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第六章その14 ~私しかおらんのだ!~ 最強女神の覚醒編

さあ始めよう、国守る物語を…!

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 現れた深淵の魔王にもひるまず、磐長姫いわながひめは呼びかけた。

「まだ諦めるな! 常夜命は、完全にこの世に出たわけではない! 魔王の反魂は、完成前に止められている!」

 …………そう、まだ終わっていないのである。

 皆が絶望に包まれる中、磐長姫いわながひめは気付いていた。

 魔王の魂は、まだ完全には復活していない事に。

 それは反魂の術が完成前に破壊された事を意味する。柱に突入した鶴や黒鷹達のおかげだろう。

 この不完全な魔王であれば、地の底に追い返す事も可能かも知れない…………磐長姫いわながひめは直感で思ったのだ。

 そしてそのための方法も、磐長姫いわながひめは理解していた。

 悪い事ばかり考えて泣いていたかつての自分とは、驚くべき変化であった。

 そして彼女は呼びかけた。その場にいる兵士だけではない。自らの魂と通じた、この国の全ての人に語りかけたのだ。

「勇敢なる日の本の勇者達よ。長きに渡る苦難の時、よくぞ耐えてくれた。よくぞ生き延び、希望を繋いでくれた。お前達ならきっと出来る! こんな絶望なんかに負けるものか!」

 女神は声に力を込め、高らかに訴えかけた。

「さあ始めよう。この未曾有の危機を乗り切り、国守る物語を……! きっと未来の子供達は、お前達を伝説の世代として尊敬し、その勇気に感謝するだろう……!」

 磐長姫いわながひめの体は、そこで人間サイズへと戻った。

 巨体を維持する霊力すら惜しかったのだ。

 そのまま空に舞い上がり、磐長姫いわながひめは左手を突き出す。広げた手を握ると、そこには黄金の弓が握られていた。

 自らの得意とする技、天之破魔弓あめのはまゆみを、膨大な霊気で具現化させたのだ。

 磐長姫いわながひめは魔王を見据え、ゆっくりと弓を引きしぼった。

 現代の所作しょさとは違う、古代の弓の引き方だったが、何も無い虚空から、輝く矢が現れたのだ。

 矢はその先端に眩しい光を満たしていたが、これだけではまだ足りない。

 磐長姫いわながひめは再び人々に呼びかけた。

「憎しみの力であれを滅ぼす事は出来ない。絶望には希望を……明日を夢見るみんなの思いを、どうか私に預けておくれ……!!!」

 人々は、最初戸惑っているようだった。

 どうしていいか分からないようだったが、やがて誰かの声が聞こえた。

『私は、みんなが幸せな気持ちになれるようなお宿を作るわっ!』

 それは少女の声だった。魂の波動から、鎮西ちんぜいで生まれた少女であろう。

『日本が平和になったら、いっぱいおもてなしして、頑張った人を癒してあげるの!』

 彼女の思いが光になって、矢の先端が輝きを増す。

 そしてそこから、せきを切ったように人々の声が届いた。

『俺は世界一うまいお好み焼き屋を作る!』

『総理大臣になって、皆が安心出来る国を作りますぞ! 借金なんかもバンバン返して、子供達が明日を夢見れる国を!』

 老いも若きも、男も女も。言葉を解さぬ幼子からも、素直な願いの念が届いた。

 皆が望んでいるのである。明日を、希望を。再び朝日が昇る世界を。

「そうだ、そうだとも。お前達ならきっと出来る……!」

 人々の願いを聞きながら、磐長姫いわながひめは頷いていた。

 皆の思いが届く度、矢の先端はどんどん輝きを増していった。

 あたかも闇に包まれた世界に、新たな太陽が生まれたかのようだ。

 あの日始まった『国滅ぼしのおまじない』…………それは確かに強力だった。

 人々は希望を失い、自暴自棄となって、自らの国と未来を呪った。

 だが今は違うのだ……!

 幾多の苦難を乗り越えた人々は、真っ直ぐな希望を抱いている。

 届き続ける人々の声は、絶望を打ち破る『国守くにもりの祝詞のりと』となって、絶望の闇を照らしていくのだ。

『みんな気合入れていくぜっ! そおーりゃあっ!!!』

 少年らしい活発な声が響くと、別の少年が後を続ける。

『そおーっりゃあっ!!!』

 それを皮切りに、皆が次々参加した。

 そおりゃっ!!!

 そおりゃっ!!!

 段々叫びが短くなって、その分どんどん力強くなる。

 そしてその叫びと共に、矢はますます輝きを増していった。

 人々の声が大気を揺るがし、さしもの魔王も気圧けおされるように後ずさった。

 そして磐長姫いわながひめは語りかけた。

「……深淵の魔王よ。今はただ眠りたまえ……!!!」

 放たれた矢は、巨大な太陽のように輝きながら、黒き魔王へと迫った。

 魔王は両手を掲げ、それを受け止めようとした。

 光と闇、希望と絶望。

 激しい力のせめぎ合いが続き…………そして光が弾けたのだ。

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 上も下も、右も左も分からぬ程に、白い光が辺りを包んだ。

 もし上空から見ていれば、きっと誰もが驚いただろう。

 闇に包まれた日本列島の上空に、巨大なドクロの姿が見えた。

 呪詛で形作られたドクロは、かつて人々の死を嘲笑あざわらったものだったが……今は口を開け、もがくように悲鳴を上げた。

 やがて野太い断末魔を上げて、ドクロは消えていったのだ。

 …………………………そして青い空が垣間かいま見えた。

 最初は一箇所。続いて二箇所。

 分厚い邪気の雲が薄れ、少しずつ、元の青空がのぞいていくのだ。
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