76 / 110
第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編
似合ってるって言われたの
しおりを挟む
「なるほど黒鷹、大体ほとんど分かったわ。ああもう、心配無用! 私の理解力を甘く見ては困るわよ」
姫君……つまり500年前の鶴姫は、話半分に事情を聞くと、腕組みして何度も頷いた。
ほんとに理解してるのかよ、とカノンが不安視する中、鶴は自信満々に言った。
「それじゃなっちゃん、その姿だと困るから、一応聞いてみるわね」
誰に何を……てか、なっちゃんてあたしか? と戸惑うカノンをよそに姫君は祈る。すると社が輝いて、いきなり目の前に女神が現れた。
人ではないカノンの目には、どれだけ恐ろしく見えた事か。一歩踏み出す度に凄まじい霊気の波動が走り、こちらの肌をびりびりと叩いた。
女神は燃えるような気を巻き上げながら、罰するようにカノンを見下ろしている。
「~~っ!!!」
震えが止まらなかった。万全なら鉄の刃も跳ね返すこの肌だって、あっという間に消し炭にされるだろう。
間違いなく殺されると思ったが、そこで女神は口を開いた。
横から「なっちゃんて呼んであげて」と言う鶴に影響されながら女神は言う。
「なっちゃん……違うっ、七月とやら。無闇に人を傷つけず、里に逃げ戻らぬと誓えるなら、人の姿に変えてやろう」
力強い声だったが、思ったよりも優しい響きだった。
後で知ったが、遠い昔にとても辛い思いをした女神らしい。だからこそカノンを哀れんでくれたのかも知れない。
「…………」
カノンは黙って頷いた。頭を垂れると、後頭部に女神が手を置く。
強い霊気が伝わってきて、まるで網のように、カノンの肌を包み込んでいくのが分かった。少し窮屈な衣装を着たような感覚だ。
やがて女神の手が離れた時、カノンは己の掌を見た。前より色白で、垂れる髪は薄茶色になっていた。
鏡が無いから分からないが、今どんな顔をしているんだろう……?
鶴は大変満足そうだった。
「素敵だわ。元からだけど、人の姿もめっちゃいいわよ、なっちゃん」
カノンは恐る恐る若者の方を見る。彼は視線の意味に気付いて困った。
「その……似合ってはいると思う」
やはり照れたように目を背けながら、短くほめてくれたのだ。
「それにしても、流石は三島大明神の姫神の社。私には神は見えぬが、霊験あらたかであるな」
彼の言葉に、女神は腕組みしてうんうん頷いている。
彼は霊感が全く無く、すぐ傍に凄まじい強さの女神が立っていても気付かないのだ。
何て鈍い人なんだろうと、少しだけおかしかった。
カノンは島の畑や漁場をあてがわれ、静かな暮らしを始めたが、そうおいそれと人前に出るわけにはいかない。
いくら姿が人になったとはいえ、まだ人の世の事を知らないので、振る舞いでバレる可能性が高いからだ。
黒鷹はカノンが孤立しないよう、よく訪れては話し相手になってくれた。
「孤独になれば、人でも物の怪でもおかしくなる。そうさせぬのも私の務めだ」
そう言う割には、カノンの好きな黍餅もよく持って来てくれた。鬼とは違う、初めて触れる人の真心だ。
(……ああ、この人と夫婦になって子を為せたら、どんなに幸せだろう)
でもそれは、決して届かぬ恋ではある。
(こんな思いを知らない方が幸せだったのかな……?)
いや、そうではないと首を振る。
人が鬼と違うところ……それは恨みを忘れる事だ。鬼より命が短いせいか、出来れば楽しい事を見つけて生きようとする。それがカノンには尊く思えた。
(そうだ、あの里で恨みにまみれて生きるより、ここに来た方が良かったんだ……)
ある時カノンは、思い切って聞いてみた。
「そ、その……なぜあたしに情けをかけたんだ?」
美しいから。惚れたから。そう言ってくれるわけもないが、どうしても知りたかったのだ。
「……話に聞く鬼とどこか違った」
黒鷹は少し戸惑いながら言った。
「……人の親のような目をしていたからだ」
姫君……つまり500年前の鶴姫は、話半分に事情を聞くと、腕組みして何度も頷いた。
ほんとに理解してるのかよ、とカノンが不安視する中、鶴は自信満々に言った。
「それじゃなっちゃん、その姿だと困るから、一応聞いてみるわね」
誰に何を……てか、なっちゃんてあたしか? と戸惑うカノンをよそに姫君は祈る。すると社が輝いて、いきなり目の前に女神が現れた。
人ではないカノンの目には、どれだけ恐ろしく見えた事か。一歩踏み出す度に凄まじい霊気の波動が走り、こちらの肌をびりびりと叩いた。
女神は燃えるような気を巻き上げながら、罰するようにカノンを見下ろしている。
「~~っ!!!」
震えが止まらなかった。万全なら鉄の刃も跳ね返すこの肌だって、あっという間に消し炭にされるだろう。
間違いなく殺されると思ったが、そこで女神は口を開いた。
横から「なっちゃんて呼んであげて」と言う鶴に影響されながら女神は言う。
「なっちゃん……違うっ、七月とやら。無闇に人を傷つけず、里に逃げ戻らぬと誓えるなら、人の姿に変えてやろう」
力強い声だったが、思ったよりも優しい響きだった。
後で知ったが、遠い昔にとても辛い思いをした女神らしい。だからこそカノンを哀れんでくれたのかも知れない。
「…………」
カノンは黙って頷いた。頭を垂れると、後頭部に女神が手を置く。
強い霊気が伝わってきて、まるで網のように、カノンの肌を包み込んでいくのが分かった。少し窮屈な衣装を着たような感覚だ。
やがて女神の手が離れた時、カノンは己の掌を見た。前より色白で、垂れる髪は薄茶色になっていた。
鏡が無いから分からないが、今どんな顔をしているんだろう……?
鶴は大変満足そうだった。
「素敵だわ。元からだけど、人の姿もめっちゃいいわよ、なっちゃん」
カノンは恐る恐る若者の方を見る。彼は視線の意味に気付いて困った。
「その……似合ってはいると思う」
やはり照れたように目を背けながら、短くほめてくれたのだ。
「それにしても、流石は三島大明神の姫神の社。私には神は見えぬが、霊験あらたかであるな」
彼の言葉に、女神は腕組みしてうんうん頷いている。
彼は霊感が全く無く、すぐ傍に凄まじい強さの女神が立っていても気付かないのだ。
何て鈍い人なんだろうと、少しだけおかしかった。
カノンは島の畑や漁場をあてがわれ、静かな暮らしを始めたが、そうおいそれと人前に出るわけにはいかない。
いくら姿が人になったとはいえ、まだ人の世の事を知らないので、振る舞いでバレる可能性が高いからだ。
黒鷹はカノンが孤立しないよう、よく訪れては話し相手になってくれた。
「孤独になれば、人でも物の怪でもおかしくなる。そうさせぬのも私の務めだ」
そう言う割には、カノンの好きな黍餅もよく持って来てくれた。鬼とは違う、初めて触れる人の真心だ。
(……ああ、この人と夫婦になって子を為せたら、どんなに幸せだろう)
でもそれは、決して届かぬ恋ではある。
(こんな思いを知らない方が幸せだったのかな……?)
いや、そうではないと首を振る。
人が鬼と違うところ……それは恨みを忘れる事だ。鬼より命が短いせいか、出来れば楽しい事を見つけて生きようとする。それがカノンには尊く思えた。
(そうだ、あの里で恨みにまみれて生きるより、ここに来た方が良かったんだ……)
ある時カノンは、思い切って聞いてみた。
「そ、その……なぜあたしに情けをかけたんだ?」
美しいから。惚れたから。そう言ってくれるわけもないが、どうしても知りたかったのだ。
「……話に聞く鬼とどこか違った」
黒鷹は少し戸惑いながら言った。
「……人の親のような目をしていたからだ」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~
椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。
あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。
特異な力を持った人間の娘を必要としていた。
彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。
『これは、あやかしの嫁取り戦』
身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ――
※二章までで、いったん完結します。
【2章完結】これは暴走愛あふれる王子が私を呪縛から解き放つ幸せな結婚でした。~王子妃は副業で多忙につき夫の分かりやすい溺愛に気付かない~
松ノ木るな
恋愛
スコル侯爵家の長女、ユニヴェールは夜空のごとし群青色の髪を持って生まれた。
それはその地に暮らす人々にとって、厄災に見舞われる呪いの髪色。家ごと蔑まれることを恐れた家族に、彼女は3つの頃から隠されて育つ。
ろくに淑女教育を受けず、社交経験もなく、笑顔が作れない、28歳ユニヴェール。
日陰者の運命を受け入れ慎ましく過ごしていたというのに、ここにきて突然、隣国へ嫁ぐよう言い渡される。
長年断交状態であった隣国と、和平への道が開かれたばかりの昨今。友好の証にあちらの第三王子の元へ……、つまり人質の役目を押し付けられた形だ。
信頼を寄せる執事とメイドを連れ、その地に踏み入れた彼女。
あれよあれよという間に新婚初夜、夫となった人は言う。
『君だけを、世界の終わるその瞬間まで、愛すると誓おう──』
ではなくて、こっちでした。
『君を言語教師に任命する!』
……赤い花びらの散るベッドで甘い香りに包まれながら、
これは
リクルートですか??
※ 登場人物がふたつの国の言語を話すので
主人公の国の言葉は 「このカッコ」
ヒーローの国の言葉は 『このカッコ』
このように表現しております。
✽ 正タイトルは「あなたと私を結ぶ運命の青い糸」です。✽

後宮の才筆女官
たちばな立花
キャラ文芸
後宮の女官である紅花(フォンファ)は、仕事の傍ら小説を書いている。
最近世間を賑わせている『帝子雲嵐伝』の作者だ。
それが皇帝と第六皇子雲嵐(うんらん)にバレてしまう。
執筆活動を許す代わりに命ぜられたのは、後宮妃に扮し第六皇子の手伝いをすることだった!!
第六皇子は後宮内の事件を調査しているところで――!?
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
最後の封じ師と人間嫌いの少女
飛鳥
キャラ文芸
封じ師の「常葉(ときわ)」は、大妖怪を体内に封じる役目を先代から引き継ぎ、後継者を探す旅をしていた。その途中で妖怪の婿を探している少女「保見(ほみ)」の存在を知りに会いに行く。強大な霊力を持った保見は隔離され孤独だった。保見は自分を化物扱いした人間達に復讐しようと考えていたが、常葉はそれを止めようとする。
常葉は保見を自分の後継者にしようと思うが、保見の本当の願いは「普通の人間として暮らしたい」ということを知り、後継者とすることを諦めて、普通の人間らしく暮らせるように送り出そうとする。しかし常葉の体内に封じられているはずの大妖怪が力を増して、常葉の意識のない時に常葉の身体を乗っ取るようになる。
危機を感じて、常葉は兄弟子の柳に保見を託し、一人体内の大妖怪と格闘する。
柳は保見を一流の妖怪退治屋に育て、近いうちに復活するであろう大妖怪を滅ぼせと保見に言う。
大妖怪は常葉の身体を乗っ取り保見に「共に人間をくるしめよう」と迫る。
保見は、人間として人間らしく暮らすべきか、妖怪退治屋として妖怪と戦うべきか、大妖怪と共に人間に復讐すべきか、迷い、決断を迫られる。
保見が出した答えは・・・・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる