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第三章その1 ~任せてちょうだい!~ 同盟なんてお手のもの編

ぽっと出は許さない

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 神使のキツネはチッと舌打ちし、刀を壁から引っこ抜く。

「くそっ、このとうへんぼく、無駄に反応がよおなっとる」

 誠は後ずさり、内心ドキドキしながら言い返した。

「……な、舐めるなよっ、お前達の動きなんかとっくに見切ってるんだ……! これ以上いくら襲っても無駄だから、早いとこ諦めてくれっ」

 神使のキツネはニヤリと笑った。

「ほーう、それならこれはどうや?」

「えっ……? うわっ、うわあああああっ!?」

 誠はそこで周囲を見渡し、血の気が引くのを感じた。

 いつの間にか通路を埋め尽くす、小さなキツネや狛犬達の大軍。

 鎧姿に刀に槍。見た目には可愛いが、命を狙われる身としてはたまったものではない。

「見たか、ここは全神連・西国本部さいごくほんぶのお膝元や! 姫様の呼び出しに頼らんでも、こんだけの数が集められるんや!」

 リーダー格のキツネが得意げに言い放つ。

「ものども、やったるでっ!」

 キツネや狛犬達が刀を構え、ときの声を上げて押し寄せてくる。

 誠は必死で逃げながら叫んだ。

「ちょっ、ちょっと待て、こっちは魔王のディアヌスがいるんだろ!? ディアヌスと戦う前に、俺を始末していいのか!?」

「アホ言うな、ぽっと出のお前なんぞおらんでも、ワイらだけで楽勝や!」

「せや、今までならともかく、ラスボス相手に手柄立てさせるかいな! 神様に褒められるのはワイらやで!」

 キツネ達は口々に関西弁でわめき立てる。

「くっくそっ、この理不尽なケダモノどもめっ!」

 誠は必死に通路を逃げ惑ったが、逃げる先々から別の隊が押し寄せてくる。

 階段を上ろうとすると上から、ドアを開けるとその中から。

「大人しくせえ、痛いのはほんの一瞬や。この剣にかかれば、魂まで分解されて二度と生まれ変われへんでえ」

「なんでそこまで俺を憎む!? おいヒメ子、何とか言ってくれ!」 

 誠はたまらず鶴に助けを求めたが、鶴はまだうっとりと品々を眺めていた。

「素敵だわあ。でも、どれもお高いんでしょう?」

「いえいえ姫様、そっちの方は心配いらないんですよ」

 そこで湖南がそろばんを弾き始めた。

「既に姫様じるしの商品をプロデュースしてますので。このぐらい、がっぽがっぽと経済効果が」

 鶴は俄然興味がぜんきょうみを引かれた。

「ほほう、その売り上げがあれば、黒鷹と幸せに暮らせるかしら」

「出来ます出来ます、何百年でも出来ますよ」

「ですって黒鷹」

「ですってと、言われましてもっ!」

 誠が階段まで追い詰められ、神使達の攻撃をかわしながら返事をすると、おかっぱ頭の少年・才次郎が肩をすくめている。

「あーあ、やだなあ近江おうみ商人は金にがめつくて。ねえ黒鷹さん」

「きっ、君はっ、才次郎君だっけ!?」

「いかにも僕は尾山おやま才次郎さいじろう、加賀100万石の出身さ。才次郎ってのは、おじい様が九谷焼くたにやきの創始者から付けたんだよ」

 才次郎は上機嫌で語り続ける。

「ここだけの話、加賀ってほんとにいい所だからね。海の幸は脂が乗ってるし、和菓子も料理も文化も最高。だから商売っ気でガツガツされると引いちゃってね。もうちょっと心の余裕ってやつを、うぎゃっ!?」

 才次郎は顔を押さえてひっくり返った。

 いつの間にか湖南が近づき、そろばんでガリッと彼の顔を引っかいたのだ。

「こら才次郎っ、あんたはボンボンだから知らないだろうけど、復興にも沢山お金がいるのっ。全神連のお台所も、今は火の車なんだから」

 説教する湖南に、あの上品そうな女性・津和野つわのも同意した。

「出来るだけ早く復興しなくてはなりませんものね。出雲様のお社も、早く遷宮せんぐうしたいですし」

「い、出雲様って、あの出雲大社いずもたいしゃの……?」

 誠は追い詰められ、階段の手すりにぶらさがったまま問いかける。

 下を見ると、神使達が熱湯の煮えたぎる釜をスタンバイしている。落ちたら間違いなく命は無いが、津和野さんは助けてくれない。

「ええ、正式には出雲大社いずもおおやしろですけれど。私の家は表向き、参道でお土産屋さんを装っております。他にも何軒か、参道には全神連がおりますわ」

「その割には津和野はご縁がないんだよねえ、やっぱり性格の問題だよ、うぎゃっ!?」

 才次郎がまた余計な事を言ったため、湖南がそろばんの追撃を加えた。

 津和野が何事か唱えると、光の注連縄しめなわが才次郎を縛り上げていく。

 更に注連縄から光の手が何本も伸びると、彼の体をくすぐり始めた。

「うひ、うひゃひゃひゃっ、ごめんっ、津和野、ごめんなさいっ!」

「駄目ですわ。私深く傷つきましたの」

 津和野はニコニコしつつくすぐりの手は緩めないが、誠もそれどころではない。

「ぐ、ぐああっ、お前ら、なんて卑劣な……!」

 手すりにつかまる手を、キツネや狛犬にぐりぐりと踏まれ、誠は苦悶くもんの声を上げる。

「それにしてもっ、どうしてこんなに俺に殺意があるんだ……!」

 誠の問いに、津和野が振り返って答えた。

「それは当然ですわ。私達も神使も、幼少から厳しい修行に励んできました。その我々を差し置いて、ミジンコ並みの霊力しかないポッと出のあなたが、日本奪還の大任をおおせつかった。掛け値なしに憎いですわよ」

 津和野のくすぐり魔法が緩んだだめ、途端に才次郎が元気を取り戻す。

「やだねえもう、日本が守れればどうでもいいじゃないか。そんな性格だからご縁がないんだよ。それに引き換えこの僕は、加賀100万石の名に恥じぬ……うひゃひゃひゃ、うぎゃああっ!」

「私ほんとに傷つきましたの。いつもの百倍くすぐりますわ」

「あたしもそろばん百往復よ」

「ごめんっ、ごめえええんっ!」

 騒がしい一同を眺めながら、大和君を乗せた鹿……顔に傷があり、煙管きせるをくわえた神使が言った。

「……ま、ぽっと出のてめえは気に食わねえが、てめえの腕はじかに見てたシカめた。だから生かしておくわけよ」

「だったらこいつら止めて、うわああっ!」

 誠はとうとう落下しながら叫んだ。

 下で待つ煮えたぎる釜にダイブするかと思ったが、そこで宙に体が浮かんだ。

「……黒鷹、何やってるの?」

 ふと見ると、鶴が不思議そうに手すりから身を乗り出して誠を見ている。

「た、助かった……」

 誠は気疲れからへなへなと力が抜けるのだった。
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