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第三章その1 ~任せてちょうだい!~ 同盟なんてお手のもの編

マヨネーズは高性能地雷

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 誠が用を済ませると、鳳はかわやから少し離れて待っていてくれた。

 2人は並んで廊下を歩く。

 木の床はあめ色に磨き抜かれ、所々の行灯あんどんが、柔らかな光を振り撒いていた。

 この建屋がどこにあるのかは不明だったが、辺りは完全に静まり返っている。

「……ここって、普通の場所じゃないんですよね?」

「一応現世ではあるのですが、神々の力で空間を捻じ曲げ、周囲と切り離しています。ほりに囲まれたお城に、橋がかかっていないと思って下さい」

「決まった入り口はあるんですか?」

「邪気が薄くてあまり離れていないなら、どこからでも入れますよ。神々に思念を送り、許可された場合のみ繋がるんです。そうでなければ、魔に攻め入られる危険がありますので」

 鳳は語りながら、少しだけ顔を険しくした。

「……もちろん魔族も同様に、隠れ里が存在しています。敵も用心深く、なかなか見つけられなかったのですが……」

 言い辛い事なのかと思い、誠は念のため鳳に尋ねた。

「……その話、僕が聞いていいんですか?」

「はい、冒険が進みましたので」

 鳳はそこで表情を緩めた。

「あなたが戦いを進めたら、達成した段階までの事は話してよいと言われております」

「うーん……そういうもんですか」

 誠は腕組みして首を傾げた。

 鳳は微笑んで、気遣いの言葉をかけてくれる。

「九州でも戦い詰めで、勝てばすぐこちらへ飛んできて、本当にお疲れでしょう」

「それはまあ……でも、さっき皆さんに任務の話を聞いたんで。昔から、人知れず守ってくれてたんだなって思って。それに比べたら全然だなって」

 誠が言うと、鳳は少し感慨深げに目を伏せた。

「…………本当は、もっと沢山いたのです。今日ここに来られない者も、任務だったり、怪我をしていたり。10年前の事態には、それこそ大勢死にました。鳳の一族も今は私だけ…………でもそれが私どもの誇りであり、お役目なのです」

 鳳はそこで我に返ったように、再び誠の顔を見た。

「もっ、申し訳ありません。折角来ていただいたのに、こんな暗い話になって。そうだ、めはり寿司は召し上がりましたか?」

 鳳は両手の指で輪を作り、『これぐらいの大きさ』と示してくれる。

「故郷の名物なのですが、高菜の葉でご飯をくるんだたわら型のお寿司です」

「って事は、どこ出身なんだろう」

「紀州和歌山、とってもいい所ですよ。有名な高野山こうやさんもありますし、日本では珍しい、白い砂の海水浴場もあります。祖父母は全神連でも、特に紀州杉の管理をしていました。何と言っても、200年先の神社の建て替えを考えて植林しているんですから」

 鳳は誇らしげにそう語った。

「思い出しますねえ、祖父母のおうち。台所の入り口に珠暖簾たまのれんがあって、炊飯器は古い花柄で。仏壇のお菓子はすごく懐かしい種類で」

 珠暖簾たまのれんというのは、木の玉をジャラジャラと縦につないだ暖簾である。古い家にはよくあって、誠の実家にも昭和の時代から受け継がれていた。

「祖父母は胃が強かったので、めはり寿司にたっぷりマヨネーズを付けて食べていましたね」

「ま、マヨネーズ……?」

 唐突な横文字に、誠は思わず反応してしまった。

「どうされました?」

「い、いや、鳳さんて古風な印象だから、マヨネーズとか言われると違和感があって……」

 その一言が地雷だった。

 鳳の顔は、今まで見た事のない動きをしたのだ。

 口があわあわと動き、目が見開かれ、顔が一気に真っ赤になった。

「ちょっ、ちょっと黒鷹殿、なめないで下さいっ! 私はそんな古い女ではありませんっ!」

 鳳は珍しくヒートアップして訴えかける。手にした太刀を握り締め、ぐいぐい顔を近付けてきた。

「あっあなた、恐ろしい人ですね! 物分かりの良さそうな顔をして、実はそんな目で私を見ていたのですか!? 田舎物の堅物かたぶつだと思って、甘く見ないで下さい!」

「いっいえ、全然まったく、甘く見てないです! 俺も長野と愛媛のハーフだし、信号機が1個しかない島でしたし」

 鳳は話を聞かず、どこからか教科書のようなものを取り出す。

「確かに小さい頃は、年寄りみたいってからかわれて、泣いた事もありますよ! でもこの通り、全神連には若者文化のカリキュラムがあるのです! これがテキストですが、おかげで修行漬けの毎日であっても、最新の話題から今風ナウいファッションまで把握出来るんです!」

 鳳は段々鼻息が荒くなり、誠にテキストを押し付けてくるが、テキストの発行日付はまさかの昭和だった。

 表紙の男はリーゼントヘアーだし、女性は小麦色に日焼けして、頭に大きなリボンを巻いていた。

 男女の背景は、木の柱が壁に浮き出た欧風家屋ハーフ・ティンバーが並ぶ軽井沢かるいざわの町並みであり、特集記事は『トキメキ青春スペシャル・避暑地で夏☆しちゃおうぜ!』との事だった。

「おかげで任務でも、自信を持って周囲に溶け込む事ができます! いきな洋菓子にも詳しいですし、縁側でし柿とか食べる女だと思わないで下さい!」

「お、思ってません! 縁側で干し柿なんて思ってません! 縁側は座るとこです。何も干してないですから。うちは干物ひものとか干しましたけど、鳳さんは干しません」

 誠は必死に鳳をなだめ、彼女はようやく少し落ち着いてきた。

「うっ……」

 もう一度何か言いかける鳳だったが、誠は慌てて「干しません!」とさえぎった。

 これで完全に我に返ったようで、鳳は赤い顔で俯いたまま、再び歩みを進めた。

「……も、申し訳ありません。ちょっとその、トラウマが蘇りまして…………」

「い、いえ、大丈夫ですけど。成敗されるかと思って」

 苦笑する誠に、鳳は消え入りそうな声で答える。

「……成敗なんてしません。それは懲罰方ちょうばつがたの仕事ですから」

「懲罰方、ですか?」

 確か以前、女神がその言葉を口にしたと誠は思った。

「悪い神職や公僕こうぼくなどに、罰を下す部隊がいるのです。最初は警告から始まり、最後は命を奪う事になります」

「や、やっぱ怖いな……でもそういう霊力のある人だと、死んで呪ったりしそうですけど」

「怠け者の呪いなど、すぐ消えてしまいますよ。死して思いを維持するには、並々ならぬ精神力がいりますので」

 鳳は断言して首を振った。

「…………怨霊になって本当に恐ろしいのは、心に大義たいぎを持つ人です。辛かろうが苦しかろうが、そういう人はやめませんから」

 いつの間にか、元の部屋の入り口まで来ていた。

 室内から口笛が聞こえ、やんやの喝采かっさいが漏れてくる。

 鳳は少し名残惜しそうに誠に微笑む。

「……それじゃ、戻りましょうか」

 誠は頷いて、2人は室内に入っていった。
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