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第四章その9 ~攻撃用意!~ 山上からの砲撃編
魔王と道化師
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追加ブースターを切り離し、ヒカリは機体の身を起こした。
「……そんじゃ、久しぶりにやってみようっ」
痺れる体に鞭打って、無理やり操作レバーを握り直した。機体を起こすと、そのまま走る。
負傷した部隊に迫る餓霊に狙いを定め、肩のミニキャノンで射撃。餓霊は若干怯んだが、赤い光の防御魔法で弾丸を弾いた。
その隙にヒカリは相手の懐に潜り込み、鋭利な腕部装甲で腹を突き刺す。続けてもう片方の腕で相手の顔をエルボー気味に切り裂き、空中で一回転して着地した。
着地と同時に餓霊は崩れ落ちるが、ヒカリは全身に激しい痛みを感じた。
「いったあ……やっぱ神経ボロボロだね」
分かっていた事だ、元から戦える体じゃない。左手甲の逆鱗は、久しぶりの戦働きに耐えかねたのか、苦情を言うように明滅している。
それでもヒカリは機体を起こし、腰に手を当てたポーズを取らせる。まるでお祭りのように多数の信号弾を撃ち上げ、ヒカリは周囲に呼びかけた。
「お待たせみんな、神武勲章隊の、ヒカリお姉さんの登場だよ! ほらほら起きて、早く逃げて!」
敵味方とも、一瞬時が凍っていたが、兵達は我に返り、急ぎ撤収作業を開始した。
(このままなんとか時間稼ぎしなきゃ……!)
無茶すぎる事は分かっていたが、ヒカリは外部拡声器で魔王に語りかける。
「ヤッホー、ディアヌス! ボクはヒカリ、腰抜けだけどとんちは得意さ! また会ったねえ!」
当然ながら魔王は無反応だった。無反応だったが、この奇妙な道化の登場に、さすがに動きを止めている。
「な、何日ぶりかな? 神武勲章隊の頃だったから、すぐには計算できないけど……ちょっとボクとお話しようよ……!」
我ながら必死だった。頬が引きつっている。声もかなり震えていた。
当たり前だ、あの無敵の魔王の前に立ち、時間稼ぎに声をかける? いつものおふざけとはケタが違うし、完全に頭がおかしい。
語りかけるヒカリに対し、魔王は無言で見下ろしている。
その目は冷たい光を帯びて、どんな思考をしているのかも分からなかった。
だが次の瞬間、見下ろす目に微かに力が入ったような気がした。
直感に身を任せ、ヒカリは避ける。
ぎりぎりのタイミングではあったが、今までヒカリの機体がいた場所付近、直径数十メートル程が大きく爆散していた。
「……よ、避けられるもんだねっ」
ヒカリは体勢を崩しつつも着地、はあはあと荒い呼吸でディアヌスを観察した。
また目に力が入った?
そう思った瞬間、機体を操作。
今度は少しタイミングが遅れ、避け切れず左腕が弾け飛んだ。着地をミスって転がったが、それでも何とか機体を起こす。
(このままみんなが避難して、砲撃地点までおびき寄せて……一体何秒かかるんだろう)
恐ろしい想像に、呼吸はどんどん荒くなって、ヒカリは思わず泣きそうになった。
(……駄目だつかさ……そんなに生きて避けられないよぉ)
今更になって、ガタガタ体が震えてきた。
本当は分かっていたんだ。いつもふざけてばかりいるけど、その実臆病で、いつも心を隠してばかりで。
だからバチが当たったのか……などと思っていると、魔王が再び目に力を込める。
前よりタイミングが早くて、今度は肩ごともぎ取られた。カメラもだいぶやられたらしく、よろめく機体のモニターは、3分の1程が砂嵐になっていた。
もう次は逃げられない。機体も動きが鈍ってきたし、そもそも戦えるような体調じゃないのだ。
「ヒカリ! 逃げて!」
画面に雪菜の顔が映った。金の髪を振り乱した雪菜は、必死にこちらに呼びかけている。
その顔を見た時、消えかけていた胸の奥の勇気が、少しだけ復活してくれた。
(そうだった、ボクの方が先輩だもの。だからもうちょっとだけ……死ぬまでの1分ぐらいカッコつけるよ……!)
そんなふうに思えたのだ。
(1分でいいんだ。その後どれだけ臆病でもいい。あと1分だけ、お調子者でいられれば……!)
また衝撃が走った。
今度は片足が付け根からやられ、機体は無様に転がった。コクピットの衝撃緩和機能も壊れたのか、衝撃がまともに襲ってくる。
「ヒカリ!!!」
画面上で叫ぶ雪菜に、ヒカリは弱々しく答えた。
「大丈夫……言っただろ雪菜、ボクがかわりに眠るって」
「そ、そんな……そんなのって……!」
「足が無いなら、口八丁さ……!」
眼前に立つ魔王に、ヒカリはなおも外部拡声器で呼びかけた。
「……きっ、君は悪者だけど、偉い大将なんだろ……? だったら戦う相手ぐらい、ちゃんと分かると思うんだ。ボク達は敵じゃない。ボク達は……」
そこで魔王が軽く唸ると、配下の餓霊がヒカリに迫った。
見せしめに惨たらしく殺すよう、魔王の指示を受けたのだろうか。機体を掴んで起こされ、操縦席の隔壁を引き千切られた。
露出したヒカリの姿を目にし、怪物どもの目に欲望の火が宿った。生者の肉を喰らわんとする、餓霊が持つ根源的な欲求である。
ヒカリは薄れそうな意識で餓霊を眺めた。
剥き出しになった歯が、こちらを見据える血走った目が、捕食を恐れる原始の恐怖を呼び覚ましていく。
ヒカリは弱々しく声を上げた。
「やだなぁ……怖いよ…………食べられたくないよ……」
だが、今にもその手がヒカリを掴もうとした時、激しい衝撃が横殴りに襲っていた。
頭部を貫かれ、溶け崩れる餓霊……それを押しのけ現れたのは、かつてつかさが駆った人型重機……『高砂』だったのだ。
「……そんじゃ、久しぶりにやってみようっ」
痺れる体に鞭打って、無理やり操作レバーを握り直した。機体を起こすと、そのまま走る。
負傷した部隊に迫る餓霊に狙いを定め、肩のミニキャノンで射撃。餓霊は若干怯んだが、赤い光の防御魔法で弾丸を弾いた。
その隙にヒカリは相手の懐に潜り込み、鋭利な腕部装甲で腹を突き刺す。続けてもう片方の腕で相手の顔をエルボー気味に切り裂き、空中で一回転して着地した。
着地と同時に餓霊は崩れ落ちるが、ヒカリは全身に激しい痛みを感じた。
「いったあ……やっぱ神経ボロボロだね」
分かっていた事だ、元から戦える体じゃない。左手甲の逆鱗は、久しぶりの戦働きに耐えかねたのか、苦情を言うように明滅している。
それでもヒカリは機体を起こし、腰に手を当てたポーズを取らせる。まるでお祭りのように多数の信号弾を撃ち上げ、ヒカリは周囲に呼びかけた。
「お待たせみんな、神武勲章隊の、ヒカリお姉さんの登場だよ! ほらほら起きて、早く逃げて!」
敵味方とも、一瞬時が凍っていたが、兵達は我に返り、急ぎ撤収作業を開始した。
(このままなんとか時間稼ぎしなきゃ……!)
無茶すぎる事は分かっていたが、ヒカリは外部拡声器で魔王に語りかける。
「ヤッホー、ディアヌス! ボクはヒカリ、腰抜けだけどとんちは得意さ! また会ったねえ!」
当然ながら魔王は無反応だった。無反応だったが、この奇妙な道化の登場に、さすがに動きを止めている。
「な、何日ぶりかな? 神武勲章隊の頃だったから、すぐには計算できないけど……ちょっとボクとお話しようよ……!」
我ながら必死だった。頬が引きつっている。声もかなり震えていた。
当たり前だ、あの無敵の魔王の前に立ち、時間稼ぎに声をかける? いつものおふざけとはケタが違うし、完全に頭がおかしい。
語りかけるヒカリに対し、魔王は無言で見下ろしている。
その目は冷たい光を帯びて、どんな思考をしているのかも分からなかった。
だが次の瞬間、見下ろす目に微かに力が入ったような気がした。
直感に身を任せ、ヒカリは避ける。
ぎりぎりのタイミングではあったが、今までヒカリの機体がいた場所付近、直径数十メートル程が大きく爆散していた。
「……よ、避けられるもんだねっ」
ヒカリは体勢を崩しつつも着地、はあはあと荒い呼吸でディアヌスを観察した。
また目に力が入った?
そう思った瞬間、機体を操作。
今度は少しタイミングが遅れ、避け切れず左腕が弾け飛んだ。着地をミスって転がったが、それでも何とか機体を起こす。
(このままみんなが避難して、砲撃地点までおびき寄せて……一体何秒かかるんだろう)
恐ろしい想像に、呼吸はどんどん荒くなって、ヒカリは思わず泣きそうになった。
(……駄目だつかさ……そんなに生きて避けられないよぉ)
今更になって、ガタガタ体が震えてきた。
本当は分かっていたんだ。いつもふざけてばかりいるけど、その実臆病で、いつも心を隠してばかりで。
だからバチが当たったのか……などと思っていると、魔王が再び目に力を込める。
前よりタイミングが早くて、今度は肩ごともぎ取られた。カメラもだいぶやられたらしく、よろめく機体のモニターは、3分の1程が砂嵐になっていた。
もう次は逃げられない。機体も動きが鈍ってきたし、そもそも戦えるような体調じゃないのだ。
「ヒカリ! 逃げて!」
画面に雪菜の顔が映った。金の髪を振り乱した雪菜は、必死にこちらに呼びかけている。
その顔を見た時、消えかけていた胸の奥の勇気が、少しだけ復活してくれた。
(そうだった、ボクの方が先輩だもの。だからもうちょっとだけ……死ぬまでの1分ぐらいカッコつけるよ……!)
そんなふうに思えたのだ。
(1分でいいんだ。その後どれだけ臆病でもいい。あと1分だけ、お調子者でいられれば……!)
また衝撃が走った。
今度は片足が付け根からやられ、機体は無様に転がった。コクピットの衝撃緩和機能も壊れたのか、衝撃がまともに襲ってくる。
「ヒカリ!!!」
画面上で叫ぶ雪菜に、ヒカリは弱々しく答えた。
「大丈夫……言っただろ雪菜、ボクがかわりに眠るって」
「そ、そんな……そんなのって……!」
「足が無いなら、口八丁さ……!」
眼前に立つ魔王に、ヒカリはなおも外部拡声器で呼びかけた。
「……きっ、君は悪者だけど、偉い大将なんだろ……? だったら戦う相手ぐらい、ちゃんと分かると思うんだ。ボク達は敵じゃない。ボク達は……」
そこで魔王が軽く唸ると、配下の餓霊がヒカリに迫った。
見せしめに惨たらしく殺すよう、魔王の指示を受けたのだろうか。機体を掴んで起こされ、操縦席の隔壁を引き千切られた。
露出したヒカリの姿を目にし、怪物どもの目に欲望の火が宿った。生者の肉を喰らわんとする、餓霊が持つ根源的な欲求である。
ヒカリは薄れそうな意識で餓霊を眺めた。
剥き出しになった歯が、こちらを見据える血走った目が、捕食を恐れる原始の恐怖を呼び覚ましていく。
ヒカリは弱々しく声を上げた。
「やだなぁ……怖いよ…………食べられたくないよ……」
だが、今にもその手がヒカリを掴もうとした時、激しい衝撃が横殴りに襲っていた。
頭部を貫かれ、溶け崩れる餓霊……それを押しのけ現れたのは、かつてつかさが駆った人型重機……『高砂』だったのだ。
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