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第四章その8 ~ここでお別れです~ 望月カノンの恩返し編

赤い毒リンゴ

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 奮闘する七月姫を眺めながら、紫蓮は尋ねた。

「……剛角、お主なら姫に勝てるか?」

 剛角は神妙な面持ちで首を振った。

「……いや、無理だ。紫蓮は?」

「わしもよ。血のせいか戦いたいとも思わん」

 紫蓮はどこか見とれるように、七月姫の姿を見つめた。

「さすがは双角天様の直系……しかも最も色濃く血が目覚めたお方。本来ならば、わしらが歯向かう相手ではない」

 だから周囲の一族も動けない。本能的に従うべき王だと分かっているからだ。

 そこで紫蓮は我に返り、傍らの刹鬼姫に言った。

「……い、いや、別に刹鬼姫にあてつけたわけではないぞ?」

「ふん……分かっている。私はもともと器ではない」

 刹鬼姫は腕組みしたまま、自嘲の笑みを浮かべた。

「……本来であれば、我らのおさとなるべき女。だからこそ、古鬼どもは恐れたのだ。地位をおびやかされないよう、縛ろうとしたのだろうな……」

 刹鬼姫は、そこで手の平の宝珠ほうじゅに目を落とした。小ぶりの林檎りんごほどのそのたまは、赤い光を放って輝いている。

 それを持つ刹鬼姫の手は、今はかすかに震えていた。

(無理もないか……)

 紫蓮は彼女の内心を察した。

(実の姉に……しかもたった1人で戦う勇者にあれを使う。それがどれだけ鬼の誇りを傷つけるか……)

 それは紫蓮にも痛いほど分かる。

(あの黒人形は、まだ相手に戦う自由がある。じゃがこれは根本的に違う……卑怯者の腰抜けの所業わざよ)

 だがそこで耐えかねたのか、虚空に五老鬼が映し出された。今度はしくじらぬよう、戦いの一部始終を見届けていたのだろう。

「どうした、早くそれを使え!」

 五老鬼は強い口調で刹鬼姫をきつけた。

「お前は長になる身だ、一族がどうなってもいいのか!?」

「…………っ!」

 刹鬼姫は手を震わせ、まだ迷っているようだ。

「……姫よ、辛ければわしが代わるぞ?」

 紫蓮が言うと、刹鬼姫ははっとしたように顔を上げた。

 それからぶるぶると首を振る。

「私は次の長となる身だ……私がやらんで何とする……!」

 刹鬼姫が再び片手で刀印を作ると、赤い珠はその輝きを増したのだ。
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