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第六章その9 ~なかなか言えない!~ 思いよ届けの聖夜編

静御前の助け舟

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 そこから先は、誠もよく覚えていない。

 とにかく懸命に話題を探し、沈黙する事を繰り返した。

 2人とも滑稽こっけいなほどうろたえて、超が付くほどそわそわしたが、どうしていいか分からないのだ。

「……そっそうよ、お別れと言えばこれだわ……!」

 鶴はだいぶ混乱していたが、やがて胸の前で手を合わせた。光に包まれ、白拍子しらびょうしの格好に変身したのだ。

 誠は源平合戦を描いた時代劇で、その衣裳を見た事があった。

「確か、静御前しずかごぜんの恰好だよな。鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうで舞った時の衣装で」

「そう、義経と静御前のお話。小さい頃に聞いて、悲しいけど素敵だなって思ったの。南蛮風に言えば、ローマンテックよ?」

 鶴はしずしずと歩を踏み出すと、やがて舞を踊り始めた。

『つるやつる つるの苧環おだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな』

 鶴は優雅に舞いながら、澄んだ声で口ずさむ。

 義経と離れ離れになった静御前が、『糸を巻き取るように時を戻して、あの人と過ごした頃に戻りたい』と歌ったものである。

 本来なら『しずやしず』と静御前の名前が入るのだが、鶴はちゃっかり自分の名にしてしまっている。

 でもそんな事にツッコミを入れられない程、鶴の舞は美しかった。

 彼女を覆う霊気が白く輝き、そこから蛍火のように小さな光が立ち昇っていく。

 幻想的で、この世のものとは思えなかったし……素直に綺麗だと思えたのだ。

 鶴が短い舞を披露し終わった時、誠は拍手を送っていた。

「昔を今に、か……確かに昔も良かったけど、現世もいい時代だったわ」

 鶴は少し照れくさそうに言った。

「犠牲になった人も沢山いるから、あんまり言っちゃいけないんだけど……黒鷹と一緒に頑張ったの、ほんとにほんとに嬉しかった」

「…………本当に……?」

 誠は尋ねたが、鶴はなおも強がった。

「もちろん! 全然辛くないし、全然平気よ? 美味しい物もモリモリ食べたし、ほんとに楽しかったんだから」

 私、人の3倍は食べたわよ、と誇らしげに言う鶴を見ているうちに、誠は何かがこみ上げてくるのを感じた。

「…………っ!!!」

 この子はいつも強がっている。あの戦国の時代も、そして今もだ。

 辛くないわけがあるか。怖くないわけなんてあるか。

 例え平和を取り戻しても、自分だけが消えねばならない。

 それでも気丈に振る舞い、何とも思ってないふりをしている。

「…………いつもいつも、苦労ばっかかけてごめんな……?」

 誠は震える声で言った。

「折角現世に来てくれたのに……ほんとはもっと、楽しい事させてやりたかったんだ……!」

 うまく言葉が出てこないもどかしさを感じながら、誠はそれでも懸命に言った。

「もうお互い、生まれ変われないらしいけど。もし、もし何かの手違いで生まれ変ったとしたらさ。今度は……楽しい場所がいいな」

 だが鶴は首を振った。

「……ううん、次も同じでいい。うんときつくて、うんと怖いけど……みんなを守れるお役目がいいわ」

「な、なんで……?」

 驚く誠の目を真っ直ぐに見つめながら、鶴は言った。

「……だってそこにあなたがいるもの」

 全身全霊の大好きを込めた瞳で、彼女は微笑む。

「……探さなくても、会えるもの」

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 その瞬間、誠の中で何かが壊れた。

 彼女の真心に、全部の理性が吹き飛んでいた。

 もう何がどうなってもいい。

 間違ってていい、誰に何を責められてもいい。

 それでも今は、この人と一緒に居たい。

 そんな言葉にならない思いが、一瞬で頭の中を駆け巡ったのだ。

 1秒、2秒……二人は無言のまま見つめあう。

 再び鶴が我に返り、首から順に赤くなった。もちろん誠だって同じだろう。それでも今は逃げたくなかった。

「…………」

 誠は無言で手を伸ばしかけたが、そこで鶴が耐え切れなくなってしまったようだ。

「……けっ、けしからんわ! 私とした事が、また不真面目な空気になってたもの。まったくおそろしい……そう、恐ろしすぎるわ黒鷹は……!」

 鶴はしきりに呟き、1人で納得して頷いている。

 普段ふざけまくっていた分、こういう空気に人一倍免疫が無いのである。

「あっ、明日は大仕事だもの。だからそのっ、私も寝るわねっ……!」

 鶴は真っ赤な顔で言うと、1歩、2歩と後ずさった。



 見守る神使達は絶望していた。

「あああっ、姫様、行ってまうで!」

「ウシろ歩きはいけません!」

 ……だがそこで神使達は見たのだ。

 立ち去ろうとする鶴の背後に、白拍子姿の女性を。

 彼女は手を伸ばし、鶴の体を押しやった。

 そこで眼帯を付けた狛犬……つまり八幡神社の神使たるガンパチが飛び上がった。

「しっ、静御前しずかごぜんか! きっと八幡様のお気遣きづかいじゃい!」

 ガンパチは喜んだが、そこでコマが姿を現す。

「こらっ、何のぞいてるんだ! 佐久夜姫様に言いつけるぞ!」

「ひえっコマ、それは勘弁やで!」

 神使達は飛び上がって逃げ出していく。

 コマはそんな彼らを見送ると、鶴の方に振り返る。

「……頑張りなよ、鶴」

 それだけ言うと、コマも格納庫の外へ走って行った。
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