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第六章その9 ~なかなか言えない!~ 思いよ届けの聖夜編

お茶らけキャラもつらいよ

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「……………………」

 吹きすさぶキスの嵐に翻弄されて、誠はしばし呆然としていた。

(カノンに雪菜さん、鳳さんに……天草さんまで???)

 もう何が何だか分からない。

 だが呆ける誠に、なおも声をかける者があった。

「……終わったんか? この色男」

「うっ、うわっ!!?」

 誠は飛び上がって驚いたが、そこには栗色の髪をショートカットにした少女が……つまりは難波が立っていた。

「なっ何だ、難波か。まだ誰かいるのかと思った」

 心底安堵する誠だったが、目の前の難波は、何か複雑な表情を浮かべた。

「…………ほーん、そういう事言うんか」

 彼女はしばしジト目でこちらを見ていたが、やがてふっと表情を緩めた。

「……ま、ええわ、鳴っちやもん。そんなもんやな」

 肩をすくめ、誠の作業机に遠慮なく腰掛ける。割とお尻が大きいので、こうなると作業は出来ないのだ。

「にしても、ほんま忙しいやっちゃな。人生何回分恋愛しとんねん」

「い、いや、俺が知りたいよ。なんでこんな急に好かれてるんだろう。ディアヌスと戦ったからかな?」

「あんたアホやろ? 急にやない、ずっとやで」

 難波は机に胡坐あぐらをかき、再びジト目でこちらを見つめる。

「うちらの部隊、他の避難区に助っ人で行きまくっとったやろ。その頃から実はこっそりモテてたんやで」

「えええっ!?」

「常識で考えてみ? 普通な、いつ化け物に喰い殺されるか分からん時に、誰かが命がけで守ってくれたら、よっぽど嫌いやない限り惚れるやろ。非常事態やで、命の危機やで? ブ男でもヒーローに見えるわ」

「あー、ああーっ……なんか分かる」

 誠はそこで記憶の糸を手繰たぐり寄せた。

 逃げる途中で見たガンマンのイラスト……普段なら絶対敬遠するダサい柄なのに、あの時はまさに地獄に仏。キラキラ輝いて見えたからだ。

「鳴っちは司令と両想いやから、他の子も遠慮して言わんかっただけや。司令はレジェンド隊やし、みんなに尊敬されとったからな」

「そ、そうだったのか……」

 誠は内心ショックを受けた。

「俺、結構鈍かったんだな……」

「……なに過去形みたいに言うてんねん。鈍いのは今もや」

 難波は少し悪戯っぽく笑った。

「ま、その方が鳴っちらしくてええけどな。ウチはウチらしく、鳴っちは鳴っちらしく。最後までやるだけやわ」

「…………うん」

 誠が頷くと、難波はようやく机から降りた。

「ほな、後はお姫様とゆっくりしいや」

 彼女はもう後ろ姿を見せ、ひらひら手を振っている。

「安心しい。もしふられても、ウチがお好み焼き作ったるから」

 立ち去る難波の背を見つめ、誠は思わず呟いた。

「…………難波。あのさ」

「ん?」

 難波は立ち止まり、律儀りちぎに振り返った。

 さっきのキスの嵐もあり、まだうまく頭が働かない誠だったが、とりあえず素直な言葉を口にする。

「…………もしかして、お前いいヤツだったんだな」

「アホっ! 遅いわ! 何考えてんねん!」

 難波は少し赤くなった顔でツッコミを入れた。



 格納庫を出た後、難波はしばし1人で歩む。

 さすがに冬の北海道である。

 あっという間に肌はぴりつき、息は真っ白に染まっている。

「こらあかん、はよ戻らんと凍えるわ」

 割り振られた建物を目指すと、途中でカノンの姿が見えた。

 胸にコマを抱いたまま、立ち止まって俯いている。

 微かに震えるその肩に、難波はそっと手を置いた。

「シンデレラは寝る時間やで。その代わり、うちがたっぷり笑わせたるから」

「…………このみ」

 目元を拭い、カノンはすがるようにこちらを見つめた。

「このみってさ…………もしかして、いい人なのね」

「アホかっ! ほんまにどいつもこいつも!」

 本当にとんでもない連中である。

 こんないい娘っ子など、日本中探してもいないというのに……一体どこに目をつけて生きてきたのだろうか。

「もう怒ったで! 今夜はお説教や、寝かせへんから覚悟しいや」

「……ありがと、このみ」

 カノンは微笑むと、そっと難波に肩を寄せる。

 人間より高い体温を持つ彼女の肌は、むしろ難波の方を温めてくれているようだった。
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