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第四章その8 ~ここでお別れです~ 望月カノンの恩返し編

シンデレラはもう待てない

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 地下へと続く一本道を、カノン達は下っていく。無骨な鉄階段を踏みしめ、何度も踊り場でターンして。

 カノンが支える少年は、少し苦しげな素振りを見せながらも、懸命に歩みを進めていた。

 何も言わない。こちらも何も言う事が出来ない。

 それでいいんだとカノンは思った。ここでお別れ……最初から覚悟していた事だ。

 だがそこで、彼はふと語りかけてきた。

「カノン……」

「はっ、はいっ……!」

 カノンはびくっとなって顔を上げた。

「お別れって言ったよな……?」

「はいっ……!」

 彼は足を止め、それからカノンに顔を向けた。

 至近距離での彼の視線に、どうしていいか分からなくなるカノンだったが、彼は尋ねた。

「…………何で?」

「……えっ!?」

 唐突な疑問に、カノンの方が驚いてしまう。

「いや、だから何でお別れなんだ?」

「それは…………」

 2人は再び歩き出す。また無言が続いた。

 しばし頭が働かないカノンだったが、そこではっと我に返った。

「……だ、だってあたし、鬼だし。人じゃないし……」

「理由になってなくない?」

 そう言われると、なんだかカノンの方が混乱してくる。

「そ、そんな事言われても……」

「……ごめん、どうせ高千穂研ここ、嘘ついても伝わりそうだから、正直に言うとさ」

 彼は少し言いにくそうに続ける。

「闇の一族に生まれて、それを隠しながら人助けとかしてきたわけじゃん? 正直カッコいいっていうか……ちょっと聞いただけで、俺のなかの中二病が暴れそうなんだけど」

「はあ!!?」

 予想外の言葉に、カノンは思わず声が出た。

 カッコいい? 何言ってるのこの人は?

「あ、あんたバカじゃないの!? あたしがどれだけの思いで待ってたか……お別れだと知ってて、それでも……」

「いや、だから今回は別れる必要あるのか?」

「それは…………鬼だから…………?」

「単に角が生えてるだけだろ」

「だ、だってそういうもんでしょ?」

 カノンは戸惑いながら問いかけた。

「大体全部そうなってるし……ほら、鶴の恩返しとかも」

「ヒメ子は帰ってないじゃん。あいつだったら、正体バレても50年ぐらいくつろぐぞ、き
っと」

「…………」

「…………」

 そのまま再び無言が続き、2人はひたすら下り続ける。

 沈黙に耐え切れず、カノンはすがるように彼に尋ねた。

「ちょ、ちょっと待って、混乱してきた………あたし、このままでいいの?」

「逆に駄目な理由を言えよ。難波だって寂しがるだろ」

 少年は前を向いたままに答える。

「あいついつもふざけてるけど、ああ見えて凄い寂しがり屋だから……とにかく急ごう、みんな待ってる……!」

 少年はそう言って、懸命に歩を進めている。

 カノンはそこで思い出した。

(そっか……この人はバカだったんだ……500年前あのときも、知ってて助けてくれたんだった……!)

 そう、あの日の浜辺も同じだった。こちらを鬼だと分かった上で、それでも彼は手を差し伸べてくれたのだ。

 こんなに愛しく思っているのに、彼は前世の記憶が乏しく、こちらの事を覚えていない……そう不満に思う事もあった。けれど違ったのだ。

(…………忘れてたのは、むしろあたしの方だったんだ……!!)

「~~~っ!!!」

 不意に泣きそうになってしまった。

 なんだか悔しい。悔しいけど嬉しい。ついて行っていいの? これからも傍に居ていいの?

 頭の中が沸騰して、涙がぼろぼろ溢れていく。もうだめだ……これ以上はもうだめだ!

「う、うう~っ! うわあああああっ!!!!!」

 500年分の激情が押し寄せて、カノンは彼に抱きついた。

「うっ、うわっ、カノン!?」

 予想もしてない強い力に、少年は転倒した。

 そのまま階段を転げ落ちる。とにかく落ちた。魔法がとけたシンデレラも真っ青の、ダイナミックな逃避行だ。

 やっと止まった時には、少年はもうグロッキーになっていた。

「いってぇ……また操られてるのか……?」

 目を回して呟く少年に、カノンは覆い被さった。

 力いっぱい抱きついて、夢中で彼に頬ずりする。頬ずりしながら泣き叫んだ。

「あああああっ、好き、好きぃっ、好きっ、大好きっ!!!」

「ちょっ、ちょっとカノン!? 折れる、死ぬからっ、むぐっ!?」

 カノンは再び唇を重ねた。何度も何度も、もう数えてなんていられない。

 息の続く限り口付けして、それから彼に馬乗りになった。

 彼の胸のプロテクターに手をかけるが、焦ってるせいかうまく脱がせない。もういいや、引き千切ってしまえ!

「ま、待てカノン!?」

「待ったの、もう無理!!」

 だがその時だった。

「……なるほど、これが人の求愛行動か」

『!!!???』

 ふと投げかけられた男性の声に、カノンも誠もびくっとなった。

 気が付くと、カノンの左の防護手袋ガードグラブから、青い光がけていた。祭神ガレオンの思念が、カノンの逆鱗を通じて届いたのである。

 急に恥ずかしくなって、カノンは誠から飛び離れた。手ぐしで髪をとかして取りつくろうカノンに、ガレオンは淡々と言ったのだ。

「求愛行動は興味深いが……ここが終点。テンペストの居場所だ」

 彼の言葉とともに、目の前の鉄扉が開いていく。いつの間にか最深部まで落ちていたのだ。

 やがて扉の向こうの光景に、カノンも誠も息を飲んだ。
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