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第四章その7 ~急転直下!~ 始まりの高千穂研究所編

惑星(ほし)の記憶。高千穂の思い出

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 青き力が渦巻く世界に、くだんの大地はただよっていた。あたかも地球平面説の世界図のように、高千穂研たかちほけんの広大な敷地がえぐり取られ、支えも無く浮かんでいるのである。

 後ろでカノンが遠慮がちに声を発する。

「……その、ここにいるテンペストの振動が分かったって事は、ディアヌスが復活してから浮かんだって事よね?」

「確かに。あの青い気が流れ込んで、急激におかしくなったって事か」

 誠は同意し、機体をそこに近づける。

(本当に降りられるのか……?)

 ふと疑問に思ったが、迷っている時間はない。無理に思考をやめ、機体をそのまま降下させた。

 弱い重力を感じながら、ゆっくりと着陸……! 接地した瞬間、虹色の光が周囲に輝き、何らかの魔法力がはじけるのが感じられた。



 自機が降り立ったのは、敷地内のメインストリートだ。

 かつてはモダンな建造物が立ち並んでいたのだが、今ではもう見る影もない。割れたガラスとえぐれた壁が、いかにも終末の世界を体現していた。

 …………しかし、である。

 それらの廃墟は、時折奇妙な動きを見せた。壁は虹色の光を帯び、ぐにゃりと輪郭りんかくが歪んでは、新たな姿に変わっていくのだ。

「昔と全然違う……どんどん進化してるんだ……!」

 重力を無視したように、滅茶苦茶に伸びて交わる研究棟。上下の区別も曖昧あいまいで、砕けたビルが逆さに宙をよぎったかと思うと、地面から新たな何かが生まれていく。

 渡り廊下や階段が入り乱れて建物を結び、それらの合間に無数の看板が顔を出しては消えていくのだ。

『反重力実験棟』

『超硬化試験エリア」

『運動エネルギー添加収束ドーム』

 看板にはそう記されていた。

 今では当たり前に使われている技術であるが、当時は建屋1つ分ほどの巨大な機器で電磁式を編み込んでいたのだ。

 人々は熱狂し、夢の時代の新技術を応援した。

 あたかも月を目指したアポロプロジェクトのように、無邪気で……そしてキラキラ輝いていて。誰もが幸せな未来が来ると信じていたのだ。

 そんな喜びを表すように、どこからともなく笑い声が聞こえると、透き通った人型の存在が楽しげに行き交っている。

 誠はそこで目を疑った。

「あれって……俺と母さん……!?」

 透き通る人々に混じる2人は、紛れも無く母と幼い自分だったのだ。

「そうか、見学に来た人の思い出まで再現してるんだ……! この場所そのものが、1つの記憶装置みたいになってる……!」

惑星ほしの記憶って事?」

 カノンはロマンチックな例えをしたが、それが一番しっくりきた。

「多分そんな感じだけど、長く居たら戻れなくなるな。意識をしっかり保たないと……」

 誠はそこで己の左手に目をる。

 操縦用の防護手袋ガードグラブで見えないが、手の甲には祭神ガレオンと同期リンクした青い細胞片があるのだ。

「ガレオン、テンペストの位置は分かるか?」

「少し待て、ナルセ。今探している……」

 ガレオンはしばらく沈黙したが、やがて答える。

「判明した、どうやら地下のようだ。反応が弱めのため、隔離能力の高い場所と推測」

「了解、ってことは中央研究棟の地下か」

 誠は機体の画面に映る、高千穂研の地図を見ながら頷く。

「だいぶ変わってるけど、道分かるの?」

「大丈夫、大まかな区画は以前のままみたいだから」

 心配そうなカノンに答えると、誠は機体を操作してメインストリートを突っ切った。



 しばらく進むと、そびえ立つドーナツ状の建物が見えた。

 かつて竜芽細胞ドラゴンセルを収めていた『中央研究棟』であり、円環外周には、8つの目立つ突起部が見える。巨大な資材搬入口エントリーゲートであり、どことなく横たわる龍の鎌首のように見えなくもない。

 そして何より奇妙なのは、この場所だけが変化せず、以前のままの姿な事だ。

「……ここだけ変化してないって事は、変えられたくないって事だよな」

「何者かが中にいるって事ね」

 誠は機体を操作し、ゲートから地下へと侵入していった。
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