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第三章その1 ~任せてちょうだい!~ 同盟なんてお手のもの編

そうだ、京都に行こう

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『そうだ、京都に行こう』

 このキャッチフレーズがどの時代いつからあるかは分からないが、日本人は昔から、人生に暇が出来ると京都に行った。

 実際誠も幼い頃、両親と京都旅行をした事がある。

 普段は「上品な作法? しゃらくさいわ!」と断ずる母ですら、古都に来れば魔法にかかった。

 新緑の彩る清水寺きよみずでら参道を歩きながら、脇の茶店にしゃなりと入り、お茶に和菓子などたしなんでみる。(※当然おかわりはするが)

 暇つぶしにバタフライで太平洋まで泳ぐ母が、貴船きふねの涼やかな川床かわどこに座り、水音に耳を傾けながら、上品にお料理をいただくのである。

 そういう文化的な自分に酔いたいだけだったのだろうが、旗艦『出雲』の通路に並べられた品々を眺め、鶴は当時の母のように楽しげであった。



「わあ、凄いわあ。なんて美しい、なんてみやびなのかしら。ああ分かる、この優雅さ、この上品さ。これこそ私が求めるものね」

 通路を進むのは、鶴や誠、コマの他に、第4船団のパイロット達。そして鹿の背に乗ってお昼中の大和くんである。

 藤色の髪の少女・湖南こなんは、愛想よく展示品の説明をしてくれた。

「いかがですか~? こういう展示をしてる船団は珍しいですけど、船団長のご方針なんです。頑張って復興させるために、文化を忘れないようにしようって」

 通路の両サイドに並べられた品々は、確かに見事の一言だった。

 華やかな西陣織にしじんおりの着物、色とりどりで目に楽しい京小物。

 ……いや、京都の品だけではない。この第4船団に所属している近畿・北陸・山陰の名産が、所狭しと並べられているのだ。

 西陣織にしじんおり加賀友禅かがゆうぜんといった着物類の隣には、岐阜の名産である美濃焼みのやきが飾られている。

 高名な美食家・北大路きたおおじなんたらが愛したという織部おりべ皿、そして深いあめ色の菊花皿。

 さらには滋賀の信楽焼しがらきやき、石川の九谷焼くたにやきなど、焼き物コーナーが続いているようだ。

 狛犬のコマは周囲を見回し、感嘆かんたんの声を上げた。

「確かに凄いね。まるで名産品の万博ばんぱくだ」

「まあ、わんぱく? イタズラ自慢が集まるの?」

 鶴は不思議そうに首を傾げる。

「違うよ鶴、万博! 万国博覧会ばんこくはくらんかいさ。いろんな国から面白い展示品が集まるお祭りなんだよ」

「それはいいわね、私もやるわ。つるちゃんわんぱくカップとでも名付けましょうか」

 そんなふうに会話しながら、鶴とコマは名産品を見学している。

 いくら瀬戸内に名をはせた三島大祝家みしまおおほうりけの娘とは言え、田舎に育った鶴にとって、華やかな品はさぞ珍しいのだろう。

(……そう言えばヒメ子、髪伸びるの早いな)

 誠はふと気が付いた。

 現世に来た時は肩に届かなかった髪も、わずかな間にもう届き始めている。

 もうちょっと伸びたら、戦国時代の頃のように、根結ねゆいの垂髪たれがみ……つまりポニーテールに戻せるだろう。

 かつて前世の誠と死に別れ、悲しみから髪を切り落とした彼女が、ようやく以前の姿に戻る。

 きっとその時が、日本を取り戻せる時だ。絶望に包まれていたこの国に、笑顔が戻る時なのだ……と誠は信じたくなった。

 鶴は誠の内心も知らず、腰に手を当てて周囲を見渡した。

「うんうん、まさに私に相応しいわ。素晴らしき歴史と伝統が今、私という可憐な花にマリアージュよ。発音も大事ね。マァリ、メァリアージュかしら」

 見かねてコマがツッコミを入れた。

「いつにも増してスットコドッコイだけど鶴、上品な物が珍しいって事だね」

「何がスットコドスコイよコマ。私は元々お上品よ?」

「どの口が言うんだ」

 そんな鶴達をよそに、誠は歩きながら隣の湖南に語りかけた。

「しかし驚いたな。九州で会った全神連の皆さんが、第4船団のパイロットなんて」

「今はお金も人も不足してるんで。いざとなったら空間転移で戻ってこれますし。私は転移術が苦手なんですが、あらかじめ大掛かりな術を、船の中に組んでおきましてね」

「九州で魔族が使ってた、長距離移動の魔法陣みたいな?」

「そうですそうです。あ、でも、船はほんとに燃料を食いますから、全神連でも予算がしんどくてですねえ」

 湖南は首から下げたそろばんを、パチパチ弾いて説明を続ける。

「まあ忙しいとは言っても、最近までそれなりに融通が効いてたんですよ。今の船団長は体を壊したご経験があるので、部下の健康に気を使ってくれるんです。うるさいぐらい休憩を言われますし……」

 湖南は手の指を角の形にして頭に乗せた。どうやら鬼のように怒られるという意味らしい。

「……で、その船団長にご紹介しようと思ったんですが、あいにく具合が悪いとのことで。別の関係者に取り次ぎます。彼も全神連ですし、元は神武勲章レジェンド隊のパイロットなので、いろいろ顔が効きますよ」

「まあ嬉しい、味方がいると心強いわねえ」

 鶴はこういう時だけ会話に参加し、わざとらしくハンケチで涙をぬぐう。

「九州では信用してもらうまでに、それは大変な苦労をしたから。私が真面目に頑張ったから良かったものの、不真面目なら本当に危なかったわ」

 コマはジト目でツッコミを入れる。

「だからどのへんが苦労したのさ」

「まあ、だまらっしゃい、失礼な狛犬ね! チムパムヂー並みの無礼さだわ!」

「なんで急にチンパンジーに例えるんだっ」

 いつものように揉め始める2人を眺めつつ、誠は信楽焼しがらきやきコーナーにさしかかった。

「あ、そこはうちの祖父がやってた信楽焼ですね! 普通のもいいんですが、このちょっと変わった青いお皿とかいいでしょう?」

 湖南が途端にテンションを上げて説明してくれる。

 皿ももちろん見事だったが、信楽と言えばやはり狸だ。

 オーソドックスな狸、また現代風に可愛くアレンジされた狸に混じって、子犬サイズの小さなキツネも並んでいた。

「へえ、信楽にはキツネもあるのか……って、うわっ!?」

 反射的に身をかわすと、キツネが誠の眼前を通過し、壁に刃を突き立てていた。
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