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第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編
あの日助けてくれた若武者
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『里抜け』
人の忍び里でも聞く言葉らしいが、その言葉の持つ意味は重い。
集団の掟が厳しいものであればあるほど、外に逃げ道があると成り立たなくなるからだ。
1人を許せば連鎖的に組織が瓦解するため、当然ながらカノンにも追っ手が差し向けられた。
ただし、通常の鬼はカノンに歯向かえない。邪神・双角天の血を色濃く引いた本家筋のカノンには、本能的に遠慮してしまうからである。
この血に弓引けるのは、あの歳経た憎き古鬼ども、そして奴らが使う暗殺用の『黒人形』のみであった。
だが、なんとか『それ』を振り切ったかと思うと、今度は全神連に見つかった。
こっちの方が厄介だった。どれだけ逃げても隠れても、どこまでもどこまでも追いかけてくる。
邪気の少ないこの時代、強い鬼の気を追うのは容易かっただろう。
少しでも追いにくいかと思い、海に飛び込み逃げた。
逃げて逃げて、何個目かの島に泳ぎ着き、力尽きて浜に横たわった。
そこで彼と出会ったのだ。
よく日に焼けた凛々しい若者は、緊張した面持ちでこちらを見据えている。
彼は手にした桶を置き、腰に佩く太刀に手をかけた。
そうこうするうちに、追っ手どもの気配が迫ってくるのを感じた。
(……もうだめだ…………ここまでか……)
ともすれば遠退きそうになる意識で、カノンはぼんやり男を見つめていた。
さんざん苦しめてくれた追っ手より、今この若者に首を刎ねられた方が楽な気がした。
彼は太刀に手をかけたまま、一歩カノンに近づいた。もう一歩。もう一歩。
カノンはそれを他人事のように眺めていたが、いつまで経っても刃は飛んで来ない。
彼はしばしカノンを見下ろしていたが、そこで踵を返した。先ほど置いた手桶を持ち、そのまま歩き去っていく。
「…………?」
カノンは不思議そうに見送ったが、浜辺の道は曲がりくねっており、すぐに後ろ姿が見えなくなる。
そして追っ手どもの声が聞こえた。
「ここに鬼神族の長が来ているはずだ!」
(……長ではないわ、阿呆ども……)
カノンは内心毒づいたが、そこでふと気が付いた。
(そうか。あの男、後始末を任せる気か。面倒な鬼退治などして、呪いをもらってもつまらんからな)
兜首にもならぬ相手だし、だったら全神連の追っ手どもに任せてしまおうというわけか。
だが次の瞬間、彼が一喝する声が聞こえた。
「そのような物の怪、私は知らぬ!」
「し、しかし現にここに……」
「知らぬものは知らぬ! さあ答えよ、大祝家にお仕えし、三島大明神様をお守りする我が言が、信に値せぬと言うか!」
追っ手どもは動揺したようだった。
後で聞くと、三島大明神は国家総鎮守と名高い神であり、大祝家はその祭祀をつかさどる、霊的に恐ろしく身分の高い家系。
その名が出た以上、追っ手どもは無碍には出来なかったのだろう。
しばし後、若者は戻ってきた。なぜか無表情だった。
彼は無言でしゃがみこみ、腰を降ろして項垂れた。
「やってしまった……」
確かにそう呟いた。
後で聞いたら、甘い自分に嫌気がさしていたのだという。
人の忍び里でも聞く言葉らしいが、その言葉の持つ意味は重い。
集団の掟が厳しいものであればあるほど、外に逃げ道があると成り立たなくなるからだ。
1人を許せば連鎖的に組織が瓦解するため、当然ながらカノンにも追っ手が差し向けられた。
ただし、通常の鬼はカノンに歯向かえない。邪神・双角天の血を色濃く引いた本家筋のカノンには、本能的に遠慮してしまうからである。
この血に弓引けるのは、あの歳経た憎き古鬼ども、そして奴らが使う暗殺用の『黒人形』のみであった。
だが、なんとか『それ』を振り切ったかと思うと、今度は全神連に見つかった。
こっちの方が厄介だった。どれだけ逃げても隠れても、どこまでもどこまでも追いかけてくる。
邪気の少ないこの時代、強い鬼の気を追うのは容易かっただろう。
少しでも追いにくいかと思い、海に飛び込み逃げた。
逃げて逃げて、何個目かの島に泳ぎ着き、力尽きて浜に横たわった。
そこで彼と出会ったのだ。
よく日に焼けた凛々しい若者は、緊張した面持ちでこちらを見据えている。
彼は手にした桶を置き、腰に佩く太刀に手をかけた。
そうこうするうちに、追っ手どもの気配が迫ってくるのを感じた。
(……もうだめだ…………ここまでか……)
ともすれば遠退きそうになる意識で、カノンはぼんやり男を見つめていた。
さんざん苦しめてくれた追っ手より、今この若者に首を刎ねられた方が楽な気がした。
彼は太刀に手をかけたまま、一歩カノンに近づいた。もう一歩。もう一歩。
カノンはそれを他人事のように眺めていたが、いつまで経っても刃は飛んで来ない。
彼はしばしカノンを見下ろしていたが、そこで踵を返した。先ほど置いた手桶を持ち、そのまま歩き去っていく。
「…………?」
カノンは不思議そうに見送ったが、浜辺の道は曲がりくねっており、すぐに後ろ姿が見えなくなる。
そして追っ手どもの声が聞こえた。
「ここに鬼神族の長が来ているはずだ!」
(……長ではないわ、阿呆ども……)
カノンは内心毒づいたが、そこでふと気が付いた。
(そうか。あの男、後始末を任せる気か。面倒な鬼退治などして、呪いをもらってもつまらんからな)
兜首にもならぬ相手だし、だったら全神連の追っ手どもに任せてしまおうというわけか。
だが次の瞬間、彼が一喝する声が聞こえた。
「そのような物の怪、私は知らぬ!」
「し、しかし現にここに……」
「知らぬものは知らぬ! さあ答えよ、大祝家にお仕えし、三島大明神様をお守りする我が言が、信に値せぬと言うか!」
追っ手どもは動揺したようだった。
後で聞くと、三島大明神は国家総鎮守と名高い神であり、大祝家はその祭祀をつかさどる、霊的に恐ろしく身分の高い家系。
その名が出た以上、追っ手どもは無碍には出来なかったのだろう。
しばし後、若者は戻ってきた。なぜか無表情だった。
彼は無言でしゃがみこみ、腰を降ろして項垂れた。
「やってしまった……」
確かにそう呟いた。
後で聞いたら、甘い自分に嫌気がさしていたのだという。
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