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第四章その8 ~ここでお別れです~ 望月カノンの恩返し編

私しかいないんだ

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 カノンの真の姿に、そして発せられる闘気に、鬼達は後ずさった。それは本能的な畏怖いふであろう。

 鬼神族があがめる双角天が残した子孫……その本家筋にあたるカノンには、他の鬼は無意識に萎縮いしゅくしてしまうのだ。

 この場で戦う事が出来るのは、同じ本家の血を引く刹鬼姫だけである。

「やっと化けの皮が剥がれたな、裏切り者」

 刹鬼姫はそう言うと、一歩前に踏み出した。更に二歩、三歩と歩を進め、やがて猛然と加速した。

 迫りながら、凄まじい剛力を込めた太刀を振り下ろしてくる。

 !!!!!!!!!!!!!!

 分厚く頑強な太刀がこちらの金棒を叩くも、カノンはものともせずに押し返した。

 今度はカノンが床を蹴り、左から横殴りに刹鬼姫を狙う。刹鬼姫は太刀で受けるが、衝撃が強すぎ、踏ん張りがきかずよろめいてしまう。

 その隙を見逃さず、カノンは金棒の反対側で、右から相手を殴りつけた。

「ちいっ!!」

 刹鬼姫はなんとか片腕でガードするも、踏み込んだカノンががら空きの胴を蹴り飛ばしていた。

 刹鬼姫は吹っ飛び、配下の鬼を巻き込みながら、しこたま壁に激突した。

 だが彼女はものともせずに起き上がると、再びこちらに突進する。

 先ほどより強い力で太刀を叩きつけると、そのまま猛烈な連撃を加えてきた。

 カノンは攻撃をさばきながら、刹鬼姫の顔を見つめた。

 必死の形相である。こちらが捨てた一族の重荷を、全部この妹にかぶせてしまったからだ。

 本来なら斬られても仕方のない相手……けれど今の自分には、守らねばならない人がいる。

(ごめん……!!)

 カノンはそう念じつつ、金棒を妹の腹に叩き込んだ。どうしても顔だけは殴れなかったからだ。

「ぐっ……!?」

 刹鬼姫は再び吹っ飛び、またも激しく転倒する。それでもすぐに半身を起こすと、太刀を床に突き立てて立ち上がろうとした。

「……500年も眠らせていた割には、なまっていないではないか」

 べっ、と血を吐き捨て、刹鬼姫は笑みを浮かべた。それから配下の鬼どもを見渡す。

「……やれ……と言っても、戦えないだろうな」

 そう諦めたように呟くと、部下の1人から箱を引ったくった。ちょうど人の頭ほどの木箱である。

 刹鬼姫は箱を降ろすと、右手の人差し指と中指を伸ばした刀印とういんを形作った。

「卑怯は承知……一族の存亡がかかっているのだ……!」

 彼女が箱を踏み破ると、砕けた箱に青紫の光が宿った。黒いヘドロのようなものが周囲に染み出し、見る間に床に広がっていく。

 ヘドロは……いや、おびただしい呪詛を帯びた呪い汁は、やがて3人の人影となって立ち上がった。

 刀を持ち、忍装束のような黒衣をまとったそれは、500年前、あの五老鬼が追っ手として放った術……『黒人形』である。

 顔の上半分は金属の面を付けていたが、下半分は剥き出しであり、腐れた肉と歯が見えた。

 それらはぬるぬるとした動きで、音も無くカノンに近づいて来る。大して力感も感じられないのに、恐ろしく速い……!!

 なんとか攻撃を避けると、相手の刀が当たった床が朽ち果てていく。避け切れず斬られた金棒の先端は、柔らかな飴のように両断されていた。

 斬った者全てを腐らせる、鬼神族の切り札とも言える呪法だったし、相手にするには厄介すぎる。

(3対1で無傷は無理……なら、はじめに腹をくくるしかない……!)

 相手に囲まれた瞬間、カノンはすぐにそう判断した。

 触れられぬよう逃げ回るほど、こちらは疲れる。逆に相手は無限の体力を持つ呪いの産物。出鼻に覚悟を決めなければ、後はジリ貧になるのみだ。

 カノンは1体に狙いを定め、一直線にそいつを目指す。

 後ろから別の相手の太刀が迫ったが、ひるまず更に加速する。後ろ髪の一部が切り刻まれるのが感覚で分かった。

 更に右側からもう1体が切りかかって来る。これを避けては、方向を変えねばならない。

 カノンは相手の太刀筋を見極め、手の甲で太刀の軌道を変えた。刃ではなく、横から刀の腹に触れたのであるが、それでも手袋は朽ち果てていく。

(構うものか……!!!)

 そのまま眼前の相手の刀もかわし、黒人形の懐に飛び込む。

(急所……こいつの急所はどこだ……!?)

 目を見開き、必死に相手の弱点を探した。しかし生身ならぬ呪いのむくろ人形だ、どこが弱みか皆目かいもく見当けんとうがつかない。

 一瞬、カノンの脳裏に鶴姫の姿が浮かんだ。

(あのお姫様なら分かるのに……どうする、どうする……!?)

 けれどカノンは覚悟を決めた。自分は鶴姫ではない。今この場にいて、彼を守れるのは自分しかいないのだ。

 だったら己のやり方を貫くのみ……!

「ああああああああっっっ!!!」

 カノンは思い切り金棒を叩きつけ、頭の天辺てっぺんから足先までぶっ潰した。急所なんか関係ない、馬鹿力による全力攻撃。黒衣の骸は、どす黒い邪気を巻き上げながら蒸発していく。

 背後から迫る追撃をかわしながら、カノンは右手の防護手袋ガードグラブをくわえる。鋭い牙を突き立て、どんどん黒い部分が広がっていく手袋を引き裂いて、無理やり脱ぐ事に成功したのだ。

 そして頭数が減ればこっちのもの、今度は1体の刃を避けて、頭を小突く。よろめいたそいつは無視しておいて、別の相手を叩き伏せたのだ。

「いよっしゃあっ!!!」

 カノンは金棒を床に突き立て、自らを鼓舞こぶするようにえた。

 眼前で握る右の拳は、皮が黒く焼けただれていたが、それ以上広がる様子もない。

 上出来の範囲内だ。
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