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第六章その8 ~こんなはずじゃなかった~ 離反者たちの後悔編

なぜ鳳天音は反逆したか2

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 違和感は任務をこなす度、少しずつ増えていった。

 毎回ではない。頻度としてはそう多くはない。

 けれど不遜ふそんな輩は、確実に存在するのだ。

 彼らの発する心無い一言が、次第に心を黒く汚していくのが分かった。

 ……そして天音は賢く、一度見た事は絶対に忘れない……!

 だからこそ、あらゆる術を凄い速さで吸収出来たのだったが、その一方で、覚えた怒りも忘れない事に気付いた。

 腹立ちを覚えた光景は、事あるごとにありありと脳裏に蘇るのだ。

 相手の顔も、口元のしわも、それこそ毛の1本1本にいたるまで、完璧に再現されてしまう。

 それを繰り返し眺めながら、天音は思案した。

(なぜこんな酷い事が言えるのだろう?)

(なぜこんな我儘で、他者への配慮が足りないのだろう?)



 …………お役目にも難易度があり、時には誰かが命を落とす事もあった。

 数え切れない任務の中、天音の父母が絶命したのだ。

 優しく尊敬出来る両親だった。間違いなく生きるに値する人達だった。

 だがそんな事を知らず、また心無い言葉が背に刺さった。

「何やってんだ、もっと早くしろよ! トロトロしやがって、この税金泥棒が!」

 恐らく役所の人間と勘違いしたのだろう。

 愛する人の死に動揺していた天音にとって、それは耐え難い罵倒だった。

 明確な憎悪と分かるまでに成長した蟲は、天音の肌を音を立てて這い回った。

 いくら純朴じゅんぼくな天音でも、もう完全に理解していた。

 人間には、どうしようもなく醜い者もいるのだと。

 ……けれど天音は、まだその感情にふたをしたのだ。



 それからは苦悶の日々だった。

 蓄積する怒りは、全身に黒い雪のように降り積もっていく。

 ともすれば噴き出そうとするその激しいエネルギーを、天音は懸命に抑え続けたのだ。

(いけない、人を憎んではならない。こんな気持ちを持ってはいけない……!)

 天音は毎夜苦悶くもんしていた。

(そうだ……彼らは一時的に正気を失っているだけ。人は本当は清いものだから……!)

 無理やりにそう思い込もうとした。

 あの日女神が言った言葉を、呪文のように繰り返した。

『人の世はそう悪くない』

『きっと素晴らしいものだ』

 あの尊敬する女神がそう言ったのだ。だからその言葉にすがるしかなかった。

(そうだ、きっと救いがある。最後まで神の御心を信じ抜きましょう)

 天音は必死に念じたが、枕を握るその指に、獣のように鋭い爪が生えてくるように感じた。

(このままでは狂ってしまう。このままでは、人の枠からはみ出てしまう……!)

 だがその時、不意に悲しげな声が聞こえた。

「お姉ちゃん、どこ……?」

 10近く離れた妹である飛鳥あすかがぐずっていたのだ。

「ここにいるわ、飛鳥」

 天音は寝床を起き上がり、傍らの妹に声をかけた。

(……そうだ、しっかりしなければ)

 天音は強く胸に念じた。

(飛鳥だっているんだ。私がしっかりしなければ……!)



 …………だがそんな天音に、運命の転機が訪れた。

 旧島根県を訪れた時、任務で助けた青年と知り合ったのだ。

 眼鏡が似合う誠実な人だった。

 姓は松江まつえ、名は真司。

 音が『神事』と同じだったし、真実を司る、という意味も素敵だった。

 母方の実家は長野県にあり、その姓は諏訪野すわのというらしい。

 その目を見つめ、その声を聞いた時、全身を雷で打たれたような衝撃が走って、天音はたちまち恋に落ちた。

 どう誘っていいかも分からなかったが、とにかく一緒にいたいと申し出たのだ。

 彼と過ごす日々は幸せだった。

 彼は人を悪く解釈する癖がなく、何かあっても「事情があるのかな?」と考えるタイプだった。

 悪意の無い彼の振る舞いは、天音の心のトゲを1つ1つ抜いていってくれたのだ。

 張り詰めて折れそうだった心が、ゆるゆると溶かされていくのを感じる。

 天音はどこに行くにも、彼の手を握って歩いた。

(きっと出雲の大社おおやしろ様のお導きだ。この人となら歩んでいける……!)

(例えどんな醜い世界だろうと、この人がいれば生きていける……!)
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