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第四章その9 ~攻撃用意!~ 山上からの砲撃編

狂いかけた歯車

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 そしてとうとう、魔王の巨体が平野部に姿を見せた。

「富士防衛隊より入電……ディアヌスを肉眼で確認しました!」

 モニターに映し出された黒き魔王……そしてその配下どもは、地響きを立てて市街地に迫っている。かつて人々が歴史を刻んだ町を、巨大な足で踏み潰していくのだ。

「…………っ!」

 雪菜は無意識に歯噛みしていた。

 何度体験しても見慣れぬ、悔しい光景である。

 あの町を作るために、どれだけの人が懸命に働いたか。そしてどんな思いでその場所を後にしたのか。

 想像するだけで胸が張り裂けそうになるが、だからこそ、何が何でも勝たねばならない。勝ってその後の復興のバトンを、人々に渡さなければならないのだ。

「砲撃班、撤退戦開始! 最後の仕上げだ、踏ん張れよ!」

 つかさの号令と共に、旧富士市一帯に展開した防衛部隊は攻撃を開始した。

 砲弾の雨を受けながら、ディアヌスは牙をむき出しにして咆える。大地を、そして魂を揺さぶる大音量の雄叫びだ。対峙たいじする兵の恐怖はどれ程だろうか。

 それでも彼らは歯を食いしばって耐え、己が職務をまっとうしていた。餓霊の軍団を砲撃しながら抵抗を演出し、こちらに近付けたくないフリをするのだ。

 地図上に予定攻撃地点が表示され、ディアヌスを示す巨大な赤い光点は、ゆっくりとその場所に近付いていた。

 女神達が最も力を発揮でき、魔王を縛りやすい地点であり、ここまで誘えば、射撃の成功確率は格段に跳ね上がる。

 一刻も早く後退したいものの、抵抗に歯ごたえが無ければ作戦を見破られる。逆に深入りすれば全員やられる。命を賭けたギリギリの後ろ歩きだった。

 もちろん最も楽なのは、海からの艦砲射撃でディアヌスを追い払うふりをする事だろうが、それをやると『遠くから狙われている』という意識を魔王に与えてしまう。

 魔王の視線も上がってしまうし、さすれば虎の子の遠距離砲撃に気付かれる可能性も高いだろう。

(ディアヌス……今のところは大人しくしてくれてるけど……)

 だが雪菜がそう考えた時だった。

 唸りながら前進していたディアヌスが、不意にその歩みを止めたのだ。

 右手に握る巨大な剣……黒曜石から削り出したようなそれを振りかぶると、刀身に赤い光が満ちていく。

「まずいぞっ!!!」

「みんな下がって!!!」

 つかさとヒカリが身を乗り出して叫んだ。

 今まではこちらの攻撃を無視していた魔王だったが、目的地が近いため、邪魔者を片付ける気になったのだろうか。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 薙ぎ払われた剣から衝撃波が走り、爆風で激しく映像が乱れた。

 ……やがて画面が回復した時、惨状が雪菜達の目を襲った。

 大地は大きく切り裂かれ、焼け焦げたように蒸気を放っている。車両や兵には大きな被害が出ており、オペレーターが必死の形相でやり取りをしていた。

 雪菜はモニター上で確認したが、まだ魔王は予定地点に達していない。

 だがそこで船団長の伊能が決断を下した。

「……よし、若ぇ衆を守れ。作戦変更、航空戦艦を投入して魔王の足止めだ」

 兵達が戸惑いながら伊能を見た。

「し、しかし船団長、あれは最後のトドメのために……」

「いいからやれ、全部俺の責任だ」

「りょ、了解っ!」

 あわただしい指示が飛び交い、後方から数隻の航空戦艦が進み出た。

 平らな艦底に強力な属性添加機の輝きを宿し、低空飛行しながら平野部に展開していく。

 艦上、そしてサイド部分にも備えられた長大な砲が、すぐさま魔王への攻撃を開始した。

 本来なら、弱ったディアヌスを狙うために隠していた戦力であるが、こうなっては仕方がない。

 だが、陸上兵器とは比較にならぬ威力の砲撃を受けてさえ、ディアヌスは全く効いた素振りを見せない。

「駄目か……やっぱあのバリアが全部弾いちまう……!」

 伊能は悔しげに呟くが、次の瞬間。

 ディアヌスの目が妖しく光ったかと思うと、1隻の横っ腹がぜた。邪気を込めた殺意の視線とでもいうのだろうか。

 残った艦が戦闘を継続するが、それらも次々炎を吹いて後退していく。最新鋭の艦艇ですら、魔王の足止めにまったく意味を成さないのだ。

 地上に残された砲撃班は、負傷者の回収で手一杯。そして餓霊の軍勢が彼らの元に迫り来る。

「…………っ!」

 ヒカリは険しい顔で画面を睨んでいたが、やがて叫んだ。

「ごめん雪菜、ちょっと野暮用やぼよう!」

 言いながら、もう後ろ姿を見せていた。体はボロボロでも動きは速い。たまらずつかさが怒鳴った。

「おいヒカリ! お前立場分かってんのか!?」

 だがヒカリはそのまま室外に駆け去っていく。

「くそっ……!」

 つかさは迷っていた。己の責務と衝動の板挟みになっているのだろう。

 本来なら引き止めるべきだったのだろうが、雪菜は無意識に叫んでいた。

「つかさ、ここは任せて!」

 現役時代、互いに背中を預けて戦ってきた名残なごりだろうか。

「雪菜……すまんっ!」

 司はぶんと頭を下げ、それから懸命に室外に向かった。

 ヒカリよりも過去の負傷が重い彼は、足をひきずりながらも走って行くのだ。
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