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第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編

似合ってるって言われたの

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「なるほど黒鷹、大体ほとんど分かったわ。ああもう、心配無用! 私の理解力を甘く見ては困るわよ」

 姫君……つまり500年前の鶴姫は、話半分に事情を聞くと、腕組みして何度も頷いた。

 ほんとに理解してるのかよ、とカノンが不安視する中、鶴は自信満々に言った。

「それじゃなっちゃん、その姿だと困るから、一応聞いてみるわね」

 誰に何を……てか、なっちゃんてあたしか? と戸惑うカノンをよそに姫君は祈る。すると社が輝いて、いきなり目の前に女神が現れた。

 人ではないカノンの目には、どれだけ恐ろしく見えた事か。一歩踏み出す度に凄まじい霊気の波動が走り、こちらの肌をびりびりと叩いた。

 女神は燃えるような気を巻き上げながら、罰するようにカノンを見下ろしている。

「~~っ!!!」

 震えが止まらなかった。万全なら鉄の刃も跳ね返すこの肌だって、あっという間に消し炭にされるだろう。

 間違いなく殺されると思ったが、そこで女神は口を開いた。

 横から「なっちゃんて呼んであげて」と言う鶴に影響されながら女神は言う。

「なっちゃん……違うっ、七月なづきとやら。無闇に人を傷つけず、里に逃げ戻らぬと誓えるなら、人の姿に変えてやろう」

 力強い声だったが、思ったよりも優しい響きだった。

 後で知ったが、遠い昔にとても辛い思いをした女神らしい。だからこそカノンを哀れんでくれたのかも知れない。

「…………」

 カノンは黙って頷いた。こうべを垂れると、後頭部に女神が手を置く。

 強い霊気が伝わってきて、まるで網のように、カノンの肌を包み込んでいくのが分かった。少し窮屈きゅうくつな衣装を着たような感覚だ。

 やがて女神の手が離れた時、カノンは己のたなごころを見た。前より色白で、垂れる髪は薄茶色になっていた。

 鏡が無いから分からないが、今どんな顔をしているんだろう……?

 鶴は大変満足そうだった。

「素敵だわ。元からだけど、人の姿もめっちゃいいわよ、なっちゃん」

 カノンは恐る恐る若者の方を見る。彼は視線の意味に気付いて困った。

「その……似合ってはいると思う」

 やはり照れたように目を背けながら、短くほめてくれたのだ。

「それにしても、流石は三島大明神の姫神の社。私には神は見えぬが、霊験あらたかであるな」

 彼の言葉に、女神は腕組みしてうんうん頷いている。

 彼は霊感が全く無く、すぐ傍に凄まじい強さの女神が立っていても気付かないのだ。

 何て鈍い人なんだろうと、少しだけおかしかった。



 カノンは島の畑や漁場をあてがわれ、静かな暮らしを始めたが、そうおいそれと人前に出るわけにはいかない。

 いくら姿が人になったとはいえ、まだ人の世の事を知らないので、振る舞いでバレる可能性が高いからだ。

 黒鷹はカノンが孤立しないよう、よく訪れては話し相手になってくれた。

「孤独になれば、人でも物の怪でもおかしくなる。そうさせぬのも私の務めだ」

 そう言う割には、カノンの好きな黍餅きびもちもよく持って来てくれた。鬼とは違う、初めて触れる人の真心だ。

(……ああ、この人と夫婦めおとになって子を為せたら、どんなに幸せだろう)

 でもそれは、決して届かぬ恋ではある。

(こんな思いを知らない方が幸せだったのかな……?)

 いや、そうではないと首を振る。

 人が鬼と違うところ……それは恨みを忘れる事だ。鬼より命が短いせいか、出来れば楽しい事を見つけて生きようとする。それがカノンには尊く思えた。

(そうだ、あの里で恨みにまみれて生きるより、ここに来た方が良かったんだ……)

 ある時カノンは、思い切って聞いてみた。

「そ、その……なぜあたしに情けをかけたんだ?」

 美しいから。惚れたから。そう言ってくれるわけもないが、どうしても知りたかったのだ。

「……話に聞く鬼とどこか違った」

 黒鷹は少し戸惑いながら言った。

「……人の親のような目をしていたからだ」
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