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第六章その8 ~こんなはずじゃなかった~ 離反者たちの後悔編

なぜ鳳天音は反逆したか1

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「ぐっううっ……うううううっ………!!!」

 邪神どもの騒ぎを感じながら、天音あまねは唸り声を上げていた。

 場所は岩の館の一室である。

 女神・岩凪姫を倒した後、天音はこの場に逃げ戻った。あれ以上の戦闘は不可能だったし、そうする他無かったのだ。

 全身を覆う邪気は乱れに乱れ、発生した余剰エネルギーが雷となって周囲の壁を打ち付けている。

 女神を追い詰め、トドメをさそうとした時、天音は一瞬の判断ミスをした。

 岩凪姫はその隙を見逃さず、光の刃を構えて突進してきた。

 ……だが彼女の刃は、天音を貫かなかったのだ。

 それどころか女神は、その両腕でこちらを抱き寄せた。

 瞬間、天音の脳裏に懐かしい光景が浮かんだ。

 まだ幼かったあの頃、無邪気に女神をしたっていた日々がだ。

「ぐうううっ、おおおおおおおっっっ……!!!」

 天音は両手で頭を押さえ、無我夢中で首を振った。

(出て行け、私の中から出て行け……!!!)

(お前の詭弁には、もう二度と騙されないのだ……!!!)

 そう念じたところで、思い出は否応なしに蘇ってくる。



 おおとりの一族は、全神連でも名うての存在だった。

 高い霊的素質をもち、果たしたお役目も立派な物ばかり。

 そのため、同僚や神使達からも一目置かれる血筋だったのだが……中でも天音の霊力は、ていに言えばズバ抜けていた。

 数千年に及ぶ全神連の歴史でも、最高の逸材……そう評され、周囲の大人たちのド肝を抜いたのだ。

 しかし幼い天音にとって、そんな事はどうでもよかった。

 新しい術を覚えれば、大人がみんな褒めてくれる。そしてみんなが笑顔になる。

 その事が素直に嬉しかったのだ。

(私ってすごい! 私の力は、みんなを幸せにするんだ!)

 その事がたまらなく嬉しかった。

 将来を嘱望しょくぼうされた天音は、皆に守られてすくすくと育った。

 そこに一切の悪意はなく、まさに箱庭のような楽園だった。



 そしてある時、天音は背の高い女神と出会ったのだ。

「あなた、だあれ?」

 首を傾げる天音に、彼女は微笑んで岩凪姫だと名乗った。

 勘の鋭い天音は、すぐに女神の本質を見抜いた。

(見た目はちょっと怖そうだけど、なんて優しい魂なんだろう……!)

 少し遠慮がちで壁を作っている感じだったが、女神は誰より素敵な魂の光を秘めていた。

 天音はこの女神が大好きになった。

 いつも後ろをついて行ったし、女神もそんな天音を可愛がってくれた。

「私なぞに懐くとは。珍しい子だな、お前は」

 女神はそう言いながらも嬉しそうだった。

 ただ彼女が全神連に来る時は、いつも分霊わけみでのご訪問だった。

 魂の本体は、常に戦国時代のお姫様のそばにいるのだ……そう教わった時は、子供ながら
に嫉妬して、不満で頬を膨らませたものだ。



 やがて14歳になった天音は、初めて全神連の任に関わる事になった。

 もちろんその前には、岩凪姫に報告したのだ。

「これで私も元服げんぷくです。外に出て任を行う事が出来ます」

「そうか。おめでとう天音」

 女神は天音の頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でてくれる。

 天音は嬉しくて、女神にたくさん質問した。

「…………そうだな。色々あるが、人の世はそう悪くないと思うぞ」

 女神は少し考えながらそう言った。

「……いや、きっと素晴らしいものだ。少なくとも私はそう思う」

「そうですよね。私、すっごく頑張ります!」

 天音は自然に笑みがこぼれ出た。

 これで人々の役に立てるんだ。みんなを幸せに出来るんだと、素直に考えていたのだ。



 ……しばらくは何事も起きなかった。

 いや、何も無いというのは言い過ぎだったが、任務はとにかく順調だった。

 実戦において天音の力は文句なしに通用したし、闇の勢力や妖怪変化の攻撃から、多くの人を守る事が出来たのだ。

 人々はその大抵が感謝してくれて、心からの笑顔を見せてくれた。

 天音はそれが嬉しくて、ますます任務を懸命にこなした。



 …………ただ、しかしである。

 少し任務に慣れた頃から、少しずつ不快な事が起こり始めた。

 ほんの些細な事ではあるが、例えば言葉。命を賭けて守り抜いた相手が、不意に発する言葉である。

 被災した人に配った物資が足りなかったのか、「おーい、こっち足りないぞ!」と横柄おうへいに言われたのだ。

 仲間達は「はいはい」と応対していたが、天音はなぜか心がぴりついた。

 なぜ助けてもらった人間に、そんな態度が取れるのだろう?

 別に感謝の見返りを期待しているわけではない。

 しかしこの違和感は何なのだろう。

 ざわざわと何かが肌の下を這い回っているように感じた。

 当時はまだ気付かなかったが、それは怒りという名のむしだったのだ。
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