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第六章その14 ~私しかおらんのだ!~ 最強女神の覚醒編

トラウマよさようなら

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 頭上に浮かぶ神々は、どんどんその数を増していく。

 もう武器も鎧も身につけていないし、男神も女神も、皆が穏やかな表情だった。

 中には鶴の顔見知りの神もいて、鶴は気さくに手を振っている。

「ありがとう、鹿によろしくね! 鏡の地図、とっても役にたったわ!」

 厳島神社の女神達は、手にした楽器を鳴らして鶴に手を振る。

 そんな神々の中央に、一際まぶしく輝く女神がいた。

 この日の本を統べる最も尊い神であり、岩凪姫の叔母にあたる存在。

 つまり伊勢神宮が祭神、太陽神・天照大御神あまてらすおおみかみである。

 長い黒髪は風に揺れ、額に据えた丸鏡は、虹色の光を帯びてきらめいていた。

「長きに渡る国家総鎮守の代役、本当にご苦労でした。人々を導き、国守る女神としての大任を、立派に果たしてくれましたね」

「もっ、勿体無いお言葉でございます、叔母上おばうえ様……! こちらこそ、至らぬ事が多すぎて……」

 岩凪姫は恐縮し、何度も頭を下げるのだったが、そこで目を見開いた。

「~~~~っっっ!!!!!」

 一瞬、心臓が止まりそうになった。

 ……いや、霊体だから心臓とかは無いのだが、それでも魂が痛いぐらいに脈打った。

 天照大御神の後ろから、1人の男神が進み出たからだ。

 凛々しい顔立ちのその男神は、紛れも無く日子番能邇邇芸命ヒコホノニニギノミコト

 天照大御神の孫であり、この地上に降りた天孫……だがそんな事は関係なく、岩凪姫にとっては数千年前のトラウマを呼び覚ます存在なのだ。

 情報の行き違いから嫁入りに失敗し、そのまま送り返されるという前代未聞の大恥をかいた相手であり、今も顔を見るだけで、全身に冷や汗が浮かんでくる。

 赤くなったり青くなったり、滝のように汗を流したりする岩凪姫をよそに、邇邇芸ニニギは静かに口を開いた。

「……大山積の姫神よ。今は岩凪姫と名を変えたのだったな」

「ひっ!!? はっ、はいっっっ!!!」

 岩凪姫は固まった。

 一体何を言われるのか……また何か、心をえぐる直球を投げ込まれるのだろうか……?

 そんなふうにおびえる女神だったが、邇邇芸ニニギはこんな言葉をかけてくれた。

「……立派であった。そして……すまなかったな」

「えっ……!!?」

 予想外の優しい言葉に、岩凪姫は目を丸くする。

「誤解ではあるのだが……いらぬ苦労をかけてしまった。この場を借りて、正式に詫びたい」

「…………………………」

 岩凪姫はしばし呆然としていたが、そこでようやく我に返った。

「そっ、そそそんなっ、邇邇芸ニニギ様が詫びなどとっ……!!! 勿体無い、わわ、私なぞに、」

 滅茶苦茶に恐縮する岩凪姫だったが、そこで肩を叩かれた。

 目をやると、妹の佐久夜姫が微笑んでいる。

 更に反対側の手を引かれたが、そちらでは鶴が笑っているのだ。

 少しだけ勇気が湧いて、岩凪姫は邇邇芸ニニギに言った。

「だ、大丈夫でございます。今は……とても幸せですから。頼れる妹と、沢山の弟子がおりますので」

 それから精一杯の強がりを込めて、震える声で言ってみる。

「……そっ、それにこう見えて私も、捨てたものではないようです。好いてくれる物好きも………ちゃんとおりましたから」

 言った後に追加の冷や汗が浮かんできたが、邇邇芸ニニギは優しく微笑んだ。

「そうか……そうだな。私もそなたの幸を祈ろう」

「………………」

 激しい緊張が和らぎ、岩凪姫は座り込みそうになったが、そこで天照大御神が口を開いた。

「偉大な神となったあなたには、新しい名を送りましょう。とはいえ『ナギっぺ』と呼ばれているようですし、音を変えるのも嫌でしょうね」

 天照大御神は、そこで片手の指を動かした。

 虚空にすらすらと『岩凪姫』の文字が描かれたが、その字はやがて『祝凪姫いわなぎひめ』に変わったのだ。

三島大祝みしまおおほうり家の文字を取り、音はそのままに祝凪姫。世にいかな嵐がふきすさむとも、風凪ぐ日々を取り戻し、平和を祝うという意味です。受け取ってもらえるでしょうか?」

「そっそんな、恐れ多すぎます……! そんなおめでたい名前を私が……」

 恐縮の極みに達する岩凪姫だったが、そこで周囲から歓声が上がった。

 今まで見守っていた人々が、たまらず声を上げたのである。

 この場にいる兵だけでなく、女神と心を通じた全ての人々が、全力で祝福してくれているのだ。

『おめでとう』『お疲れ様でした』……そんな祝いの思念が、割れんばかりの歓声となって押し寄せてくる。

「いいじゃないナギっぺ、貰えるものは貰うべきだわ」

「そうよお姉ちゃん。普段は元の字で、特別な時だけ使えばいいじゃない?」

 鶴と妹も完全に他人事だったし、なんなら天照大御神も、悪戯っぽくこう言うのだ。

「そろそろ覚悟を決めなさい。断れない空気というのもあるものですよ?」

 そう言って片目を閉じて微笑んだ。

 恐れ多くも太陽神のウインクであり、天地開闢てんちかいびゃく以来、日食以外では初めての事だろう。

 ここまでされては、さすがの岩凪姫も観念するしかなかった。

「つっ、謹んで……頂戴いたしますっ……!」

 岩凪姫が頭を下げると、再び人々が歓声を上げた。

 それはほとんど地鳴りである。

 無数の鳩が一斉に羽ばたくような衝撃が、岩凪姫の全身を叩いたのだ。

(わ、私は……こういうがらではないのだがっ……! 影に隠れている方が、だんぜん気が楽なのだがっ……!)

 肌がむずかゆいような気恥ずかしさを覚えたが、もうどうにでもなれ、という思いで岩凪姫は耐えるのだ。
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