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第三章その1 ~任せてちょうだい!~ 同盟なんてお手のもの編

つるちゃんは大スター!

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「う、うわーっ!?」

 目の前を埋め尽くす若者達に、誠は思わず声を上げた。

 戦いを終え、羽咋はくい七尾ななお防衛ラインを守る部隊に挨拶に来たのだが、機体を降りた途端、黄色い声援が耳を叩き付ける。

「キャーッ、あれが鳴瀬さんよ!」

「つる様もいたわ! 可愛い!」

「コマ君、こっち向いてーっ!」

 さっきの戦闘での活躍もあって、若者達のテンションは最高潮だった。

 女性ファンも多数おり、まるで有名な音楽スターの来日風景である。

「なっ、なんだこれ!? いや、絶対ドッキリ企画だ、どこかにカメラがあるはずだ。喜んだとこをどん底に落とすつもりだろ、そうはいくかっ……!」

「カメラなんて無いわ黒鷹」

 警戒しまくる誠に、鶴はにこにこしながら言う。

 誠の機体を光で包み、すーっと地面に吸い込むように収納しているので、周囲のどよめきが凄まじい。

 さすがつる様、ナイスイリュージョン、と声援が飛んでくるので、鶴は有頂天で手を振った。

「みんな、ありがとーっ! それで黒鷹、これは現実よ。日本中が団結して魔王に立ち向かうために、私達の冒険を広めたのよ。言わば現代の神話、救国の鶴姫伝説よ。もちろん私の報告書を元にしてね」

「まあ、元が元だからね」

 今は子犬ぐらいの大きさになったコマは、鶴の肩でツッコミを入れる。

「黒鷹も見てみるかい?」

 コマが虚空から本を取り出したので、誠はそれを受け取った。

 第1巻 いざ出陣! 真面目なる聖者・つるちゃん!

 第2巻 九州に行くわ!

 第3巻 グルメと私

 帯にはわけのわからない評論家の顔写真があり、「私がお勧めします!」との文言が書いてある。

「誰なんだよこの評論家ひと……」

 誠が戸惑いながらめくってみると、カラーページが何枚もあり、鶴、そしてキツネや牛といった神使しんし達がダブルピースで写っていた。

 我慢して読み進めていくと、今までの戦いが、まるで神話のように派手に脚色されている。

 誠も無駄に美化され、写真は合成でバラをくわえさせられつつ、背景には星がキラキラと輝いていた。

「こ、これは……いくら何でも盛りすぎじゃないか……???」

 誠が目を白黒させていると、女性ファンが悲鳴を上げる。

「キャーッ、鳴瀬さん、素敵!」

「間近で見るとかっこいいわ!」

「結婚してーっ!」

 鶴は聞き捨てならぬと割って入った。

「まあけしからん、黒鷹は私のものよ! そこへなおりなさい、お説教してくれるわ!」

 だがそれもファンにはご褒美だった。

「キャー姫様、お説教してーっ!」

「私よ、私からよ!」

 コマが『姫様のお説教・最後列』『現在58人待ち』という看板を掲げている。

 整理券が配られているが、残念ながら抽選にれ、顔を手で覆って泣いている子もいた。

 よく見るとポスターやブロマイドも販売されており、全て飛ぶように売れている。

 他にも多数商品化されて、鶴ちゃん語録、鶴ちゃんカレンダー、鶴ちゃんお守りなどなど……

「もう滅茶苦茶だなおい……」

 ドン引き中のドン引きで呟く誠の肩に、コマが慰めるように飛び乗ってきた。

「それだけみんな期待してるんだよ。生きるか死ぬかの瀬戸際だし、僕らの活躍だけが最後の希望なんだからさ」

 コマは懸命に説明を続ける。

「尋常じゃなく話を盛ってるけど、今度ばかりは岩凪姫様もお許しになったんだ。もうすぐとんでもない魔王と戦うから、英雄がいなきゃ心がもたないって」

「だからって、いくら何でもこれは……」

 バラをくわえながら戦う挿絵さしえを見て文句を言う誠だったが、コマはなおもとりなした。

「確かに大げさだけど、君の先輩もそうだっただろ?」

「!」

 誠は痛いところを突かれた。

 言われてみれば確かにそう、あの神武勲章レジェンド隊の先輩達も同じだ。

 大げさに吹聴ふいちょうされた活躍、人々の過剰な期待。

 みんな普通の若者だったのに、人々の求める英雄像を演じてきた。

 皆の希望となるために、彼らは黙って背負ってきたのだ。

 だから今度は自分の番なのか…………と思ったところで、警備員がファンにはり倒されてしまう。

 雪崩なだれのように人が押し寄せ、誠の覚悟は瞬時に吹き飛んだ。

「だっ駄目だ、防衛線が決壊した!」

「いくら私とはいえ、予想外の人気ね。黒鷹、ちょっと逃避行しましょう!」

 鶴は誠の手を握り、一目散に走り出した。
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