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~プロローグ~ いざ、本州上陸

東北の麒麟児

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 同じ頃。

 能登半島を挟んで東側の第2船団でも、撤退作戦に成功していた。

 東北の日本海側を逃げてきた被災者達は、無事に能登半島避難区に入る事が出来たのだ。

 富山湾に浮かぶ第2船団の旗艦『陸奥むつ』の発令所では、忙しく被災者達の安否確認が行われていた。

 後方に立つショートカットの女性が、兵の報告を受けて指示を出している。

 歳は20代の半ばほどだろうか。

 毛先はお洒落にカールしていて、良く言えば活発で明るそうな美人であるが、悪く言えばノリの軽そうな印象である。

 彼女はニヤニヤしながら、かたわらの大柄な青年に話しかけた。

「ふひひ、良かったじゃない健児兄けんじにい第4船団側あちらさんも無事に避難完了したんだってさ」

「ちひろ……じゃない本荘ほんじょう、時と場合を考えろよ」

 女性より少し年上に見える青年は、いかにも実直そうな表情で答えた。

 日に焼けたたくましい体を軍用ジャケットに包み、髪は短く切りそろえられている。

 ぱっと見には漁師町の青年ふうの彼の胸元には、東北6県を合わせた形のバッジが付けられていた。

 それを身につけられるのは、この第2船団でたった1人だ。

「いいか本荘、何度も言わせるなよ。呼び方は前に教えたな?」

 青年は少し怖い顔で念押ししたが、女性はしなをつくってふざけている。

「ああん怖いなあ、分かったわよ健児兄けんじにい、いやさ隊長さん♪」

「隊長でもないだろ、とっくに隊は解散してるんだ」

 健児と呼ばれた青年は、少し戸惑いながら首を振った。

「……もうパイロットじゃない。だから出来る事をやるだけだ……!」

 彼は自分を納得させるように呟いた。

 良く見れば、顔や体のあちこちに無数の傷があり、左手の甲の細胞片……つまり逆鱗げきりんは、色あせてひび割れている。

 彼こそは、東北6県沿岸の避難区を束ねる、第2船団の船団長。

 かつて『始まりの2人』と呼ばれ、幾多の餓霊の襲撃から、被災者達を体を張って守り抜いた伝説のパイロットだ。

 何度も大きな負傷から復活した『不死身の男』『東北の麒麟児きりんじ』こと、鉄人・船渡健児ふなとけんじその人であった。
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