140 / 160
第六章その14 ~私しかおらんのだ!~ 最強女神の覚醒編
トラウマよさようなら
しおりを挟む
頭上に浮かぶ神々は、どんどんその数を増していく。
もう武器も鎧も身につけていないし、男神も女神も、皆が穏やかな表情だった。
中には鶴の顔見知りの神もいて、鶴は気さくに手を振っている。
「ありがとう、鹿によろしくね! 鏡の地図、とっても役にたったわ!」
厳島神社の女神達は、手にした楽器を鳴らして鶴に手を振る。
そんな神々の中央に、一際まぶしく輝く女神がいた。
この日の本を統べる最も尊い神であり、岩凪姫の叔母にあたる存在。
つまり伊勢神宮が祭神、太陽神・天照大御神である。
長い黒髪は風に揺れ、額に据えた丸鏡は、虹色の光を帯びてきらめいていた。
「長きに渡る国家総鎮守の代役、本当にご苦労でした。人々を導き、国守る女神としての大任を、立派に果たしてくれましたね」
「もっ、勿体無いお言葉でございます、叔母上様……! こちらこそ、至らぬ事が多すぎて……」
岩凪姫は恐縮し、何度も頭を下げるのだったが、そこで目を見開いた。
「~~~~っっっ!!!!!」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
……いや、霊体だから心臓とかは無いのだが、それでも魂が痛いぐらいに脈打った。
天照大御神の後ろから、1人の男神が進み出たからだ。
凛々しい顔立ちのその男神は、紛れも無く日子番能邇邇芸命。
天照大御神の孫であり、この地上に降りた天孫……だがそんな事は関係なく、岩凪姫にとっては数千年前のトラウマを呼び覚ます存在なのだ。
情報の行き違いから嫁入りに失敗し、そのまま送り返されるという前代未聞の大恥をかいた相手であり、今も顔を見るだけで、全身に冷や汗が浮かんでくる。
赤くなったり青くなったり、滝のように汗を流したりする岩凪姫をよそに、邇邇芸は静かに口を開いた。
「……大山積の姫神よ。今は岩凪姫と名を変えたのだったな」
「ひっ!!? はっ、はいっっっ!!!」
岩凪姫は固まった。
一体何を言われるのか……また何か、心をえぐる直球を投げ込まれるのだろうか……?
そんなふうにおびえる女神だったが、邇邇芸はこんな言葉をかけてくれた。
「……立派であった。そして……すまなかったな」
「えっ……!!?」
予想外の優しい言葉に、岩凪姫は目を丸くする。
「誤解ではあるのだが……いらぬ苦労をかけてしまった。この場を借りて、正式に詫びたい」
「…………………………」
岩凪姫はしばし呆然としていたが、そこでようやく我に返った。
「そっ、そそそんなっ、邇邇芸様が詫びなどとっ……!!! 勿体無い、わわ、私なぞに、」
滅茶苦茶に恐縮する岩凪姫だったが、そこで肩を叩かれた。
目をやると、妹の佐久夜姫が微笑んでいる。
更に反対側の手を引かれたが、そちらでは鶴が笑っているのだ。
少しだけ勇気が湧いて、岩凪姫は邇邇芸に言った。
「だ、大丈夫でございます。今は……とても幸せですから。頼れる妹と、沢山の弟子がおりますので」
それから精一杯の強がりを込めて、震える声で言ってみる。
「……そっ、それにこう見えて私も、捨てたものではないようです。好いてくれる物好きも………ちゃんとおりましたから」
言った後に追加の冷や汗が浮かんできたが、邇邇芸は優しく微笑んだ。
「そうか……そうだな。私もそなたの幸を祈ろう」
「………………」
激しい緊張が和らぎ、岩凪姫は座り込みそうになったが、そこで天照大御神が口を開いた。
「偉大な神となったあなたには、新しい名を送りましょう。とはいえ『ナギっぺ』と呼ばれているようですし、音を変えるのも嫌でしょうね」
天照大御神は、そこで片手の指を動かした。
虚空にすらすらと『岩凪姫』の文字が描かれたが、その字はやがて『祝凪姫』に変わったのだ。
「三島大祝家の文字を取り、音はそのままに祝凪姫。世にいかな嵐がふきすさむとも、風凪ぐ日々を取り戻し、平和を祝うという意味です。受け取ってもらえるでしょうか?」
「そっそんな、恐れ多すぎます……! そんなおめでたい名前を私が……」
恐縮の極みに達する岩凪姫だったが、そこで周囲から歓声が上がった。
今まで見守っていた人々が、たまらず声を上げたのである。
この場にいる兵だけでなく、女神と心を通じた全ての人々が、全力で祝福してくれているのだ。
『おめでとう』『お疲れ様でした』……そんな祝いの思念が、割れんばかりの歓声となって押し寄せてくる。
「いいじゃないナギっぺ、貰えるものは貰うべきだわ」
「そうよお姉ちゃん。普段は元の字で、特別な時だけ使えばいいじゃない?」
鶴と妹も完全に他人事だったし、なんなら天照大御神も、悪戯っぽくこう言うのだ。
「そろそろ覚悟を決めなさい。断れない空気というのもあるものですよ?」
そう言って片目を閉じて微笑んだ。
恐れ多くも太陽神のウインクであり、天地開闢以来、日食以外では初めての事だろう。
ここまでされては、さすがの岩凪姫も観念するしかなかった。
「つっ、謹んで……頂戴いたしますっ……!」
岩凪姫が頭を下げると、再び人々が歓声を上げた。
それはほとんど地鳴りである。
無数の鳩が一斉に羽ばたくような衝撃が、岩凪姫の全身を叩いたのだ。
(わ、私は……こういう柄ではないのだがっ……! 影に隠れている方が、だんぜん気が楽なのだがっ……!)
肌がむずかゆいような気恥ずかしさを覚えたが、もうどうにでもなれ、という思いで岩凪姫は耐えるのだ。
もう武器も鎧も身につけていないし、男神も女神も、皆が穏やかな表情だった。
中には鶴の顔見知りの神もいて、鶴は気さくに手を振っている。
「ありがとう、鹿によろしくね! 鏡の地図、とっても役にたったわ!」
厳島神社の女神達は、手にした楽器を鳴らして鶴に手を振る。
そんな神々の中央に、一際まぶしく輝く女神がいた。
この日の本を統べる最も尊い神であり、岩凪姫の叔母にあたる存在。
つまり伊勢神宮が祭神、太陽神・天照大御神である。
長い黒髪は風に揺れ、額に据えた丸鏡は、虹色の光を帯びてきらめいていた。
「長きに渡る国家総鎮守の代役、本当にご苦労でした。人々を導き、国守る女神としての大任を、立派に果たしてくれましたね」
「もっ、勿体無いお言葉でございます、叔母上様……! こちらこそ、至らぬ事が多すぎて……」
岩凪姫は恐縮し、何度も頭を下げるのだったが、そこで目を見開いた。
「~~~~っっっ!!!!!」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
……いや、霊体だから心臓とかは無いのだが、それでも魂が痛いぐらいに脈打った。
天照大御神の後ろから、1人の男神が進み出たからだ。
凛々しい顔立ちのその男神は、紛れも無く日子番能邇邇芸命。
天照大御神の孫であり、この地上に降りた天孫……だがそんな事は関係なく、岩凪姫にとっては数千年前のトラウマを呼び覚ます存在なのだ。
情報の行き違いから嫁入りに失敗し、そのまま送り返されるという前代未聞の大恥をかいた相手であり、今も顔を見るだけで、全身に冷や汗が浮かんでくる。
赤くなったり青くなったり、滝のように汗を流したりする岩凪姫をよそに、邇邇芸は静かに口を開いた。
「……大山積の姫神よ。今は岩凪姫と名を変えたのだったな」
「ひっ!!? はっ、はいっっっ!!!」
岩凪姫は固まった。
一体何を言われるのか……また何か、心をえぐる直球を投げ込まれるのだろうか……?
そんなふうにおびえる女神だったが、邇邇芸はこんな言葉をかけてくれた。
「……立派であった。そして……すまなかったな」
「えっ……!!?」
予想外の優しい言葉に、岩凪姫は目を丸くする。
「誤解ではあるのだが……いらぬ苦労をかけてしまった。この場を借りて、正式に詫びたい」
「…………………………」
岩凪姫はしばし呆然としていたが、そこでようやく我に返った。
「そっ、そそそんなっ、邇邇芸様が詫びなどとっ……!!! 勿体無い、わわ、私なぞに、」
滅茶苦茶に恐縮する岩凪姫だったが、そこで肩を叩かれた。
目をやると、妹の佐久夜姫が微笑んでいる。
更に反対側の手を引かれたが、そちらでは鶴が笑っているのだ。
少しだけ勇気が湧いて、岩凪姫は邇邇芸に言った。
「だ、大丈夫でございます。今は……とても幸せですから。頼れる妹と、沢山の弟子がおりますので」
それから精一杯の強がりを込めて、震える声で言ってみる。
「……そっ、それにこう見えて私も、捨てたものではないようです。好いてくれる物好きも………ちゃんとおりましたから」
言った後に追加の冷や汗が浮かんできたが、邇邇芸は優しく微笑んだ。
「そうか……そうだな。私もそなたの幸を祈ろう」
「………………」
激しい緊張が和らぎ、岩凪姫は座り込みそうになったが、そこで天照大御神が口を開いた。
「偉大な神となったあなたには、新しい名を送りましょう。とはいえ『ナギっぺ』と呼ばれているようですし、音を変えるのも嫌でしょうね」
天照大御神は、そこで片手の指を動かした。
虚空にすらすらと『岩凪姫』の文字が描かれたが、その字はやがて『祝凪姫』に変わったのだ。
「三島大祝家の文字を取り、音はそのままに祝凪姫。世にいかな嵐がふきすさむとも、風凪ぐ日々を取り戻し、平和を祝うという意味です。受け取ってもらえるでしょうか?」
「そっそんな、恐れ多すぎます……! そんなおめでたい名前を私が……」
恐縮の極みに達する岩凪姫だったが、そこで周囲から歓声が上がった。
今まで見守っていた人々が、たまらず声を上げたのである。
この場にいる兵だけでなく、女神と心を通じた全ての人々が、全力で祝福してくれているのだ。
『おめでとう』『お疲れ様でした』……そんな祝いの思念が、割れんばかりの歓声となって押し寄せてくる。
「いいじゃないナギっぺ、貰えるものは貰うべきだわ」
「そうよお姉ちゃん。普段は元の字で、特別な時だけ使えばいいじゃない?」
鶴と妹も完全に他人事だったし、なんなら天照大御神も、悪戯っぽくこう言うのだ。
「そろそろ覚悟を決めなさい。断れない空気というのもあるものですよ?」
そう言って片目を閉じて微笑んだ。
恐れ多くも太陽神のウインクであり、天地開闢以来、日食以外では初めての事だろう。
ここまでされては、さすがの岩凪姫も観念するしかなかった。
「つっ、謹んで……頂戴いたしますっ……!」
岩凪姫が頭を下げると、再び人々が歓声を上げた。
それはほとんど地鳴りである。
無数の鳩が一斉に羽ばたくような衝撃が、岩凪姫の全身を叩いたのだ。
(わ、私は……こういう柄ではないのだがっ……! 影に隠れている方が、だんぜん気が楽なのだがっ……!)
肌がむずかゆいような気恥ずかしさを覚えたが、もうどうにでもなれ、という思いで岩凪姫は耐えるのだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる