氏……いや健児は、そう言って蕎麦を差し出した。

 蕎麦は透明フィルムにパッケージされ、そうめんのように棒状の乾麺タイプ。2束だけであり、量としてはわずかである。

『信州そば……天然ものでしょ? こんな貴重なもの、よくくれたわね』

任務しごとだからいらないって言ったんだけど、どうしてもって言うんだよ』

 健児はそう言って頭をかいた。

『嬉しいけど、そもそもつゆもないんだよなあ……』

 嵐山はしばらく蕎麦と健児を交互に見ていたが、そこでイタズラっぽく言ってみた。

『……ね。とっといて、平和になったら食べる事にしない?』

『賞味期限は?』

『乾麺でしょ。うちらとにかく頑丈だし、死にやしないわよ』

 嵐山は左手を腰に当て、右手の人差し指をちっちっと振って見せた。

『そもそも長引かせるつもりなんてないし。その分早く日本を取り戻せばいいじゃない?』

『…………確かにな』

 健児は納得し、麺を嵐山に手渡した。

『それじゃ保管よろしく。俺はガサツだから、すぐ無くしちゃうと思う』

『りょーかい、自分で分かってるじゃん』

 嵐山は蕎麦を受け取り、パイロットスーツの腰部側面収納サイドポケットに納めた。

『まあこれだけじゃ、わんこそばでもちょっとだねえ』

『わんこそばかあ……うわあ、また食いてえな……!』

 健児は宙を見上げて思い出にひたる。

 彼は元々将来有望な野球少年であり、また食欲も旺盛だったので、わんこそばの子供記録を持っていたのだ。

 健児は食欲を振り切るように頭を振り、嵐山は笑ってそれを眺めていたのだ。



「……………………っ」

 嵐山は、しばし無言で立ち尽くしていた。

(いつの間にか忘れてたけど…………あのお蕎麦、今はどこにあるんだろう……?)

 だが嵐山が無意識に戸棚に手を伸ばしかけた所で、通信端末のベルが鳴った。

 画面に映る秘書官の女性は、手短に用件を告げてくる。

「嵐山船団長。市民団体代表・まとい様からのご連絡です」

「りょ、了解っ、机で取るから」

 嵐山は回想を断ち切り、足を引きずりながら執務机に戻った。

 受話ボタンを押すと、机上の画面に女性の姿が映し出された。

 痩せて線が細く、肌は白磁のように血の気が薄い。少し縮れた黒髪で、目の周りにはかなり濃いアイラインが引いてあった。

 彼女は第4船団で代表的な市民団体の長である。

 市民の精神ケアのため、宗教行為も行っているらしいが、船団への資金援助も多く、方針決定の際には彼女に何かと相談しているのだった。
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