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第六章その1 ~絶対勝てない!?~ 無敵の邪神軍団編

恐るべき邪神の矢

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「これ、すごく強いわっ……!」

 鶴が苦しげに呟き、誠はようやく理解した。

 かつてディアヌスと対峙した時のように、鶴が咄嗟とっさに守ってくれたのだ。

 弱った彼女には、残った命をしぼり出すような苦行だろうが、彼方に浮かぶ邪神にとって、今の攻撃は何ほどの力も込めていないようだ。

 再び別の矢をつがえ、こちらの機体を狙ってくる。

「くそっ!!!」

 誠は今度は逆方向に飛んだ。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 しかしやはり追尾され、攻撃は命中していた。

 今度も鶴が霊力で防いでくれたが、機体は反動で体勢を崩した。

 再び、攻撃。

 また避けられず、とうとう防御の光がかき消された。

 誠の後ろで、鶴が弱々しく言った。

「ごめん黒鷹、もう防げない……!」

「…………」

 呆然とする誠をよそに、邪神はトドメの矢をつがえた。

 どうあっても避けられないし、もうあれを防ぐ手段はない。

 そして邪神の攻撃が迫った。

 反射的に機体を動かしたが、それが意味を為さないのも分かっていた。

 ただ迫る死に対し、本能的に対処しようとしただけだ。

 矢は巨大な光となって押し寄せ、誠の機体を焼き尽くす……はずだった。

「!!!???」

 瞬間、機体が猛烈に揺さぶられた。左斜め下方から、爆風が押し寄せたからだ。

 炎上しながら走っていた車両が、耐え切れず四散したのである。

 誠の機体はバランスを失い、逆方向に宙を泳いだ。

 その直後、邪神の放った攻撃が、機体をかすめて飛び去ったのだ。

(……はず……れた……?)

 背負う矢を使い果たした邪神は、手にした弓をゆっくりと下ろす。

 だが危険が去ったわけではない。

 邪神の背に色濃い光が集まると、再び矢が形作られていく。

 恐らく数秒後には、またあの恐るべき攻撃が始まるのだ。

(……駄目だ、また矢が…………逃げられない……)

 そんなふうに考えた時だった。

「諦めちゃだめよ、黒鷹くんっっ!!!」

 次の瞬間、虚空に光が閃いて、女神が姿を現したのだ。

 長い黒髪、着物のような和装束。

 霊峰れいほう富士は浅間せんげん神社の祭神であり、名を木花佐久夜姫このはなさくやひめ。先に消滅した岩凪姫の、妹にあたる女神だった。

 女神は現れると同時に、その場の一同に語りかける。

「大丈夫! 千里眼は、見えてなければ当てられないわ! 峠を越えたら低い道を選んで、そしたら撃たれないから!」

「……りょ、了解しましたっ!」

 誠は答え、何とか機体を輸送車に着地させる。

 女神も車両を守るべく、機体のそばに降り立った。

 再び矢が襲ってきたが、佐久夜姫が光の壁で防いでくれる。

「くぅっ……!!!」

 一撃、二撃……立て続けに襲う攻撃に、流石の女神も苦しげである。

 コマの言葉通り、遠距離戦ではディアヌスより遥かに上。

 いかに佐久夜姫といえど、長くもたないのは明白だった。

 邪神はそんな佐久夜姫の弱みを見抜くかのように、淡々と攻撃を加えてくる。

 3発、4発、5発、6発…………防ぐ女神が項垂れ、車両の屋根にひざをついても、彼は攻撃を緩めない。

 やがて女神の展開した光の盾は、薄れて消えてしまったのだ。

「サクちゃん、私も手伝うわ!」

 鶴が叫ぶが、佐久夜姫は首を振った。

「……駄目よ鶴ちゃん。あなたまだ馴染んでないから……ここは我慢して……!」

「でも……!」

 鶴が言いかけた時、邪神は一際大きな光に包まれた。

 まるで夜空に浮かぶ、青紫の太陽だった。

 今までの光とはケタ違いに大きく、女神にとどめをさすべく全力を込めているのだ。

 誠も、鶴も、隊員達も覚悟を決めたが、次の瞬間、画面上で女神が言った。

「……………残念ね。これで狙えないでしょ?」

 唐突に、画面の視界が暗くなった。

 生い茂る木々に邪魔されたせいであり、いつの間にか、車両は峠を越えていたのだ。

 道は急激に蛇行しながら山を下っていく。

 左右に茂る木々のおかげで、いかに邪神が高く上ろうとも、こちらを見るのは不可能だろう。

「……みんな、希望を捨てないで。この世はまだ完全に闇に染まったわけじゃないわ。あの千里眼のような邪神は、邪気の濃いエリアから出られないの」

 機体の画面に映る佐久夜姫は、誠達に言葉をかける。

「今は辛いだろうけど、とにかく何とか逃げましょう。一度引いて、そこから対処を考えるのよ……!」

 絶望的な状況だったが、誰も異論を挟まなかったし、泣き喚いたりしなかった。

 今は辛いだろう……そんな言葉を発した女神自身が、つい先ほど、最愛の姉を失ったばかりなのである。

 それでも神たる責務を果たすべく、佐久夜姫は強がっている。その事が、誰の目にも明らかだったからだ。
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