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第三章その1 ~任せてちょうだい!~ 同盟なんてお手のもの編

報告は怖い。失敗なら尚更だ

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「……き、気が重いのお……なんか毎回怒られとる気がするわい……」

 薄暗い室内に座したまま、巨体の鬼は緊張をまぎらわすように呟いた。

 着物のソデを破ったような衣服に、熊の毛皮を縫い合わせた上着。

 短い髪は荒々しく絡み合って、そこから2本の角が突き出している。

 いかにもお伽話とぎばなしに出て来そうな、典型的な鬼の風体ふうていだ。

 彼は落ち着き無く金棒をいじり回していたが、見かねて隣の鬼が声をかけた。

「気のせいじゃないじゃろ剛角ごうかく、実際毎回怒られとるんじゃ。ええから大人しくしとけ」

 一見して性別が分からない、髪の長いわらべのような鬼は、そう言って胡坐あぐらを組み直した。

 体は小さいものの、ひざには人が数人がかりでも動かせないような、どでかいおのを乗せている。

「そうは言うても紫蓮しれん、怒られるんはお前も原因じゃろがい」

「それを言うな、あの時はわしも夢中だったんじゃ」

 鬼達はこそこそとささやきあっている。

 彼らがいるのは、神社の拝殿はいでんに良く似た場所であり、要するに以前鬼達が呼び出された、魔族達の集合場所なのである。

 室内には鬼達の他にも何人かが座っていた。

 一人は波打つ金髪で、派手な原色のスーツ姿の青年。

 もう一人は長い髪を結い上げ、やはりスーツに身を包んだ女性であった。

 青年はチャラついた外見にたがわず、きょろきょろしながら隣の女に話しかけたが、女はじろりと睨みつける。

「……ほむら、あなた黙ってなさい。今ふざけたら承知しないわよ」

「けど燐火りんかちゃん、前線の序列でいやあ、不知火しらぬい様の次は俺っちだぜ? 俺っちが報告するのが筋だろ」

「バカおっしゃい、あなたに報告させたら全員の首が飛ぶわよ。死にたくなければ余計な事言わないでっ」

 女が焔の頭をひっぱたくと、更に隣にいた男が笑い声を上げた。

「ケケケ、毎度失敗する奴らも大変だなオイ」

 やや小柄な体つきで、荒々しく逆立つ髪、派手な戦化粧いくさげしょうほどこした顔。

 虎柄の毛皮に身を包む彼は、以前にも鬼達をからかった相手であった。

「どうだい鬼に熊襲くまそども、一緒に言い訳考えてやろうか?」

「く~っ、この虎丸とらまるっ、嫌味ったらしいクソ畜生め。無明権現むみょうごんげん様さえおらんかったら、速攻で毛皮にしてやんのによ」

 巨体の鬼・剛角が呟くが、悔しげなのは他の面々も同じである。

「いいねえミスター剛角、出来上がったら俺っちにも売ってくれよ」

「そうね、あたしも襟巻えりまきが欲しいわ」

「わしは腰布こしぬのがええぞ、剛角」

 鬼も熊襲も抗議の視線を虎丸とらまるに向けたが、彼は涼しい顔でふんぞり返った。

「ケケ、負け犬どもが言ってるぜ。安心しろや、日の本はこの虎丸様が手に入れてやる。お前らもはじっこで良ければ住ませてやるからなあ」

「んぎぎぎっ、こいつっ!!! ぐはっ!?」

 剛角が立ち上がり、虎丸に歩み寄ろうとしたが、小柄な鬼と熊襲の男女が足を掴んで引き倒した。

「だから剛角、暴れるなっつっとるじゃろうがっ! 反省したふりしとけ!」

「ふりじゃないわい、反省しとるわいっ! 反省しとるけど我慢出来んだけじゃい!」

「なお悪いわ!」

 紫蓮が怒鳴るが、そこで拝殿の奥に薄明かりが灯った。

 一同が座する場より一段高い高座こうざには、古式のすだれ……つまり御簾みすが降ろされていて、その向こうに一人の青年が現れたのだ。

 直衣のうし姿に烏帽子えぼしを被り、平安風の装いをしているものの、その強力な霊圧は、魔族の一同でも背筋の凍るものである。

 名は夜祖大神やそのおおかみ

 魔族の中でも土蜘蛛つちぐもと呼ばれる一派を率いる祖霊神おやがみであり、智謀智略ちぼうちりゃくを得意とするのだ。

「こっ、これは夜祖大神やそのおおかみ様、大変失礼しましたっ!」

 一同は素早く剛角の頭を掴んで下げさせながら、自分達も頭を下げた。

 あの虎丸と呼ばれた粗暴な男も、今は緊張した様子でかしこまっている。

 一同を代表し、燐火が重い口を開いた。

「……こっ、ここ、この度はっ……私どもの不手際から鎮西ちんぜいを失う事となり、ま、誠に申し開きの言葉も無く……」

 燐火の顔に汗が伝った。

 四国を奪還された今、人間達が本州に攻め上るのを防ぐため、横手から牽制できる九州はどうしても必要な陣地だった。

 それをおめおめと奪われたとあれば、この場で八つ裂きにされてもおかしくは無い。

 本来こうした場面には魔族の要人がのぞみ、神のご機嫌をとるべきなのだろうが、あいにく鬼神族の刹鬼姫せっきひめも、熊襲族の不知火しらぬいも、負傷して休養を余儀なくされている。

 かと言って、今も隠れ里にいる一族の重鎮じゅうちん達は、知らぬ存ぜぬで関わろうとしないだろう。

 燐火達のような戦闘部隊を選び出し、日本奪還の戦いに派遣した時点で、重鎮達かれら日和見ひよりみを決め込んでいるのだ。

 そういう一族内部のゴタゴタは、熊襲も鬼も同じだろう。

 だが燐火の焦りをよそに、夜祖は静かに告げた。

「……仔細しさいは聞いている。そうかしこまらずとも良い」

「は、はい……???」

 燐火は思わず間の抜けた返事をしたが、夜祖は涼しげな声で続ける。

「鎮西を失ったのは痛いが、手は他に用意してある。多少肥河ひのかわの挑発が先走ったが……大きな問題はあるまい」

 夜祖はそう言って、虎丸に視線を移した。

「……とは言え、今しばらく用意に時がかかろう。虎丸、あの神人しんじんの姫とやらを、しばし引き付けて時を稼げ。可能なら手柄を立てても構わぬ」

「ははっ、有難き幸せで! 必ずや仕留めてみせましょう!」

 虎丸は頭を下げつつ、横を向いてドヤ顔を見せた。

 剛角が凄い顔で怒りを我慢しているが、夜祖は他の面々にも言葉をかけた。

「鬼と熊襲には、とりでの守りを命じよう。他に罰は与えぬつもりだ」

「はっはいっ、有難き幸せにございますっ!」

 剛角の頭を押さえつつ、燐火は……いや、鬼と熊襲達は目を輝かせた。

 夜祖は少し面白そうに笑みを浮かべ、視線を宙に上げた。

「………………さて、いよいよじかに刃を交える。どう出る、高天原たかまがはら傀儡かいらいどもよ」
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