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第四章その8 ~ここでお別れです~ 望月カノンの恩返し編

角の生えたお嫁さん

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 扉を開けると、そこは滑らかな銀色のドーム空間だった。たしか小学校の行事で埋めたタイムカプセルがこんな材質だった、と誠は思う。

 足を踏み出すと、硬くとがった岩の感触が、靴底を通して伝わってくる。

「高千穂の土砂崩れの跡……始まりの磐座いわくらだ。かつて我々竜芽細胞ドラゴンセルが発見された場所だな」

 ガレオンの思念がそう教えてくれる。



 十数年前、九州を襲った大嵐の後、崖崩れ現場から8つの特殊な細胞が発見された。

 当時はまだ不定形で、アメーバのようだった細胞達は、既存の生命とはまるで仕組みが異なっていた。

 彼らが奇妙な電磁波を発すると、周囲に炎や氷が現れ、また土や石ころが浮き上がっていく。つまり魔法が使えたのだ。

 人々はこの細胞を保護しようとしたが、当初は動かす事すら出来なかった。移動させようとした途端、集まる人々を吹き飛ばし、すくい取ろうとしたショベルカーをドロドロに溶かしてしまう。

 周囲に激しい力をまき散らす細胞達は、まるで世界に産声うぶごえを上げ、泣き叫んでいる赤子のようだった。

 人々はその対処法が分からず、とりあえず風雨で再び隠れないよう、ドームのような外殻で覆い尽くした。

 やがて細胞の凶暴性が薄まった頃。人はようやく調査に取りかかったのだ。

 細胞は精神的に成熟?し、多少の移動であれば暴れる事も無くなったが、細胞が発見された場所……つまりこの中央研究棟の地下部分は、当時のままに残されていたのだ。

 神道において岩や山そのものを崇めるように、その岩盤自体が、人々の畏怖いふの対象となったわけだ。



 ……その神秘の空間の中央に、無数の本が漂っていた。銀河をいろどる星のように、本はゆっくりと回転している。

 そんな知の星空の中ほどに、1つの椅子が浮かんでいた。椅子には人型の存在が腰掛け、足を組んで書物を読みふけっている。

「父さん……?」

 誠は思わず口に出したが、当然ながら父ではない。父ではないが、関東にいる筑波にも似ていた。かつて会った事のある、父の同僚達にもよく似ていた。

 決して人ではないはずのその存在は、幾多の研究員達と同じ気配を発していたのだ。

「テンペストだ」

 ガレオンが小さくそう言った。

 背丈は2メートル程だろうか。椅子に腰掛けるその存在は、全身紫色の宝石のようだ。

 硬い外皮はあちこちトゲを有していたが、かなりひょろりと細身である。

 顔は尖った突起状で、どこが目なのかうかがい知れない。

 頭部には逆立つ髪のように、後方に向かって長いトゲがいくつも生えていた。

「ようこそ、招かれざる客人達」

 大げさに手を振り、テンペストは言った。

 誠の逆鱗が明滅して答える。

「久しぶりだな、テンペスト」

「それは人が公募で付けた名だ。私の望んだものではない」

「他に呼びようがないだろう」

「なるほど分かった、よろしいガレオン。それではあえて許可しようではないか」

 いちいちポーズをとりながらテンペストは言った。

 仰々ぎょうぎょうしく、かつせっかちな印象であり、癇癪かんしゃく持ちの学者か、それとも戯曲の小悪党のようだ。

 テンペストは誠とカノンを交互に見て、興味深そうに感想を述べた。

「人間の雄と……これは雌か? なるほど、これがつがいというものか」

「つ、つがいって……やだ、そんな……」

 カノンは俯き、耳まで真っ赤になっている。

 なんでこのシチュエーションで照れられるんだよ、と誠は内心思ったが、テンペストは感心したように言った。

「これは知らなかった。人間は雄に角が無く、雌に角が生えるのだな。甲虫とは逆だ、面白いものだ」

 およそお嫁さんの前で言うとぶん殴られるセリフであるが、テンペストはしきりと頷いて納得している。

 このままでは話が明後日の方に行きそうなので、誠はたまりかねて口を挟んだ。

「あの、上でうるさくしてすみませんでした。単刀直入に言います。地上にいるディアヌスを倒すため、協力して貰えないでしょうか」

「断る! では帰りたまえ」

 テンペストは再び足を組み、しばし本に没頭した。それから不思議そうに顔を上げる。

「……不可解だ。私は断った。なぜ帰らない?」

「帰れないんです。子供の使いで来てるわけじゃない」

「駄目だ、私は戦いが嫌いだ。それは時間の無駄だからだ」

 テンペストは本のページをめくりながら答える。

「いえ、戦うのは僕達です。少し細胞をお借りできれば……」

「そうだテンペスト、少しでいいから協力してくれ」

「駄目だ、それにも時間を取られる」

 ガレオンの言葉にも、テンペストは頑なだった。

「私は竜芽細胞ドラゴンセルの中で、唯一早く自我を得た。だから偽の私を作り上げ、外に出した。戦う暇があったら、この世の中を知りたいからだ」

「そんなに知りたいんですか?」

「当然だ。知識欲こそ私を動かす全てである。話は終わりだ、さあ帰りたまえ」

 テンペストは再び無言になり、手元の本に没頭した。
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