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第六章その9 ~なかなか言えない!~ 思いよ届けの聖夜編

レジェンド隊・最後の夜2

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「にしてもみんな、かなり体が良くなったよね。ちひろや輪太郎と合流した時、向こうからメチャ走ってくるから。別の人かと思ったし」

 嵐山が言うと、ちひろが嬉しそうにくるくるターンした。

「そうそれっ、もう体が軽くて軽くて。ディアヌスが完全体になって、気の質が変わった影響せいだって女神様が言ってたけど」

 ちひろは左手甲の細胞片……通称『逆鱗』を眺めながら言った。

 人型重機の操作に必要なもので、祭神の細胞を移植したものだが、祭神はディアヌスから生まれたので、元はと言えばディアヌスの細胞とも言えるのだ。

「ディアヌスのパワーを受けて、あたし達も回復してるみたい。あんまり調子がいいから、あの頃に戻ったみたいに感じちゃうわん」

「それは何よりですが」

 嬉しそうに言うちひろに、輪太郎がメガネを光らせながら頷いた。

「……まあ一番驚いたのはそのディアヌスです。まさかあの魔王と共闘だなんて、誰も予想しませんでしたし」

「いや俺も驚いたよ、世の中分からないもんだ」

 隊のリーダーだった船渡は、そう言って頷いた。

「きっと明日馬のヤツも、今頃びっくりしてるよな……」

 船渡の言葉に、隊の皆はしばし沈黙した。

 かつて同じ隊に所属し、ディアヌスの攻撃で命を落とした伝説の人型重機パイロット・明日馬の事をしのんだのだ。

 中でも雪菜は一番複雑だった。

 かつて明日馬とは好き同士だったし、わずかな期間、おままごとのようなお付き合いさえしていた。

 だから本来なら、一番ディアヌスを憎まねばならない立場だろう。

 だが不思議な事に、雪菜は自分の中にほとんど怒りが無い事に気付いていた。

「……ごめんなさい。こんな事言っていいのか分からないけど……今のディアヌスを見てると、あんまり憎いって気持ちが湧いてこないの。それがちょっと明日馬くんに後ろめたい気もするし」

 再び黙り込む雪菜に、リーダーの船渡が口を開いた。

「……いや、そんなおかしくないだろ。あのお姫様曰く、ディアヌスって川の神様だったんだろ?」

 雪菜が頷くと、船渡は言葉を続ける。

「災害で川が荒れても、川が憎いって人はあんまいないだろ。それと同じだ」

 そこで嵐山が後を受けた。

「健児の言う通り、善悪どうこうじゃないのかもね。自然そのものっていうか……怖いところもあるけど、助けてくれる事もあるし。昔から、そうやって怖めな神様とも付き合ってきたのかな? ご先祖様は」

「犠牲になった人もいますし、仲良くするっていうのはあれですが。確かに一理ありますね……あっ、メガネを!?」

「うんうん、言う事はなんとなく分かるよ。ボクは頭が柔らかいからね」

 ヒカリは輪太郎から奪ったメガネをかけながら言うが、ちひろは横からそのメガネをひったくった。

「こらヒカリ、このメガネあたしのなんだ」

「いやいやちひろ、私のなんですが」

 たまらずツッコミを入れる輪太郎だったが、ヒカリは鼻息荒く立ち上がった。

「ようし、面白いじゃないかちひろ姉っ、こうなったらどっちのメガネか決着をつけよう! オールスターのメガネラグビーと洒落込もうじゃないか!」

 やめてください、と嘆願する輪太郎をよそに、つかさもそこで立ち上がった。

「オールスターか。確かに全部の船団が揃ってるんだもんなあ」

 つかさはギュッとバンダナを締め直して気合いを入れる。

「いよいよ最後の決戦だ。日本中、47士の討ち入りだぜ!」

「明日馬くんはいないけど、その分私達が頑張らないとね」

 天草の言葉に、雪菜は首を振った。

「違うわ瞳」

「違う??」

「だってそうじゃない。明日馬くんの機体に鳴瀬くんが乗って、そこにみんなが集まって。だから明日馬くんはここにいるのよ。もう一度、日本中が1つになって戦うために、ずっと頑張ってくれてたのよ」

 あの怪物どもに襲われて、この国は一度散り散りになった。

 それをもう一度1つに合わせる役目を担ったのが、明日馬だったのかもしれない。

 何1つ信じる希望の無かった時代、人々を守ってこの国を駆け抜けた伝説の人型重機・心神。

 そこに宿った明日馬の想いが、ここまで皆を引き寄せたのだ……少なくとも雪菜はそう信じていた。

 やがて船渡が口を開いた。

「明日馬はあんま言わなかったけど、東京って何でもあったんだよな。俺らの田舎と違ってさ」

「壊れてからしか見た事ないけど、きっと楽しかったんだろうねい」

 ちひろがうっとりしながら言うと、嵐山が付け加えた。

「不思議な場所だったと思うわ。ビルがじゃんじゃんそびえてて、グルメとか芸術とか、とにかく洗練されてるのに、古いものも残ってたし。最先端の物もあるけど、下町みたいにごちゃごちゃしてあったかい場所もあって……歴史も文化も残ってる。同じ都って言っても、京都と毛色が違うっていうかさ」

「京都は雅に全振りで、東京は何でもありのおもちゃ箱って感じでしょうか。あらゆる物をのっけ盛りにした、土佐の皿鉢さわち料理のような」

「そうよ輪太郎っ、いい事言うわ! 東京は日本の皿鉢よ!」

 地元高知の懐かしグルメに雪菜が食いつくと、隊のみんなは「さすが皿鉢マニア」と笑った。

 雪菜は顔を赤らめながら、取りつくろうように言う。

「そっそうだ、明日馬くんが言ってたんだけどね。復興したら、神田明神さんのお神輿、みんなで担ぎにいきましょうか。同じ法被はっぴを作って、神武勲章レジェンド隊がここにありって」

 そこでヒカリが身を乗り出した。

「それいいね雪菜、僕にいっちょう任せてごらんよ!」

「いや、お前はまず腰を労われって」

 つかさがツッコミを入れると、ヒカリはくねくねしながらポーズをとった。

「うわあ、スケベだなぁつかさは。いくら僕がセクシーだからって、腰をガン見しないで欲しいよ」

「その言い方はやめろっ」

 つかさの言葉に、皆は笑った。言ったつかさ本人も笑った。

 笑って笑って、あの頃に戻ったように沢山話して。

 やがて雪菜は、ずっと考えてきた事を告げる。

「…………本当に最後が来たら、ワガママやろうと思ってるの」

「やっぱり考える事はみんな同じか」

 船渡がニヤリと笑うと、嵐山も彼の肩に手を置いた。

「そうだよね。最後ぐらい好きにやっても、バチは当たんないものね」

「そうそう、むしろ当てるぐらいの気合いでいこうよ!」

 ヒカリは適当な相槌をうち、他のメンバーも口々に同意したのだ。
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